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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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番外編 褐色夜話 2

 夜が更けるごとに、色街は人も音もニオイも溢れていく。酒を呑み、食い、歌い、そして抱き合う。ここで流れていく時間は濃くて甘い。

 足元を歩いていく人々は一夜の慰めと快楽を求めて迷い歩ている。


 「随分と人がいるんだねぇ」

 「ここ一年は特に人が多いわ。もともと船町だったけど、再興騒ぎでクマリ人の土方が増えたし」

 「そうだねぇ。ここ以外で大きな町はまだないし、娯楽もここ以外にないし、ここに人が集中し過ぎだな」

 「そうかしら? 湊の方に宿屋も建ちはじめたから向こうも賑やかになるわ」

 「なるほど……冷静だねぇ。商売敵だろ? 」

 「あっちは品が良すぎる。女を抱けるのは、ココだけ」

 「ここだけ、か。それもいい」

 

 セキと名乗った優男は、面白そうにブロッサムの言葉を聞きながら同じように窓から足を投げ出して路上を行き交う人々の流れを見ている。

 30歳にいくかどうか。そんな男の割には、この辺りで見かける男より肌は綺麗で、話言葉も物腰も穏やかで、所々に知性を感じる。かと思えば、時々ひどく世間知らずな事を口にする。

 そして、大病でもして厄落としに髪を切ったのだろうか。最近切ったかのように髷が小さい。

 それになにより怪しいのは、セキを警護している若い衆。

 揃いの剣帯に統率のとれた動き。よほど財力がある所が雇っている証拠だ。

 神苑の陣の関係者なのだろう。それとも身元を徹底的に隠すところを見ると、意外と後李の大店の若旦那か。

 いやいや。でも、目がこんなに青いのに後李で生活なんか出来やしないだろうし。彼の国は異様なほど共生者に厳しいのは、大陸中で周知の事。

 ブロッサムが定めをつけれないまま、男は質問をブロッサムに重ねる。

 働き出したのは何時からか。何時から春をひさぐようになったか。一夜の春でいくらか。宿屋一軒で、どれだけの女を抱えているのか。性病はあるのか。何歳まで宿屋で働くのか。引退したらどう生計を立てているのか。

 そこからぶつぶつと数字を唱えだす。

 

 「新しい商売でも始めるの? なら後李側でやってよね」

 「え? 」

 「だって貴方、私を指名したのに抱く様子もないし。さっきから質問ばかりでしょう? しかも色街の相場とか、儲けとか、そんなんばっか」

 「あ……それはその」

 「どこの若旦那なの? 後李から遊びに来たの? 大丈夫よ。私、口固いから」

 「いや、その、後李ではないけど」

 「けど? じゃあ神苑の陣に繋がるの? どっちでもいいケドね」


 やはり押しに弱い。弱すぎる。こんなに素直で、商売やってけんのかしら、この若旦那は。

 ぐっと身をかがめ、胸元を寄せながら近づいてみる。途端に目元が泳ぎだし、尻を後ろへとにじり動かす。よく見れば、ちらりちらりと視線が胸元を彷徨っている。

 あら、ちゃんと「男」だわ。じゃあ、ただ初心なだけかも。

 宿場で培った推測と勘に従い、ブロッサムはセキの腕に白い手を巻きつける。


 「ねぇ……そんな難しい事考えないで楽しみましょうよ」

 「い、いや、その、俺は」

 「私のこと、嫌い? 」 

 「き、嫌いじゃないよ。ないけど、けど」

 

 もうひと押しっ。引き寄せた腕に、さりげなくを装い胸を当てる。腰を動かして、下から男の顎をそっと捉えて。

 澄んだ青い瞳が、まっすぐに自分を見つめている。綺麗な青に、吸い込まれていく感覚。魅入られる、とはこんな事をいうのだろうか。

 誘惑するつもりで、自分が見蕩れているいる。

 酒場宿の女として失格かもしれない。あぁ、でも、いいや。

 この青い瞳でずっと見られたい。引きつけられるように、男の柔らかそうな唇に顔をよせていく。


 「……逃げないで。大丈夫……全部私がやってあげる……」

 

