第三十四話 訪問者
「インターフォン鳴ってるよ」
『災厄』との戦いを終えた数日後の休日。久しぶりにステラと出掛けるのも良いのでは、なんてことを考えながら朝食を食べていると、彼女に肩を叩かれた。
宅配便なんて頼んだ覚えは無い。インターフォンに出るのは、フィーネの件があったせいで少しトラウマなのだが。
「はい、暁です」
俺は渋々、ボタンを押して応答をすると、そう名乗った。
「あ......初めまして。星加と申します。少し、お話があるので伺いました」
中性的ではあるものの、少し低い声が聞こえてきた。俺はその声を聞いた瞬間、ステラの方に視線を向ける。向こうも初めましてと言っているのだから当たり前と言えば当たり前だが、星加という名前に心当たりは無い。
脳裏によぎるのはやはり、フィーネの件。『災厄』のこともあったし、此処は少し慎重になるべきかもしれない。そう思い、ステラに視線でどうするべきか指示を仰いだのだ。
「......はあ。もう、どうしようもないよ」
しかし、ステラは溜め息を吐いてそう言うだけで何も指示をくれなかった。俺は苛立ちを態度に表しながら、もう一度ステラを睨み付ける。
「あなたの好きな方にして。多分、結果は変わらない」
半ば諦めた様な表情のステラに俺は首を傾げながら、口を開いた。
「分かりました。今、伺います」
俺が選んだのは『星加』を名乗る人物に玄関まで会いに行くことだった。特に意味は無い。ステラが好きな方にしろ、と言ったから何と無くそうしただけだ。
玄関に移動した俺はドアのバーハンドルを握った。ステラが何か諦観の表情を浮かべているが、どうか、頼む。温厚な、平穏をもたらす訪問者であってくれ。
「こんにちは」
俺は扉を開けて挨拶をする。すると、俺の視界には黒髪の少年の姿が入ってきた。中学生くらいだろうか。かなり、身長が低い。
「こんにちは。この人をお返しに伺いました」
そう言って少年が掌を左に向けると、少年の左横に突如、銀髪の少女が現れた。
「うらめしや」
『災厄』だった。
「お引き取りください」
俺はそう言うと内側のバーハンドルを握り、勢いよく扉を閉め......ようとしたが、少年が外側のバーハンドルを握って引っ張り、抵抗してきた。
「待ってください!」
「嫌だ! 帰って下さい! いや、帰れ! 今直ぐに! その女引き連れて! おい、ステラ! 気付いてただろテメエ! 何で言わなかった!?」
「......こんなこともあろうかと、前もって、ウチに張っておいた『対災厄用結界』が既に破壊されたからよ。打つ手無し。死の? 一緒に」
儚い笑顔を浮かべるステラ。何だよ、笑えるじゃねえかとかそんなことを言ってる場合ではない。
「ざっけんな! 星加だったか。テメエは何でソイツとつるんだんだよ! お前も悪魔か!?」
「違います! 僕は正真正銘の日本人の高校生です! お姉さんとは......その、成り行きというか、何というかで同居してます!」
「はああああっ!? ソイツ、俺達の敵なんだよ! 何、前線基地与えてくれてんだよ! さっさと、追い出せ!」
「僕もそうしたいから、こうやってお二人の家を伺ってるんですよ!」
「頼る先が違え! 俺はごく普通の社会人、後ろのはただのサキュバスだ! 『災厄』サマとは敵であっても、仲間じゃねえんだよ!」
「ねえ、『使うときに使わなくって、使わないときに使うもの』って何?」
「テメエは黙ってろ!」
「お姉さんは静かにしてて下さい!」
「......ショボン」
「お風呂の蓋、じゃないかな」
俯く災厄にそう答えるステラ。コイツ、勝てる訳が無いからって好き勝手やってんな。
災厄は解答集の正答例を見て頷く。どうやら、ステラの答えが正解だったらしい。というか、彼女が手にしているなぞなぞの本、前の奴とは違う。買ったのだろうか。
「あ、合ってる。チハヤ、もう帰ろ」
どうぞどうぞ、お帰り下さい。
「嫌ですよっ! お姉さんを引き渡す為に此処まで来たんですから!」
「おいコラ。さっさと帰れ。押し付けるな」
「だって、もう、なぞなぞ解決した......」
「ダメです! 帰らせませんよ!」
「......嫌だ。帰る。あ、今日の君達への用はこれだけ。安心して」
