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第二十七話 疑心


 初出勤から数日後、研修を終え、いよいよ店頭に並べるパンを作り、接客をする日、久しぶりに出勤していた平沢は何やら真剣な目付きでパン生地を捏ねていた。俺よりも早く出勤していたらしい。


「平沢」


「・・・・」


「平沢悠生」


「・・・・」


「ぶん殴るぞ」


「ごめん。それは止めて」


 パン生地を捏ねる手を止めて平沢はそう言う。ここ数日間、俺とフィーネの研修のせいで休まされていたからか、久しぶりに見る彼の顔は前に見た時よりも健康そうだった。


「お前、パン作りもやるんだな。前、HP作りやってたけど」


「パンを焼くのも、経理も、接客も、広報も、店長の機嫌取るのもワイの仕事なんや......」


「いや、お前どういう契約してんだよ」


 一応、俺は正社員ということになっているが、任されているのはパンを焼くのと、接客だけである。広報はおろか、経理さえも任されていない。恐らく、平沢が居るからなのだろうが。


「それはそれは、とんでもない契約を結んでしまったんや。......また、話す」


「借金肩代わりして貰っただろお前」


「せやな。大体あってる」


「いや、ツッコめ。不安になるから。社畜だったお前に借金をこしらえる余裕なんて無かった筈なんだがな」


「ホンマにな。何でやろうな......」


「馬鹿みたいに楽しそうな顔しやがって。ムカつく」


 苦笑する平沢の表情は何だかとても幸せそうで、緊張感がなく、呆けきっていた。


「何かお前さっきから当たり強ない? ......いや、戻っただけか。昔の暁に。社畜時代は憎まれ口を叩く余裕も無かったもんな。何なら、昔よりも雰囲気良いで? 今の暁」


「んだよそれ」


「お前もワイと同じで幸せそうな顔しとる、ってことや。お前が仕事を辞めたお陰でワイも、あの会社を辞める踏ん切りが付いた。感謝してるで。あ、暁に貰ったあの音声データは同僚に渡してきたから。ワイ、裁判とか面倒やし」


「......あのな」


「ほらほら、暁も早よ着替えてパン作るの手伝って」


 手をパンパンと叩いて俺に指図をする平沢。俺は不快感を覚えつつも、彼の命令に大人しく従った。


「そういえば店長は?」


「別の部屋でパン焼いてる。......絶対に見に行ったらアカンで。凄い集中してるから。扉を開けたらブチ切れられる」


「怖」


「怖いで、十は」


 そんな話をしていると、部屋の扉が勢いよく開いた。


「あ、ソーリーソーリー髭総......申し訳ありません。遅れました。研修を終え、今日から実際の業務に就く佐藤花子と申します。平沢先輩、ご指導ご鞭撻を賜れますと幸いです」 


 フィーネから佐藤への切り替えちょっと遅いな。


「今、ソーリーソーリー髭総理とか言おうとしてへんかった?」


「してません」


「ホンマに?」


「モチのロ、勿論です。そのような言葉遣いを先輩にする程、常識知らずに見えますでしょうか」


「......今、モチのロンって言おうとしてへんかった?」


「気のせいかと」


 どんな日本語の勉強の仕方をすれば、上司と話している時に死語が出てしまいそうになるのだろうか。


⭐︎


「メロンパンとクロワッサン、チーズとハムのパニーニが一点ずつで合計486円です」


 家で何度も復習をして覚えたパンの値段をレジに打ち込み、出てきた数字を客に伝える。


「......ご、ごめんなさい。大きいのしか無くて」


「いえ、構いませんよ。1000円お預かり致します」


 受け取った千円札をレジに通し、釣りとレシート、そして、袋に入れたパンを客へと渡す。すると、客はそそくさの店から出て行った。何故だろう。さっきから客の態度が何となくよそよそしい。


