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見下ろすループは青  作者: 木村薫
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番外編 風が吹き始める

 神殿での大騒動の後日談から、番外編スタートです。

 今回はミル視点で。

 「何たることだ! 」


 何度目の罵声だろう。荒れ狂う暴風のような感情を何度も吐き出し、衝動を止められずにテーブルに拳を叩きつける。上に用意されていた茶器は既に床で粉々になっていたが、この怒りに誰も近寄りたくない故に放置されていた。誰もこの部屋に入ってこれない。侍従も補佐官も侍女も。

 

 「何たることだ! お前は、貴方は知っていたのか! 」

 「まさか。私はこの神殿に連れてこられてから誰とも会っていませんよ。貴方自身の指示で、そうなっているのでしょう? アイーダ殿」


 そう微笑み返すと、もう一度拳をテーブルに叩きつけた。

 牙をむいた獣のような目で睨まれたが、首を少々傾けて微笑んでから窓の外へ視線を移す。

 冬至祭の直後に起こった竜巻によって、上級神官の宿舎は壊滅。贅を凝らした建物だけが狙い撃ちされたかのような壊れ方と、竜巻が残した精霊の歓喜の唄に下級神官達が嬉しそうに中庭に落ちた瓦礫を片付けている様子を眺める。見てる私まで笑みが浮かんでしまう。そよぐ風が、訊き慣れない唄を唄って吹き抜けていく。

 恐らく遠く離れた南洋の精霊だろう。ひょっとして、ハルキが連れてきたのかもしれない。陽気で朗らかな唄が風と共にそよいで、どことなく瓦礫の片付けをする人々の顔も、穏やかにしてゆく。

 そう。彼らはきっと何も事情が説明されていなくても分かっている。

 この竜巻を起こした者は知らなくても、待ち望んだ人物がこの地に来ていた事を分かっている。 

 彼が、ハルキが、ダショーが、ここに来た。世界の中心である深淵の神殿の王の帰還を知っている。

 目の前に現れる事はなかったけど、シンハが朝日を浴びて金色に輝きながら大聖堂に入ってきた瞬間に私の見ている世界、感じるもの全てが輝いた。心が弾み、震え、舞い上がった。

 兄弟星であるシンハがいる。そのすぐそばにハルキがいる。来てくれた!

 

 「クマリの冬至祭にいると報告した者を即刻連れ戻せ! 追跡隊? そんなもの無駄だ! 送っただと? 無断に何をやっている! あの者に追跡など無駄だ! 誰が追いかけられるのだ! 速攻連れ戻せ! 」


 叔父のアイにそっくりの栗色の髪が乱れるのも構わず、報告に来た勇気ある側近を張り飛ばす。何時になく激しい感情に、辺り一帯の空気がさらに凍りつく。

 神殿に漂う乳香だけが甘く匂う。気のせいか、酷く甘い匂いがアイーダから漂う。腐食が始まったかのような甘い匂いの奥で、何度か頬が叩かれる音が続く。

 轟く怒りを耳に流して、そっと決意した。

 ハルキは、きっと動き出した。クマリ再興の為か、それとも共生者の為か、それは分からないけれど。とにかく神殿を相手に動き出したのは確かだ。

 なら、深淵の底で泣き暮らしている訳にはいかない。私は私で出来る事をやっていこう。

 あの下級神官達の希望を消さぬために、生き延びている同胞のために。

 

 「……どこへ行くのだ」

 「下がらせてもらうだけですよ。皆も疲れたでしょう。仕事が終わった者から休みなさい」

 「指示は私が出す!! 」

 「ごきげんよう」

「姫宮様! どこへ」

 「慈恵院に。あの騒ぎで怪我人が出たでしょう。見舞いに行きます」

 「姫宮様が行かれずとも」

 「行かねば、ならないのです」


 強張った顔の侍従達に微笑んで、ゆっくりと歩いていく。背後から一際大きな物が割れる音がしたが、振り向かない。前を向いて歩いて行こう。

 きっとこの一歩が、ハルキの下へと続いていく。未来はこの先にある。


 「姫宮様」

 「えぇ、大丈夫。私は大丈夫」



 侍女の不安げな声に、まっすぐ前を向く。

 耳元で蘇るテリンの口癖を思い出して、背筋を伸ばした。

 神苑という、精霊と人を結ぶ場所を守る長としての威厳を。誇りを。そして覚悟を。

 まだ小さかったあの時は、テリンの言葉の意味が表面だけしか分からなかった。

 でも、今は違う。

 私がこの深淵で立っている事が、流浪の民となったクマリの人々の勇気、尊厳、光となる。

 私はその為に、存在している。だから、この一歩に力を込める。前を見据える。

 遥か先で奮闘しているハルキに、再び笑顔で会えるように。

 


 


 

 


 


 一編ずつ、upしてきます。

 次回は来週の10日 水曜日に三話を三日連続でupしてく予定です。

 仮題 『春陽は遥か遠く』で。

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