そんな言葉を俺とステラに投げ掛ける災厄。俺が強く彼女を警戒しているのに気付いていたのだろう。
「あ、いや、待って、そんな......暁さああああああああん!」
星加は悲鳴を上げながら災厄に腕を掴まれ、家へと帰っていった。やれやれ、俺達が知らない間にこんなことになっていたとは......。
星加は何気に俺が初めて出会った『向こうの世界の存在を知っている人間』なのだが、不思議と仲良くなれそうな気はしない。随分と災厄に懐かれていたが、どういう関係性だったのだろう。少なくとも、彼自身は俺達に引き取らせたいくらいには彼女のことを良く思っていなかった様だが。
「......どっか、行くか」
「うん。私、見たい映画があるんだけど」
「またショッピングモールかよ」
というか、コイツ、映画なんかにアンテナ張ってたのか。
「じゃあ、聞くけど、私が行って楽しめそうな場所とかこの辺りにある?」
「遊園地......は、楽しめねえよな。お前、ジェットコースターより遥か上空を飛べるし。動物園とかは?」
「世界一、面白くて変な動物が直ぐ側に居るから興味ないかな」
此処で一々、俺がツッコむからコイツは面白がるんだ。無視。無視しろ暁楓。
「ま、そういうことならまたショッピングモール行くか。......この前はテメエが色々、仕掛けてきたせいで落ち着いて回れなかったし」
「何それ。嫌味?」
「別に。生命の危機を覚えたけど」
「自殺しようとしていた人間が生命の危機だなんて、笑わせるね」
「お、何だテメエ。喧嘩するか?」
「しない。面倒臭いから。......それに、何やかんや言って、あなたがまだ自分の命を軽視してることは知ってるし」
少し悲しそうな表情を浮かべながらステラは溜め息を吐いた。別に、今の俺は自殺をする気もなければ、自分の命を軽んじているつもりも無いのだが。
「軽視なんて別にしてねえよ。適当なこと言うな」
「あなた、この前、災厄と戦ったとき、逃げずに災厄に不意打ちをしようとしたでしょ。素直に逃げていれば、安全だったのに......あ痛」
俺はそんなことを言うステラの頬を軽く叩いた。
「お前、ブーメランって知ってるか?」
「え?」
「お前、勝機が無いことを分かっていながら俺を逃がそうとしただろ。自分が死ねば俺は助かる、って」
「どうせ、死者が出るなら二人より一人の方が良いでしょ。私の死は確定していた。あなたのケースとは違う」
俺から顔を逸らしながらステラはふてぶてしくそう言った。
「......俺はテメエが死んだ世界で生きてても仕方ねえんだよ」
俺は軽く舌打ちをする。ステラは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして俺のことを見つめた。
「何、言ってるの......?」
有り得ない、理解に苦しむ、と言わんばかりの声色と表情でステラはそう言う。俺は髪を掻きむしり、再度舌打ちをした。
「母さんも、父さんも、由香も居ない、夢も持てない。俺はそんな人生を、テメエを死なせないためだけに生きてんだよ。目を離したら直ぐに死にそうだからな、テメエ」
「......どうして、其処まで私に?」
「会社を辞めさせてくれた恩が有るってのが一つ。成り行きではあるが、一応、同居人な訳だから情が湧いてるってのがもう一つ。後はアレ。お前と暮らしてるせいで少しずつチャームに掛かっていってるのが一つだ」
ステラが前に言っていたが、仮に彼女が意図的にチャームを掛けなくとも、サキュバスと同じ空間に居るだけで人は緩やかにチャームに掛かっていくらしい。きっと、俺は無意識のうちに彼女に魅了されてしまっているのだろう。恐らく、フィーネのチャームに掛からなかったものそのせいだ。
「サキュバスと長いこと一緒に居ると、チャームに掛かっていくのは確かだけど......あなたが私を喚んだの、三週間も前じゃないでしょ。そんな短期間でチャームの影響は出ないよ」
「......お前が無意識のうちに俺にチャーム掛けてる可能性はねえのかよ」
「無いよ。だって、今のあなた、そもそも、あまりチャームに掛かってないし」
『今、あなたがどれくらいチャームに掛かっているのかチェックしてみたけど』と、ステラは言う。
「・・・・」
俺はステラから顔を逸らした。




