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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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番外編  春陽は遥か遠く、そして近く 3

 「お前のような楽師が何故、同席しておるのだ。下がれ! 」

 「大宮様のお許しの下だ! すまん、すぐに」 

 「こんにちは。皇女様」


 慌てる黒雲に頷いて、微笑みかける。皇女様と話しかけた途端、彼女の顔が強張った。薄紅色の頬は赤く染まって、形良い唇が震えだす。


 「叔父上、この者は」

 「初めまして。ハルキと申します。今は楽師で構わない」

 「何故私を女と……」

 「この方は何もかもお見通しなのよ。私の娘、白紅迦と申します。どうかお見知りおきを」


 英鳳の紹介に、微笑んで頷く。何故だか分からないけど、男装をした皇女。この美少年ぶりだ、きっと英鳳譲りの美少女に違いない。

 下賎と思っている楽師に娘を紹介する母親に明らかに動揺している紅迦の様子を見て、ミンツゥに似ていると何となく思う。最近のミンツゥのツンツンぶりが、目の前で虚勢をはる皇女と重なる。大人に対する警戒心の強さは、この年頃特有の反抗期のよう。

 でもきっと、ミンツゥより外の世界に対する警戒は強そうだ。後李帝国の皇女なら、周りの雑音も大きいだろうから。


 「しかし母上」

 「この方は、私と同じなのよ。紅迦、皆まで言わなくても判るわね」


 その言葉を聞いた途端に、紅迦が一歩下がる。それでも母親の前に手を出して制しようとする仕草をとった。その指先が震えているのを見て、帰り時を悟る。

 後李帝国では、共生者が迫害されているのは既に経験済みとはいえ、なかなか根が深そうだ。

 苦笑いをして立ち上がると黒雲が慌てだす。


 「お、おい、何処へ行くのだ」

 「怖がらせるのは嫌だからね、そろそろ帰るよ。皆も心配してるだろうし。お茶とお菓子、ご馳走様でした。今度は是非、こちらに御出で下さい。まだ乱雑ではありますが、心を込めた茶を用意して待ってますから」

 「まぁ、素敵。是非に……その時が、いつか来ましたら、是非に」


 英鳳が微笑みかけ、目元を袖で隠した。重そうな刺繍を施された袖口の向こうに隠したのは、先見で知った未来。


 「待ってくれ! 答えを教えてくれ! 吾らに残された手立てを教えてたもれ! 」

 「叔父上、何を……この者は一体誰なのですか」

 「俺も自分の所で精一杯でカッコイイ事言えないんだけどさ」

 

 テラスの柵に向かって歩き、絶景の前で深呼吸1つ。

 そよぐ風の音に耳を澄ませて、空を見上げる。高い高い秋の空に手を指し延ばす。こうやって、空へ手を伸ばして触れたいものを探る。遥か彼方に、そして近くに存在する声を探る。

 柵に腰かけ、風と重力の狭間に身を任す。


 「見えた『映像』は、絵でしかない。そこから続く先も、その裏の事情なんかは分からない。見える絵が全てではないんだ」

 「それでは分からぬ」

 「うーん」


 伝える事が難しい。さらに、先見で見た未来を変える手立てなど伝えようもなく。自分だって、未来を変える方法など分からないのだから。

 頭を抱え、ふと思い出す。

 いつだったか、燃えるように赤く輝く夕日の渚での会話。

 終末の光景を見て自棄になった俺に、黒雲が投げかけた言葉を。


 「誰かの為になら、頑張れる。一人でその時を迎えるのではなく、誰かの為に。誰かと共になら、怖くない。それでも怖いのなら、俺が一緒にいる……だろ? 俺がその時は横にいる」

 「その言葉は……いつだか吾がそなたに言った言葉か」

 「あぁ。その時は俺もいる。あと、とっておきの秘訣も教えてやる」


 背中に三線を括り付け、柵の上に立ち上がる。


 「宿命は命に刻み込めた、やらねばならぬ課題。でも運命なら変えられる。未来なら、この手で変えられると信じてる。英鳳様。俺には、どこまで宿命か分からないが……変えられる未来がある事を憶えておいて下さい」

 

 未来を変えられと信じているから、俺はここにいる。深淵の呪縛を断ち切り、生き抜いてみせると自分を信じているから。出来る事を全てやり抜こうと、一緒に進む仲間を信じているから。

 

 「いつか、また、いつか、お会いしましょう……」

 「はい。その日まで、さようなら」

 「ごきげんよう」


 英鳳が立ち上がり、微笑む。

 その日が、どんな日になるか分からない。けど、最悪の結果にさせない為に駆けだすスタートは切られた。さよならの挨拶がてら、口笛で軽やかな旋律を奏でる。

 喜び集いだす風の精霊が輪舞を舞う。その柔らかなつむじ風に、宙から出した花弁を舞わせる。一瞬の花吹雪とともに、陰から飛ぶ出したシンハと空高く飛び上がる。

 

 「何だよ、何か楽しそうだな」

 「紅迦っていう皇女様が、ひどく驚いた顔してた」


 急に現れた花弁に驚いた顔が、妙に子供っぽく目を見開いていた。どことなく、出会ったころのミンツゥを思い出させられて、それが少し嬉しかった。今はすっかり、背伸びをしてるのを思い知らされる。

 子どもは大人になる。全ては変化する。


 「『ただ春の夜の夢の如し』、か」

 「ハルルン? 」

 「家へ、帰ろう」


 不意に思い出した平家物語の冒頭の文句。でも、それ以上の暗誦は出来ずに口を閉じる。

 盛者必衰の理など、今は言いたくない。

 ただ、今の想いが続きますように。そう願ってから遠くに見える入道雲へ向かって、風に乗る。

 上空の風は、僅かに冬のニオイがした。


 

 

 


 

 次回は来週の17日 水曜日に一話を更新予定。

 仮題 『春のおもてなし』 

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