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第三十五話 映画


「オイ、ステラ」


「何......」


「もう一度確認する。本当にこれをテメエは見たいんだな?」


「うん」


「本当にっ! テメエはっ! この映画を見たいんだなっ!?」


「だから、そう言ってるじゃない」


 俺は溜め息を吐くと映画館に設置されている端末から一人分のチケットを発行した。そのチケットと、先程、購入したポップコーン並びにジンジャーエールをステラに渡す。


「一人で見てこい。俺は待ってる」


「いや、え? 何で」


「こんな映画を見るのは金の無駄だ」


「見たことあるの?」


「ねえ。見たくもねえ」


 ステラが観たがっていた映画、それは海外のホラー映画であった。ネットで調べたところ、評判は悪くない。『思わず何度も叫んでしまいました』だとか、『背筋が凍りました』というレビューが飛び交っている。


「......もしかしてだけど、あなた、ホラー映画が怖いの?」


 ステラは首を傾げながら俺にそう聞く。その問いに俺を馬鹿にするような感情は乗っておらず、ただただ純粋な疑問をぶつけてきたような感じだった。


「違え。金の無駄だと思うだけだ。一人で見てこい、早く」


 俺の返答にステラは困り果てたような表情を浮かべると、何かを思い付いたらしく、此方へと近付いてきた。


「......一緒に観たいな。駄目、かしら?」


 妙に色っぽく可憐な表情で目にハートを浮かべながらステラはそう言ってきた。しかも、上目遣い。コイツ、分かってやがる。


「テメエ、んなことで俺が動くと思ったら大間違いだならな」


 俺は彼女から顔を逸らしながらそう言った。


「・・・・」


 無言で顔を赤くするステラ。一応、彼女の方も恥ずかしがっているらしい。


「いや、テメエが恥ずかしがるなよ」


「楓」


「っ!?」


 不意打ちで名前を呼ばれたことに俺の心臓は耐えきれず、口から飛び出そうになった。


「観よ? 一緒に」


「ぎっ......畜生っ......テメエ、チャーム掛けてるだろっ......」


「掛けてないよ。あなたの方から掛かりに行ってはいるけど」


 それを誘導してんのはテメエだろクソが、と言うと、俺が彼女に魅了されていることを認めることになってしまうので言わない。


「大体、何でそんなにテメエは俺と一緒に観てえんだよ。映画なんて何人で見ても一緒だろうが」


「......外に人を待たせている状態で観る映画なんて集中出来ないわ。それに、あなたの怖がる様を見たい」


「俺は怖がらねえ」


「じゃあ、決まりね。早く見よ?」


「上目遣い止めろ。チッ......ああ畜生、わあったよ。チケット買ってくるから待ってろ」


⭐︎


 やっぱり、止めれば良かったかもしれない。動悸が凄い。映画の内容としては本格的な洋風ホラーという感じなのだが、何しろレベルが高過ぎる。ストーリーの不気味さと心臓に悪いドッキリ要素が終始、俺の心を嬲ってくる。


「手、握っておいてあげようか?」


「......要らねえ」


「ふふっ。頑張るわね」


「何のことだよ」


「別に」


 何故、コイツはこんな映画を観たかったのか。俺には全く理解が出来ない。彼女は普通に映画自体を楽しんでいるようだし。


「っ......!?」


 まただ。館内から悲鳴が飛び交うドッキリ要素。突然、眼をドアップにするのはやめて頂きたい。咄嗟にステラの腕にしがみついてしまった。


「はいはい。怖くないよ。私が居るからね」


「......畜生」


 完全に舐められている。が、もうずっとこのままでいよう。どうせ、俺がホラーが苦手なのはバレているのだ。プライドとかもうどうでも良くなった。ステラにこうやってしがみついていると安心する。


⭐︎


「ぜえ......ぜえ......まあまあだったな」


「途中からずっと私の腕にしがみついて震えてた癖によく言うね」


 約一時間半の苦行に耐えた俺はシアターを出た。ステラが何時もの感じで俺を煽る。


「腹が痛かっただけだ」


「......ふうん。じゃあ、また今度、お腹の調子の良い時に観に行こうか」


「絶対に嫌だ」


「やっぱり、ホラー苦手なんじゃない。可愛いね」


「お前は可愛くねえよな」


「......そうだね。魅了の力と魅力はイコールじゃないから。魅力だけで見れば、私はサキュバスの落ちこぼれ。そう言われても仕方ない」


 俯きながら苦笑するステラ。めんどくさ。


「いや、別に其処までは言ってねえが」


「慰めなくても大丈夫だよ。魅力に乏しいのはあなたも同じでしょ。釣り合いは取れてる」


「......うう。んう。っ。おう......ああ、そうか」


 何か物凄く変化球的な返しをされて戸惑ってしまった。コイツ、これを言うためにわざわざ悲壮感匂わせてやがったな。


「ねえ、あなた」


「んだよ」


「下等生物のあなたの魅力とサキュバスである私の魅力が等しいのもよくよく考えたら嫌だから、魅力を上げる方法教えてくれないかな。ネイルとか、香水とか。あ、この髪型も変えた方が良いかな」


 ネイルも香水も髪型も詳しくねえ。


「......悔しいが、テメエはそのままでも十分、俺より魅力的だ。下手に変えるくらいならそのままで居ろ。可愛いとは思わねえが、俺は嫌いじゃない。今のお前のこと」


 彼女から顔を逸らし、天井を見つめながら俺はそう言った。ステラはそれから長い間、何も話さなかった。

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