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第三十六話 冬虫夏草


「ねえ、お姉ちゃん、何でそんなに怒っているの?」


 茶髪の少女は少し高い声で笑いながら私に聞く。......彼女は私を小馬鹿にしている。その質問の答えも知った上で聞いている。私のコンピュータは彼女の声色からそんなことを予想した。


「わざわざ、こんな所までお呼びして申し訳ありません。別に怒ってはいませんよ」

 

「良いよ、どうせ此処の近くのアニメショップ巡ってる所だったし。お姉ちゃんから『カフェに来てくれ』だなんて言われた時は驚いたけど。......姉妹水入らずでゆっくりお茶でもしたい、ってことじゃないみたいで残念だな」


 彼女は珈琲とスープを注文してわざとらしく俯いた。


「『災厄』を彼らに(けしか)けたのは貴方ですね」


「知らないな」


「とぼけないで下さい。『災厄』は力こそ強いですが、それほど勘は鋭くない。此方の世界に来て直ぐ、彼らを見つけ出せる筈がありません。貴方が案内したのでしょう」


 ゴーグルを上げ、彼女の目に直接視線を向け、私はそう言う。


「仮にそうだったとして、何か問題があるの? ボク達の目的はお姫様の殺害だよね? ボクは面白そうだから放っとくことにしたけど。別に死んでくれても構わない。何で、お姉ちゃんは守ろうとしてるのさ」


「......黙れ。兎に角、彼らに手を出すな」


「ははっ。情が移っちゃったかあ。なら、何で助けに行かなかったのさ、暁クンらが襲われてたとき。気付いていたんでしょ」


 私は視線を下に逸らし、紅茶を啜る。


「災厄に立ち向かう力など、私には有りませんから。守人が来るのを信じていましたし」


「ふうん......?」


 手術を受け、今の体になる前の記憶は殆ど無い。そのため、たまに疑問に思うことがある。手術を受ける前の私はどんな人物だったのだろうか、と。

 血が繋がっている訳だし、フィーネと似ていたのだろうか。いや、そもそも、私は手術を受けてからのフィーネしか知らない。もし、彼女が、私の手術の前後で変わってしまったのだとしたら......。


「フィーネ」


「何?」


「話が変わって申し訳ないのですが、一つ質問をしても宜しいでしょうか」


「どうぞ」


「......恐らく、私が今の私になる前、手術を受け、機械の体になる前の私の記憶が、ときたま、蘇るのです」


「へえ。まだ少し記憶が残っていた訳か」


 彼女は先程とは違い、興味を示すかのような笑みを浮かべる。


「誰かのシルエットがたまにフラッシュバックします。しかし、私のコンピュータはそのシルエットが誰なのかを割り出してはくれない。きっと、私が手術を受ける前の記憶なのでしょう。そのシルエットの正体がずっと気になっていて......」


「ふうん。何か手掛かりは?」


「いえ、ただ、私の血縁者だったことだけは不思議と分かります。私の両親、弟、若しくは貴方かと......。何だかとても優しい人だったのを覚えています」


 私の言葉を聞いたフィーネは先程とはまた違う笑みを浮かべた。事実に基づいた細かい演算の結果なのか、生体ユニットが本能的に反応しているのかは分からないが、私は彼女のその『笑み』が恐ろしくて堪らなかった。


「両親、弟、私、ね。両親は違うんじゃない? 私達を捨てたんだし。私に彼らの記憶は無い。それに、私は『優しい人』ではない。それはお姉ちゃんが一番よく知ってるでしょ?」


 心臓の拍動が早くなる。やはり、この恐怖心は本能的なものなのだろうか。


「私の弟を殺したのは貴方、ということを言いたいのですか?」


「ふっ。別にそうじゃないけど。確かにあの子を殺したのはボクだね」


「『楽しそうだったから』ですか?」


「何度も言ってるでしょ。その通りだって。当時のボクは本当に娯楽に飢えててね。ほら、ボクって『好奇心の申し子』だから。何と無く、あの子を弄って遊んでたら死んじゃった」


 クスクスと笑うフィーネ。一般的な少女のそれと音の高低と大小、仕草は合致するが、その本質は全く違っていた。いや、実は同じなのかもしれない。


「私に弟の記憶は残念ながらありません。しかし、あのシルエットの正体が私の弟なら、私に優しくしてくれたあの人の正体が、貴方が手に掛けたという私の弟なら......」


「ボクを殺すの?」


 『そうだ』。そう答えるのを待ち望むかのように目を輝かせながらフィーネは聞く。


「貴方を許しません」


「えー、つまんない」


「私に復讐心を抱かせようとしても無駄です。貴方の思い通りにはなりません」


「......お姉ちゃん、これ見て」


 そう言って彼女が取り出したのは何の変哲もない食塩の入った袋だった。


「それが何か」


「これ、博多で作ってる訳ではないって知ってた?」


 と、言いながら彼女は徐にその食塩の袋を開け、その塩を机の上に置かれていた水に投入した。


「何をする気ですか?」


「実験。頭、開けて」


 彼女がそう言うとコンピュータの内蔵されている私の頭部の右側に穴が開いた。フィーネは修理などをする時の為に私の体の一部を動かす権限を持っている。


「何がしたいのか分かりました」


 私がそう言った瞬間、フィーネはその塩水を穴に注いできた。


「んー、何もならないな。流石に対策はしてるか。ショートとか起こさないかなと思ったんだけど」


「そういうことを繰り返すようでしたら貴方から権限を取」


「じゃあ、これ嵌めちゃえ」


「......り上げますよ?」


 視界が真っ赤になる。迂闊だった。塩水を入れられるだけだと思ったのに。この体の権限が『マクスウェル』から別の誰かに移行している。

 私の頭部には外部の主体と接続出来るポートが幾つか備わっているのだ。恐らく、其処から何かしらのデータを流し込まれたのだろう。


「このまま、『お姉ちゃん』自体を消しちゃっても良いんだけど、それは面白くないからなあ。お姉ちゃんの自我は残しておいてあげるから安心して」


「......まさか、実の妹にこんなことをされるとは思いませんでした」


「最期に『あの子』もそう思ったかもね」


「......言いましたよね。私は貴方の思い通りにはなりません」


 とは言っても、既に奪われた権限を取り戻すのは難しそうだ。恐らく、私の権限は『ある目的』を達成する為の行動を私に強制し続ける存在に奪われた。

 しかし、その『ある目的』を達成させないための対策は済んでいる。


「いや、ボクの思い通りにならなかったらそれはそれで面白いからどっちにしろボクとしてはオッケーだよ」


「......はあ」


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