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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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番外編 小岩桜の香

 今日も灼熱の暑さだというのに、それすら吹き飛ばすような熱気の塊の一画へ向かう。最近はクマリからの巡礼者も多くなった。神殿の奥底で出会う人が制限されている中で外の世界を知る事は殆どできないが、風の噂や巡礼者達と会うこの時間で、クマリが復興しつつある事を実感する。新生クマリ、とも呼ばれているらしい。

 外と接触できる、この僅かな時間が楽しみでもあり、恐怖でもある。礼拝の後に行われる巡礼者達との歓談の一時を前に、深呼吸をする。長い時間を天蓋の前の祭壇で祈り続けて痺れた足を悟られないように、ゆっくりと歩いていく。察した侍女が差し出してくれた手がありがたい。

 

 「ありがとう」


 小さく囁くと、エミィはソバカスの頬を少しだけ緩めた。最近ようやく言葉を交わすほどに馴染んできた同い年の侍女は、口数は少ないが賢く細やかな心配りをしてくれる頼もしい存在だ。

 その手でバランスをとりながら、前を見据える。

 熱狂の渦に巻き込まれないよう、腹の底に意識をもちつつ。手を小さく振りかえすだけで湧き上がる群衆に戸惑いつつ、誂えられた一画に行く。

 僧兵が固めた柵の向こうから、無数の手が差し伸べられている。それは、この大聖堂にやってきた人々の僅かな手。それでも、差し伸べられる勢いと熱気は狂気のようだ。

 ただただ、祝福と恵みを求めるその手の平に、心の奥底で恐怖する。

 彼らは私の「祝福」と「祈り」でいいのだろうか。亡国の巫女である私で、いいのだろうか。

 いや。精一杯、想いを返すだけだ。出来る事を、ささやかでも誠意を込めて受け止めて返す。

 一瞬萎えた心を奮起し、一歩を踏み出して、差し出された手を包んだ。


 「おぉ……姫宮様、姫宮様! 」

 「何処からいらしたのですか? 遠かったでしょう」

 「姫宮様! 」

 

 大聖堂の中を反響する歓声に、恐れ戦き震えそうになる。ここ二年程続けていても、心が萎えそうになる。熱狂的な巡礼者達への拝謁を何百年と続けて、無数の人々の熱気を一身に受け止めてきたダショーは、やはり普通じゃない。この狂気以上のモノを身に秘めているからこそ、出来る事だ。

 ふと、ハルキが大黒丸を構えた姿を思い出す。自在に炎を操り、躊躇いなくテリンに突き刺したあの瞬間が脳裏を掠めた。

 そうだろう。

 あの快適で平和な世界から、戦が絶えず未知な異世界へ飛び込んでいくなど、狂気がなくては出来ない行動だ。

 同じ空の下にいたい。

 ハルキはあの時そう言ってコチラへ来てくれた事が、今ようやく分かる。

 どんなに辛くとも、同じ空の向こうにいるとわかるだけで、こんなにも心強いのだから。

 あの嵐の中、ハルキはどう過ごしたのだろう。異世界で、たった一人生き残って、どんなに心細い思いだったろう。


 「姫宮様! 祝福を! この子に祝福を! 」

 「まぁ、可愛らしい……」


 最後に見た、稲妻に照り返されたハルキの顔を思い出しかけた所で、現実に引き戻される。

 熱狂する巡礼者の一人が、生まれて間もない赤ん坊を抱えていた。耳を劈くような歓声の中、腕の中の赤ん坊は穏やかな寝息を立てて寝ている。その穏やかな寝顔に、思わず笑みが零れる。


 「この子の名前を。どうか、どうか」

 「この子は男の子? そう……では、ドゥンタシ、は」


 吉兆なる雷龍と古語を呟いたと同時に、気づく。赤ん坊の襟元に下げられた光る異質に視線が吸い寄せられる。爪ほどの大きさで鈍く銀色を照り返す、真ん中に穴の開いた金属。花の文様が刻印されたソレは、この世界のモノではない。ほんの半年過ごした国の『五十円玉』。

 

 「ドゥンタシ! あぁ、どうかこの子も姫宮様のように強い子になりますよう……」

 「姫宮様、この子が生まれた時に咲いていた花です! どうか、どうか! 」


 父親だろうか。脇にいた若い男が押し付けるように小さな花束を差し出してくる。

 その中、葉に隠れるように紙束が結び付けられている花一輪。

 咄嗟に、その男の目を凝視する。

 巡礼者達の助けを希う目ではない。ただ、強い意志が漲る視線に、確信した。

 ハルキしか持っていない異世界の硬貨を持つという意味。


 「まぁ、綺麗な。もう岩小桜が咲いたのね。ありがとう、大切にするわ。この子に精霊の祝福がありますよう」

 

 花束を受け取りながら、目で合図をする。微笑みを口元に絶やさぬようにしながら、花束を胸の前でしっかりと抱える。

 差し出される手に手を重ね、微笑みを絶やさず。

 その後、どうやって歓声に答えたのか、どうやって自室に帰ったか分からない。

 エリィに「気分が少し悪いから1人にして」と願った時、本当に顔色が悪かったのだろう。寝台に腰かけた私を心配げに見ながら、静かに隣の控えの間へと消えていった。

 結果騙した事に少し罪悪感を持ちながら、花束の中から紙束をそっと取り出し袖の影の隠して横になる。心臓が早打ちして、掛け布を引っ張り上げる指先が震えている。

 戸口に背を向け、そっと紙を広げると、岩小桜の微かに甘い香りを付けた一枚の手紙が出てきた。


 ミル へ


 筆先が乱れ、大きさがバラバラな子供のような文字。僅かに右へ歪んだ癖に、視界が滲む。

 

 ごはんは食べてますか? がんばりすぎて、ないてない? むりは、しないで。クマリを、みんなでつくってるよ。きみをむかえにいく。まだ、おれをおもっているのなら、どうか、もうすこし もうすこし

まってて。


 涙が流れていく。熱い涙が流れて、シーツが濡れていく。何度も何度も、何度も読み返す。

 言葉が浸みて落ち着いてから、ふと気づく。

 言葉すら怪しかったハルキが、この手紙を送ってくれた事に。

 きっと、誰かが教えてくれている。筆だって持った姿を見たことなかったのに。

 そして、この手紙が手元に来るまでに、幾人もの手助けを借りただろうという事に。

 ハルキの周りには、きっと沢山の人がいる。支えてくれている。

 だから新生クマリを立ち上げる事も出来たのだろう。

 本当に、何かが変わりだしている。その脈拍を手紙から感じられるようで、そっと手で包んだ。

 私も、もっと頑張ろう。出来る事を、目の前の事を、精一杯取り組もう。僅かな歩みでもいいから、歩いて行く。

 でも、今は。

 斜め上を見上げた先にあるハルキの横顔。ポンポンと頭を撫でてくれる仕草。繋いだ大きな手のひら、暖かな体温。射る蒼い瞳。

 まだはっきりと思い出せる感触と姿を思い浮かべていたい。

 明日を頑張るために。精一杯生きるために。

 ハルキに会いたい。もう一度会いたい。まだ、死にたくないから。

 何処からか聞こえる詠唱に、そっと唄を口ずさむ。風が何処までも吹き抜けるように。想いを乗せて飛んでもらうために。


 「 夜風よ 月の船と共に吹き流れ あの山越えて あの海越えて 棘を越えたその先に 」

 


 


 

 


 


 次回の一編で、番外編終了です。が、まだ最後の一話ができていません。

 すみませんが、もうしばらく書き溜めてから更新します。

  

 よろしくお願いします。

 

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