 甘い吐息とともに囁いた言葉が突然ノックで遮られる。

 我に返った途端、セキは苦笑いをしてブロッサムの手を解いた。軽やかな身のこなしで立ち上がると、扉を躊躇なくあけてしまう。

 自分の誘惑が躱された意味に、愕然と後姿を見ながら気づく。セキは、心に想い人がいるのではないか。「牡丹」も私も、どれだけ肉体の魅力で押しつけても倒されない、心に強い存在がある。揺れても、倒されない強い恋心があるから。

 あぁあ。何やっているの私。色街の女として見抜けなかったのは失格だ。

 自嘲気味に笑い、弛めた襟元を直しながら扉を見る。

 戸惑い気味に入ってきたのは、スミレと男が一人。まだ垢抜けない少女を、抜き身の刀のような視線で男が睨んでいる。

 

 「申し訳ありません、あの、先ほどお客様が所望された品を持ってまいりました」

 「うん……分かった。そこ置いといていいから」


 いつもと違う雰囲気が判るのだろう。

 寝台はもちろん、部屋に情交の気配がない状態は初めてなのだから。

 盆をテーブルに置いても、心配げに立って部屋を出て行かないスミレに頷く。

 

 「大丈夫。もう休みなさいな」

 「でも、桜姉様」

 「大丈夫。それに、貴方様も下がってくださいな。充分にセキ様をお楽しみさせよと、この宿屋の旦那から命じられております。夜は長くとも限りありますので」


 仕事用の艶を出した笑顔を向けると、警備の男が僅かに強面を赤らめた。

 あらら、それじゃあ怖くないのに……と思った事は表に出さない器用さはブロッサムにある。

 

 「いや。身元が明らかでない女と二人っきりというのは困る。せい……セキ様、ご要望であればお召上げをすればいいではありませんか」

 「そういう欲望はないって! ただ、本当に、少しだけ雇い主に聞かれないで話がしたいんだ。」

 「ですが万一の事を考えれば」

 「桜姉様をそんな女扱いしないでけろっ」


 剣を携えた警護の男に声を上げたスミレに、背筋が凍る。相手は無法地帯の支配者の関係者なのに、口答えして無礼を働いたとされれば、切り捨てられても不思議ではない。

 慌てて飛び出し、男と少女の間に割り込む。


 「申し訳ありませぬ。まだ行儀見習い故にお許しください! これっ、早う下へ戻りなさい! 」

 「でも桜姉様っ」

 「ごめんね」


 強張った空気に、ふんわりと優しい夜風が吹き流れた。

 セキがスミレの目の高さまで身をかがめ、微笑む。


 「君の優しい主人に、何かする訳じゃない。ただ話が聞きたいんだ。この人は俺の警護をする人だから、怖い顔をしてるだけ。大丈夫? 」


 壊れたからくり人形のように、カクカクと首を縦に振るスミレ。身分も年もかけ離れた相手に、同じ目線で語りかけるなど、信じられない。

 ブロッサムが呆気にとられていると、セキは警備の男にも同じように微笑んだ。


 「アルーンもそんな怖い顔で睨むなよ。心配なら、君もこの部屋で楽しむ? 」


 突然放った言葉に、アルーンと呼ばれた警備の男もスミレも固まる。ブロッサムも。

 この男はいきなり何を言ったんだ。楽しむとは、どういう事か。

 いや、この酒場宿で楽しむ事は一つだ。じゃあ、その、こういう事か。

 赤くなり、青くなり、赤くなる男。判らずに、ただ顔を赤くして不安そうにブロッサムの顔をみるスミレ。そして、不思議なセキという男の魅力に振り回されているブロッサム。

 その三人を見て、セキは微笑む。


 「最高の夜になるよ。眠れないかもね」

 


 


 



 


 次回 9日金曜日に更新予定です。

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