「店長に言った方が良いよ。『私、悪人面でお客様を怖がらせてしまうのでレジは止めさせて下さい』って」


「ぶち殺すぞ」


「......私以外にお客さん、入ってなくて良かったね。日頃から汚い言葉使ってると、思わぬところで出てしまうかもしれないから気を付けて」


「余計なお世話だ。......って、ステラテメエ、何で此処に居るんだよ!?」


 あまりにも自然に喋りかけられたせいで、此処は店で、俺はバイト中、ということを忘れて話をしてしまっていた。


「様子を見に来ただけよ。直ぐに帰る。これ下さい」


 俺の仕事中にも買い物に行けるようにと、彼女には財布を預けているのだが、彼女の手にはその財布があった。そして、トレーにはバゲット一本だけが置かれている。


「言っとくが、その財布は俺をおちょくるために渡してるんじゃねえからな」


「今日の夜ご飯はシチューにしようと思って。その為にバゲット買いに来たのよ。......後、目つきの悪さは仕方ないにしても、表情筋トレーニングとかはした方が良いよ。その制服着てると人相の悪さが際立ってる」


「表情の硬さならテメエも俺と、どっこいどっこいだろうが」


「私はあなたみたいに目つきは悪くないし、クマもあまり無いよ」


「......自覚してないかもしれないが、お前の目、結構濁ってるからな」


 ステラは俺の言葉を無視して財布から金を出し、俺に直接渡してきた。若干、気に障ったらしい。


「はい、釣りとレシート。早く帰れ」


「お客様への態度がなってない」


「店員の顔に文句付けてくるような客は神は神でも疫病神なんだよ。実際は淫魔だしな。お前みたいなコスプレ女が店内に居ると、他のお客様が入りにくいだろ。しっし」


「コスプレ......。まあ、うん。確かに羽と尻尾くらいは隠してきた方が良かったね。ごめん」


 不満そうにしながらも、そう言って彼女は店を出た。物分かりは良いんだよな、アイツ。


「暁」


 ステラと喋るのは嫌いではないが、職場まで来るのは勘弁して貰いたい。そう思いながら客の来店を待っていると、厨房の方から出てきた平沢が俺の名前を呼んだ。


「んだよ」


「......何や今の女の子」


「知り合い」


「それにしては結構、仲良さそうやったけど?」


「ただの知りたいだ」


「何繋がり?」


「テメエが店長との関係を説明してくれたら言ってやる」


「おま......! ワイらの関係とは訳が違うやろ! 中学生くらいの女の子やったやん! それもコスプレした! は? え、何? パパ活? お前がそういうのに金を払ってるんやったらワイには親友として止める義務がやな......」


 まあ、確かに、そうなるよな。最近は気にならなくなったが、アイツと外を出歩いていると周りの視線が痛いし。あの視線は変な格好しているステラへの奇異の目であると同時に、変な格好をした少女と一緒にいる俺を不審がる目だったのか。


「ちげえよ。ぶん殴るぞ」


「直ぐに手え出そうとすんの止めへん?」


 と、苦笑した上で平沢は更に俺に訝しげな目を向けてきた。


「じゃあ、聞くけど、あの子、何であんなコスプレしてんの? 翼とか、尻尾とか」


「コスプレ好きなんだよ。コミケ常連だ。俺もよく知らんが、何かのゲームのキャラのコスプレらしいぞ」


 嘘八百とはこのことだが、まあ、嘘も方便である。


「ふうん。そうなんか。疑って悪かった。......何か滅茶苦茶、可愛かったからさ。暁の好きそうなタイプの娘やったし」


「俺のことロリコンだと思ってねえかテメエ。俺はあんな無愛想で失礼なことばっか言う、情緒不安定女は好きじゃねえんだよ」


 全く、どいつもコイツも......。


「いや、女言うてるやん。そして、普通に『ガキは嫌いだ』とかで良いのに特徴を挙げて言い訳してるあたりガチっぽいんよ」


「仕事戻れ」

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