31話 社交界への挑戦
ベルン様と勉強会を始めて、早くも一ヶ月経過した。
勉強会ができるのはベルン様が非番の日や早めに帰れた日だけなので、開催できるのは十日に一度か二度ほど。
でもその日は私たちの……いわゆるお家デートも兼ねることになるから、できるだけお互いのスケジュールを合わせられるようにしていた。
昼前から始めたときは、授業の後に一緒に昼ご飯を食べて町を歩く。
夕方からだった場合は、せっかくだから夕食までご一緒させてもらい、ベルン様の馬車に送られて帰宅する。
そういうことで先日初めて、ベルン様は私を送るついでに両親にも挨拶した。
父様も母様もベルン様を見て驚いた様子だったけれど、私との結婚について非常に乗り気であること、結婚したら誰よりも幸せにすることなどを熱く語ってくれて……ちょっと恥ずかしかったけれど、それ以上に嬉しかった。
父様たちも実際にベルン様に会って、彼が父親に似ているのは顔だけだと分かってくれたようだ。
まだ慣れないけれど一生懸命話をして、父様たちの話も真剣な態度で聞くベルン様のことを、父様たちはすっかり気に入ったようだ。
「いや、あの伯爵の息子だし顔もそっくりだからつい警戒してしまったが……なんてことはない。とても真面目で実直そうな好青年じゃないか!」
「アーシェのことも本当に愛してくれているみたいだし、よかったわね」
「う、うん」
父様も母様も、ベルン様の人柄について大満足みたいだ。
ベルン様に同行したイアンが、いつぞや私が怪我したことを改めて謝罪したときも、「本当に気にしないでください」「むしろうちの娘がおっちょこちょいで、本当にすみません」とあっさり流していた。うん、確かにあれは私が悪いよね。
「そういえば……ベルンハルド様は、これまであまり社交界に出たことがないそうだな」
父様に聞かれて、お茶を飲んでいた私は頷いた。
「そうみたい。ご本人も、あまり得意じゃないみたいで……」
「……」
「どうしたの、父様?」
「いや実は先ほど、ベルンハルド様に相談されたんだ。婚約宣誓式までに一度は、アーシェと一緒にパーティーなどに出てみたい、とな」
父様の言葉に、私は息を呑んだ。
……そ、そういえばさっきベルン様が帰るとき、父様と何か話しているようだったけど……そんな重要そうなことを言っていたの?
「パーティーに……?」
「ああ。……我々も予想はしていたが、ベルンハルド様と伯爵は不仲であるため、社交の場に出る練習などもまともにさせてもらえなかったそうだ」
父様が悲しそうに言うので、私は唇を噛んで頷いた。
そもそもあの伯爵は、ベルン様の言葉遣いがばれてその出生が明らかにならないために、「喋るな」と命じていた。当然、彼を社交の場に出すこともなかっただろう。
これまでは騎士として黙々と働いていたからよかったものの……男爵家の縁者になるなら、ある程度は社交界にも出た方がいいのかもしれない。
「それで、父様は何と?」
「私こそ社交界に頻繁に招かれるような立場ではないのだが、知人のパーティーなどへの参加を勧めることはできる、と言っておいた。簡単に言うと、おまえが招待されているパーティーにベルンハルド様も同伴する、ということだ」
「あ、なるほど」
悲しいかな、レヴィンス男爵家は貯蓄こそあれ社交界で強力な繋がりがあるわけではない。
でも、私が招かれるような小規模なパーティーだったら、私の婚約者として一緒に行くことができる。それくらいならわざわざ伯爵に許しを請わずとも、父様の一存で決定できるはずだ。
「ちょうど、父上が招待されているパーティーがある。当初の予定では我々夫婦で参加しようと思っていたのだが……せっかくだからおまえとベルンハルド様、それからリオンとで行けばいい」
「あ、リオン同伴なのね」
「あの子が跡継ぎだからな。跡継ぎとその姉、そして姉の婚約者ならば、我々の代役としても十分通じる」
まあ、そうだね。私は跡継ぎじゃないから、私やベルン様だけでは父様の代わりになれない。
一方、リオンは跡継ぎだけどまだ十二歳だから、一人ではパーティーに参加できない。私もベルン様も成人済みだから、その点では条件をクリアできる。
このパーティーに参加することで、ベルン様とリオンの社交界参加練習ができる、ってことか……父様も考えたな。
「分かったわ。それじゃあ私の方からも、ベルン様に相談してみるね」
「ああ。ベルンハルド様とリオンがいるなら、おまえも大丈夫だろう」
……ん? てっきり私とベルン様が保護者になると思ったのに、もしかすると私は保護される側?
