第五話 拒絶
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「俺をどうする気だ?」
「ふふ。そうだね、どうしようかな。このまま、奴隷にしちゃうのも良いかもしれないわ」
ニヤリと小悪魔的に笑うサキュバス。随分、機嫌が良さそうだ。
「ざけんな......いや、意外とそれ良いかもな」
「は?」
「奴隷ってことは会社行かなくて良いし、最低限の生活は保障して貰える訳だろ? 本望かもしれん」
「気持ち悪......というか、何であなた、そんなにハキハキと喋れているのよ。チャームを掛けられた人間は意識が朦朧として呂律が回らなくなる筈なんだけど?」
サキュバスに引かれた。
「確かに最初は意識も朦朧としてたし、呂律も怪しかったけどな。抵抗することなくチャームを受け入れたら収まった」
「......自分でチャームを掛けといてなんだけど、本当に気持ち悪いね、あなた。解除したくなってきた」
サキュバスの方からチャームを拒絶されるとかあるのか。
「で、俺の奴隷化が目的じゃないなら何でチャームを掛けたんだよ」
「......本来の目的は単にあなたを退職させること。あなたなら本当に奴隷にしてあげても良いかなって思い始めてるけど」
ウチの会社よりも絶対にコイツの方が、俺を大切に扱ってくれると思う。
「何でそんなに俺に退職を迫るんだよ」
「私と違ってあなたは会社さえ辞めればストレスから解放されるんでしょ? 私が言うのもなんだけど、命は大切にして欲しい」
私と違って、ということは彼女を自殺に追い詰めている原因はそう簡単に取り除けないのだろうか。
「えらく、人間に優しい悪魔様だな」
「自殺なんてされても私に利益は何一つ無いからね。それなら、さっき言ってたみたいに奴隷にして飼い殺しにするか、精気を奪って搾り殺すか、痛め付けて悲鳴を楽しみながら魂を奪う方が有意義」
そう話すサキュバスの顔は笑っていなかった。
「照れ隠しだよな......?」
「そう思いたいならそう思ってもいいよ。ただ、私が悪魔だということと、あなたは私に何をされても文句を言えない立場にあることだけは忘れないでね」
こっわ。
「兎に角、あなたは明日、退職すること。良い?」
「おう......」
「仮に退職した後、仕事が見つからなくて路頭に迷ったら私がどうにかしてあげるから。ね」
どうやら、サキュバスはかなり長期間、こっちの世界に居てくれるつもりらしい。それはつまり、彼女は当分、自殺をするつもりはないということ。その事実に胸を撫で下ろしている自分が居た。
⭐︎
翌日、何事も無かったかのように出勤した俺はやつれた表情でパソコンに向かう平沢の肩を叩いた。
「ああ、暁か。結局、死ななかったんやな。昨日、来んかったから本当に死んだんかと思ってたんやけど。ちょっと、ホッとしたかもしれへん」
自分も死にかけみたいな状態の癖に、そんなことを言う平沢。相変わらず、良いヤツだ。
「心配させて悪かったな。一応、自殺寸前まで行ったんだが、邪魔が入りやがってよ」
「それにしては自棄にスッキリした顔しとるけど?」
「......そうだろうな」
俺は平沢にそう言うと、自分の席には目もくれず、部長の席へゆっくりと歩いて行く。
「お、おい、暁?」
後ろから戸惑った様子の平沢の声が聞こえてきたが、構わず進む。そして、俺は珍しく重役出勤をせずに早めに来ていた部長の前で止まった。
「おい、暁。何、当然のように出社しているんだ。昨日は何をしていた? 無断欠勤なんて許される訳がないだろう!」
苛立った様子でそう吠える禿頭の机に俺は退職届けを叩きつけた。
「会社、辞めます。明日から来ませんので。じゃ」
俺は敢えてぶっきらぼうにそう伝えると、回れ右をして会社を出ようとした。
「ああっ!? 何を言っているんだお前は。退職なんて認めん! 大体、無断欠勤についての謝罪を聞いていないぞ!」
「俺も労働基準法を守らず、奴隷労働をさせられたことについての謝罪を聞いていませんが」
俺は溜息を吐くと、ポケットからスマホを取り出した。
「黙れ! ウチの会社に拾って貰った恩を忘れたのか!? 労働基準法が何だ。他の社員達は文句も言わずに働いている。そもそも、無断欠勤も契約違反、逆に訴えてやる」
「どうぞ、ご勝手に。今の部長の発言、全部録音しましたから。労働基準法を守っていないことを自ら認めた企業が裁判で戦ってはたして勝てるのか、見ものですね」
俺はそう言うと、右手に握っていたスマホを勝ち誇った表情で部長に見せた。
「ふざけるな! そんなことをしてみろ! お前の立場がどうなるか......! 」
ブラック、どころの騒ぎではないような言葉を激昂しながら吐く部長。漫画の悪の組織かよ。この会社、ヤクザとかと繋がってるんじゃなかろうか。
「脅迫に在職強要、パワハラの具体的な事例まで証拠として録音されてますが大丈夫です?」
一体、何故、俺は今までこの男に、この会社に、怯え、言いなりになってきたのだろうか。思わず、そんな疑問が湧いてくるほどに俺の口からはスラスラと言葉が出てきた。
これも、チャームのお陰なのだろうか。だとしたら、彼女に礼を言わなければ。今までの自分の異常さに気づかせてくれてありがとう、と。
「......ぐっ」
「私は別に裁判とかを起こすつもりはないので、その代わり穏便に退職をさせて頂きたいんですよ」
騒然とする部屋の中、俺は内心ほくそ笑みながらそう言った。
「......分かった。好きにしろ。ただ、約束は守れ。裁判は起こすな」
「勿論」
俺は軽く礼をすると、回れ右をして平沢のところまで戻り
「じゃあな」
と、別れの言葉を口にした。
「いや、じゃあな、って......お前本気で言っとるんか?」
「本気も何も、部長様に退職の許可貰ったからな」
平沢は複雑な表情をしながら俯いた。
「これから、仕事とかどうするんや」
「分かんね。でも、どうにかなるだろ」
「不安とか無いんか?」
「あったけど、無くなった」
「・・・・」
不服そうに平沢は黙り、溜息を吐いた。彼がこんな反応をするのは当たり前。この会社には何故か『辞める』という選択自体がタブーであるという空気がずっと蔓延しているのだ。
そして、最近まで俺もその空気にあてられて自殺を選ぼうとしていた。辞めてはならないという脅迫観念、それこそこの会社最大の闇なのだろう。
「さっきの部長の言葉の録音、お前のスマホに送っといたから」
俺は平沢に耳打ちした。
「な......!?」
「辞めたいなら、使え。勿論、訴えるのに使ってくれても構わねえ。別に消してくれても良いし。どう使おうとお前の自由だ」
俺はそう言い残すと、何時もよりも早い退社をした。
「終わった?」
会社の入っているビルを出ると、サキュバスが外で待っていてくれた。......今日の気温は13℃らしいのだが、彼女はあの鎖骨と肩を露出させる服を着ている。俺の家にはサキュバスが着れるような服が無いのだ。
「ああ。......取り敢えず、お前の服買いに行くか」