第三話 カップ麺
寝室を出た俺は昨日から着ていたままになっていたスーツを脱いで部屋着に着替え、リビングのソファに座る。
「そう言えば、サキュバスって何食うんだ? やっぱり、人間の精気的な奴?」
そして、サキュバスにそう聞いた。彼女は先程から俺の家を興味深そうに観察している。
「ああ......精気を吸えないこともないけど、基本的には普通の食事をするかな。そもそも、こっちの世界にわざわざやってきて人間を襲うサキュバスは少ないし」
気怠げな様子で俺の質問に答えるサキュバス。こっちの世界に来ないと人間を襲えない、ということは『あっちの世界』に人間は居ないということか。
「はん。サキュバスって精気が主食だと思ってた」
精気を吸わないサキュバスとか全然、エロくねえな。
「一度、吸ったら止められなくなるみたいだけどね。サキュバスの本能が覚醒するとかで」
「麻薬か何かか?」
「麻薬が何か分からないけど、多分、そう」
かなり教養のありそうなコイツが麻薬を知らないということは『こっちの世界』と『あっちの世界』では文化や技術力にかなりの違いがありそうである。
というか、そもそも物理法則の部分から異なっていそうだ。
「腹減ってんじゃねえか? 俺も減ってるし、何か作ってやるよ」
思えば昨日の昼からずっと何も食べていない。昨日の昼も握り飯を一つつまんだだけだし、先程から腹が鳴りっぱなしだ。
「悪魔はそう簡単に餓死することはないから別に要らないわ。あなたみたいに貧弱な人間とは違うの」
そうきたか。
「けっ。そうかよ」
俺は完全に物置き棚と化している食器棚から醤油味のカップラーメンを取ると、適当な分量の水をやかんに入れて、火にかけた。沸騰したそれをカップ麺に注いで箸を添えたら一食完成である。
「......何これ」
初めてカップ麺と相対したサキュバスの反応はそんなものだった。
「悪魔様の世界にはカップ麺もねえのかよ。お湯を注いで3分待つだけで出来上がる、貧弱で時間も余裕も無い現代人の御技が生み出した発明だ」
「ふうん。戦闘食みたいね。というか、その極悪顔で簡易麺について熱弁してるの、絵面が面白すぎて吹きそうだから止めてくれないかな」
「ぶっ殺すぞ」
「やってみれば」
「チッ。後悔させてやる」
俺は舌打ちをすると、まだ3分経っていない少し硬めの麺を勢い良く啜った。
「ズルズルッ、ズズッズルルッ。うっっま......!」
これ見よがしに麺を啜る俺をサキュバスは少し苛立った様子で見つめた。
「......美味しいの? それ」
「美味いって言ってるだろ。信じられんくらいに美味い」
「ふうん......」
サキュバスは俺から顔を逸らし、さもカップ麺に興味が無いように振る舞う。しかし、チラチラと彼女がカップ麺へ視線を飛ばしていることに気付かない俺ではなかった。
「食いたきゃ、作ってやっても良いんだぞ?」
「いや、別に私は良いかな。お腹空いてないし。人間の食べ物に興味とかは特に......」
「ズルルルルッ! ズズズルルッ! 美味え! 美味え!」
「殺していい?」
突然、殺意を剥き出しにしてきた。怖いなコイツ。
「食いたいなら、そう言えよ。ちゃんと、頼めば作ってやるからさ。なあ?」
「......それ、作って」
「貧弱な人間と違って悪魔様はそう簡単に餓死しないんじゃなかったのか?」
「......私が」
「あ?」
「......私が単に食べたいから、その麺を作って。さっきはあなたを馬鹿にするようなことを言ってごめんなさい」
「かっ。ちゃんと言えるじゃねえか」
「......身の程を知らない人間の雄。絶対に後悔させてあげるから」
「あ?」
「何でもないわ」
「後悔させてみろよ。本来、エサである筈の人間のオスに頭下げてカップ麺作って貰っているようじゃ、絶対に無理だと思うけどな」
「・・・・」
絶妙にコイツとの仲が悪くなったところで俺は、キッチンへと向かい、先程の工程をもう一度こなして、カップ麺を作り、サキュバスへと差し出した。
「ん、作ったぞ」
「ありがとう」
何やかんや言いながら礼はきちんと言うサキュバスに俺は肩透かしを食らった気分になりながらも、彼女が麺を食べる様子を見守った。
「ズルッ、ズルルルッ」
麺を啜ること自体に抵抗は無いらしく、彼女は気持ち良い啜りっぷりで麺を口へと運んだ。
「どうだ?」
「......確かに、美味しいね」
「だろ? てか、3分待たなくて良いのか?」
「私、この硬さ好きだから大丈夫」
すっかりカップ麺がお気に召したようでサキュバスは一瞬で、それを平らげてしまった。
「おかわりもあるけど?」
「頂戴」
「おう」
そんなこんなで結局、買い溜めをしていた10カップのうち、4カップをサキュバスに食べられてしまった。
畜生。コイツに自殺をさせず、此処に留まらせることを選んだのは俺だが、この調子で毎食、食べられたら食費が馬鹿にならねえ。
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