……まあ、いっか。
さて、今日はいよいよ私とベルン様、そしてリオンがパーティーに参加する日だ。
今日のためにベルン様はパーティーで使われる定型文をしっかり読み込んで、私やイアン、ヒルダと一緒に対話練習もしてきた。
不意打ちの質問とかにはまだ弱いみたいだけど、挨拶や当たり障りのない会話程度だったらきっと大丈夫だろう、と前日の打ち合わせでおっしゃっていた。
「今日はまさに、ベルン様にとって社交界への第一歩になるわね!」
「そうですね。でも、お嬢様だってしっかり活躍しないといけませんからね」
ヒルダが、釘を刺してきた。
私は「今日目立つべきなのはベルン様とリオンなのだから、私は地味でいい」と主張したのだけど、怖い顔で却下されてしまった。
そして「お嬢様が地味だったら、お二人の足を引っ張りかねません」と至極まともなことを言われたので私も反省して、彼女にドレス選びやメイクを任せることにした。
大張り切りのヒルダが着せてくれたのは、淡い黄色のドレスだった。
ネックラインはスクエアカットになっていて、袖もほとんどない。いくら初夏でもこれだけだと寒々しいし肌の露出が多すぎるので、ドレス生地よりも少しだけ赤みの強い色のボレロを羽織る。
スカート部分は一見すると黄色単色でシンプルだけど、下にパニエを数種類穿いている。
これらは少し濃い黄色、濃い黄色、赤みのある黄色というグラデーションになっていて、スカートよりもほんの少しだけ丈が長い。
直立しているときは目立たないけれど、歩いてスカートの裾がひらめいたときや座ったときに、夕焼け空のような色合いのパニエが見えるのがポイントだという。
髪は鏝をかけてから、綺麗に巻いてくれた。私の髪は毛先だけ外はねしていて、アレンジがしやすい方らしい。
巻いた部分には造花――私たっての願いでアンネリエにしてもらった――を差し込んで、ビーズ飾りの付いたヘッドドレスを付ける。
ヒルダ曰く私は顔つきや体型はまあ、ともかくとして、首筋や喉周りのラインがとても綺麗らしいので、そこを魅せるようにすべきだと力説された。
なぜかアクセサリー類はほとんど付けなかったけれど、これでも十分だ。
鏡に映る自分の姿をじっくり確認して、よし、と気合いの声を一つ。
「姉上……そんな気合い十分の声を上げてから。僕たちがこれから行くのは武闘会じゃなくて、舞踏会だからね」
「分かってるわよ」
振り返ると、同じく仕度を終えたらしいリオンが降りてきていた。
……あら、紺色のジャケットを着るリオン、なかなか様になっているじゃない。前髪を寄せているからちょっと不機嫌そうに細めた目が丸見えだけど、いつもより数倍凛々しく見える。
「リオンも、格好よくなったじゃない」
「……ありがとう。姉上も……」
「私も!?」
こ、これは日頃ツンツンしている弟から、「姉上も綺麗ですよ」と言ってもらえるまたとない機会では!?
期待に胸を膨らませた私が鏡の前で決めポーズを取ると、一気にリオンがげんなりとした顔になって頭を掻いた。
「……ヒルダの仕事は完璧だけど、姉上本体が残念すぎる」
「まあひどい!」
「せっかくの綺麗なドレスなんだから、もう少し淑やかで賢そうな顔をしたら? まあ、無理だとは思うけど」
「ますますひどい!」
やっぱり弟は私に辛辣なのであった。




