110 夜明けの記憶を刻め
やがて、東の空が白み始める。
冬至を抜けて力を復活させた黄金の太陽が、慈雨に濡れた大地を照らし出した。
幕の外から、雄叫びのような歓声が夜明けを告げる。
大地は、芽吹く。今日この日から、草が茂り花が咲く。虫も動物も、舞い戻る。
ここから始まるんだ。
「波のように言葉を伝えろ 風より早く想いを伝えろ 輪唱せよ! 」
歓声が一斉に静まる。幕の向こうで息を潜める何万もの気配に、背筋を伸ばした。恐れおののく心臓が脈打ちだす。
この宣言をすれば、もう後戻りできない。
一瞬浮かんだ想いに気づき、小さく自嘲した。戻る? どこへ?
それは、日本か。それとも過去か。振り返る時間が、どれほど心地いい? 未来は自分で選択できるというのに。
一時、目を閉じて息を吐き出す。弱気は、さよなら。肺の中の二酸化炭素を弱気と混ぜて吐き出して、腹一杯に酸素を吸い込む。勇気と、覇気を、体の細胞までに染み込ませ。
さぁ、宣言しろ。世界へ、未来を、希望を。
再び吐き出す息で、喉を震わし言葉を紡ぐ。
「この地で起きた悲劇と過ちを忘れないと誓う者 この大地で生きると決意した者 これ全てクマリの民だ! 」
水面に刻まれ広がる水紋のように、幕の外に控える素破達が言葉を繰り返す。そうして、さらに遠くで声を拾った者が言葉を繰り返す。
拡声器のないこの世界で、俺の言葉が大勢に広がっていく。
「唄える者もそうでない者も 見える者も見えぬ者も 聞こえる者も聞こえぬ者も この祝福を信じる者全てクマリの民だ! 」
共生者も、そうでない者も、精霊を信じるのなら。自分達以外の存在を受け入れ、見えぬモノに敬意をはらってくれ。
「姿形でなく 出自でなく 能力でなく この祝福を信じる者がクマリの民! この地で根を張り生きる者がクマリの民! 」
この地で生まれた者達だけじゃない。後李の者もエリドゥの者も、永く流浪の民として故郷を持たないニライカナイの船団の者達も、新しいクマリの民として生きていこう。
サンギとの約束を入れた言葉に気づき、驚きで目を見張る浄衣の男女に頷く。
望むのなら、辛い開墾になるけど遠い祖先のこの地で生きる選択を送ろう。
理解はしてないだろうが、満面の笑みで飛び跳ねるミンツゥを抱き上げる。
溢れる朝日が世界を照らし出していく。鮮やかに彩られる世界を憶えておこう。
きっと何度も蘇る魂の記憶に、この瞬間は刻み込まれる。忘れられない瞬間になる。
「我の名の下に、クマリ……ダショー・ハルキは新たなクマリ建国を宣言する! 」
再興でも復興でもない。
かつてのクマリを蘇らせるんじゃなく、新たな国を作ろう。
共生者とカラクリすら共存する国を。人も動物も、全てが共に生きていく共生する世界を。
きっと、ミルも理解してくれると信じている。
轟く大歓声が地平線の向こうへ続いていく。
「ミンツゥ、憶えておくんだよ。この光景を、ずっと憶えておこうね」
「うん! すごい人! みんな喜んでるよ! ほら、空からまだ宝石が降ってる! 精霊が踊ってるよ! あんなにたくさん! 」
頬をピンクに紅潮させてはしゃぐミンツゥに、そっと頬をよせる。強く抱きしめる。
憶えおいてと、そう言った言葉の意味は、まだ分からないだろう。
俺達の記憶が星の記憶となる事を、まだ分からないだろう。
この肉体が消えて、いつか星の精神の一部となったら、微睡む夢にこの瞬間を思い出そう。
誰もが慈雨に濡れて希望を持ったこの瞬間を。無限の可能性が未来にあると信じられるこの光景を。
だからミンツゥ、忘れないで。
「ずっと、憶えておこうね」
これで、連続更新は一旦休憩です。
また書き溜め終わったら連載していきます。もう少しめどが立ったら上げます。進行速度は活動報告に書いておきます。
長い話になっていますが、お気に召しましたら幸い。
作者のテンションで勝手してますが、よろしくお願いします。