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第四話 チャーム

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「ご馳走様でした」


「お粗末様」


 向こうでも同じ文化があるのだろうか。行儀よく手を合わせて挨拶をするサキュバス。というか、そもそも......。


「今の挨拶もそうだが、お前ってどうやって日本語を話してるんだ? 向こうの世界の公用語、日本語なのか?」


「難しいこと聞くね、あなた。......悪魔は召喚者と意思疎通が取れるように、召喚された時点で召喚者の扱う言語が話せるようになるの。挨拶とかもある程度は召喚された時点で頭に叩き込まれるわ」


「便利だな」


「でも、それは召喚された場合の話だから、自分からこっちの世界に人間を襲いに来るような悪魔は言語を自動翻訳してくれる魔法を使うわね」


「やっぱ、魔法とかが当たり前みたいにあるのか」


 サキュバスの存在や魔法の存在を自然と受け入れている自分の適応力に驚いていると、突如、プルルルルルという耳障りな音が部屋中に響いた。心臓が突如、掴まれたような感覚に襲われ、一気に気分が悪くなる。頭が痛い。


「ああ、この音、あなたが寝てた時もずっと鳴ってたけど何なの? ちょっと......大丈夫?」


「電話だ。絶対に会社からの。......出たくない」


 まるで子供の様にその場でうずくまり、泣き言を言う俺。止まれ、止まれと心で念じても電話の音は鳴り止まない。精神状態が安定したからこそ、あの場所には行きたくないと強く思う。


「電話......ああ、通信機器か。で、会社? それって、あなたの勤め先?」


「ああ、俺が自殺に踏み切ろうとした原因の7割くらいを占める魔の組織だ」


「そんなに辛いの?」


「人間基準で考えたらな。ほぼ毎日泊まり込みで週に休みは一度あるか、無いかのレベル。休みの日も仕事の連絡で大半が潰れるし、週の平均睡眠時間は4時間程度」


 俺がそう説明する間も電話は鳴り止まない。あの会社に良心などある筈がないので、出社してこない俺の安否を心配しての電話では決してないだろう。

 きっと、俺の無断欠勤を責め、こうしているうちにもどんどん溜まっていっているであろう山のような仕事を片付けさせるための連絡だ。


「いや、悪魔基準でもその仕事量はおかしいから。ましてや貧弱で柔な人間の肉体と精神がそんな労働に付いていける筈が無い。そんなの、奴隷と同じじゃない」


 言い得て妙過ぎて笑ってしまった。


「労働基準法を普通の企業は遵守しているから、本来はそんな労働を課せられることはない筈なんだよ。だが、影には法律を破って社員を酷使している『ブラック企業』も存在している。ウチの会社はそれなんだ」


「会社が法律を破っているなら訴えればいいじゃない。法律があるのなら、そういうことも可能でしょ?」


 何故そうしないのか、と首を傾げながら鋭いことを言ってくるサキュバス。俺は溜め息を吐き、唸った。


「......訴えて負けたりしたらその後が怖いというか、とてもじゃないけど訴えられるような雰囲気じゃないというか」


 結局は彼女が先程形容した通り、心身共に俺は『奴隷』に成り下がっているのだろう。度重なるパワハラや圧力によって会社に歯向かう牙を完全に折られている。


「さっきまでの威勢はどうしたの......。命を取られる訳じゃないんだし、別にそんな会社、辞めさせられても良いじゃない」


 その時、やっと部屋中に鳴り響いていた電話の音が消えた。


「......一理あるな」


 未解決問題の証明法を見つけた数学者のように、俺はとんでもない事実に気付かされた気がした。


「確かに今の会社、あれだけ死ぬ気で働いても大して給料出ないし、あの会社に固執する必要無い気がしてきた」


「今、気付いたの?」


「でも、今の会社を辞めて新しく就職出来る気がしないしな......」


 『はあ......』と溜め息を吐くと、サキュバスは弱気になる俺の方へとゆっくり寄ってきて


「辞めちゃえ」


と、耳元で囁いた。

 本物のサキュバスASMRだ。


「ちょっ......」


「あなた、このままだと必ずまた自殺に走ることになるよ。命を失うことと、仕事を失うこと、どっちが嫌?」


 彼女の声を聞いていると酒に酔ったかの様に体が熱くなり、頭の中がフワフワとしてきた。


「でもだな......」


「でも、じゃない。私の言う通りにして」


 意識が朦朧とする俺の頭をサキュバスは両手で動かし、俺の目が彼女の目と合うようにした。美しい目だ。赤紫の目の奥に妖しくも魅力的な光を浮かばせている。

 彼女の目を見ていると心臓の鼓動が速くなるのを感じた。


「テメエ、まさか、チャーム的な奴を......」


「あなたって、悪魔について全然、知らない癖にこれだけは知ってたんだね。......そうだよ。今、私はあなたにチャームを掛けているの」


 チャーム、それはサキュバスが異性を支配する為に使う魅了魔法である。創作物ではよく目にする能力だが、まさか、本当に存在したとは。


「でも、もう遅いよ。身体、動かないでしょ。あなたの精神力が弱かったのか、チャームに掛かる前から私に好意を持っていたのか、あるいはその両方かは分からないけど。思ったより簡単に堕ちたね......ふふ。さっきの復讐完了。ざまあ」


 可愛く、艶めかしい声で笑うサキュバス。悪魔的であった。


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