いつかまた、黒猫ちゃんと旅に出る。
「またな」
その一言だけを残して、わたしの頭の上にあった優しい重みが消えてしまった。
光属性魔法を纏った剣で、闇属性の高位魔族を斬れば、魂は浄化され、身体は跡形もなく消え去ってしまう。
ルベの中に吸収されていたシアンと先代魔王の魂も、ルベの身体と共にこの世から消え去っていた。
「ルベ……」
「……どうしよう、本当に、盗めた」
ルベの魂も一緒に浄化されるはずだったのに、わたしが願ってしまったから……
ふよふよと浮く丸っこい光が、わたしの両手の中で輝いている。それは、とても温かくて、とてもよく知っている魔力を放っていて。
その光が一体何なのか、その正体にわたしはすでに気付いている。けれど、どうすればいいのかが分からない。
その光を大切に大切に抱えながら、ゆっくりと周りを見回した。
ベロニカは優しく微笑んで、ケールはびっくりして涙も止まってた。すると、カルがゆっくりとわたしに近寄ってきてくれて、真剣に尋ねてくれる。
「スーフェは、まだ一緒にいたい?」
わたしの答えは決まっている。その言葉に、大粒の涙を零しながら、わたしは大きく頷いた。
我が儘かもしれないし、カルの優しさに漬け込むなんて、どれだけズルいことなのかも分かっている。
ルベにとっては迷惑な話かもしれない。間違いなくルベなら「チビ、ふざけんなよ」と言うはず。
けれど、その顔は笑っていて……
「大切な相棒だから……」
もっと一緒にいたい。わたしが死ぬまで、ずっと。そう思ったけれど、その言葉は口にできなかった。
ルベのことを、また、縛り付けてしまいそうだったから。
それなのに、そう告げた瞬間、ふわりとその光がわたしのお腹の中に吸い込まれていった。そして、わたしの中で温かい光は消えた。
何が起きたのか全く理解できなかった。けれど、何となく予想がついた。
「そんなことって、あるの?」
わたしの心臓はドクンドクンと大きく鳴り響き、わたしの顔は真っ赤に染まった。カルの顔を見てもわたしと同じ。
カルはわたしごと、全てを包み込むように優しく抱きしめてくれた。
そして、それはすぐに確信へと変わる。
「カル、わたしね、赤ちゃんができたみたい」
突然の爆弾発言に、カルは……やっぱり驚かなかった。ふわりと優しい笑みを浮かべ、それは一気に満面の笑みへと変わる。
「本当か! 俺、すごく嬉しいよ!!」
カルはそう言いながら、わたしを優しく抱きしめた、と思ったら、そっと離れて、いきなり慌て出した。
「身体は大丈夫? 今、嬉しすぎて抱きしめてしまったけど、お腹の子は大丈夫なのか?」
「ふふ、大丈夫よ! わたしもお腹にいる赤ちゃんも、とっても元気よ」
わたしの言葉を聞いて、カルは「ふうっ」と息を吐き、わたしのお腹を優しく撫でながら、安堵の表情を浮かべた。
「二人、いるみたいだな」
「やっぱりそうよね? 二つの魔力を感じるのは気のせいじゃないのね。ふふっ」
とっても愛おしい。
二つの魔力を感じる理由、それは、あの日のわたしの予想が確信へと変わったことを意味する。
あの時、わたしが最後に放った言葉、それは……
『わたしの手の中に、ルベの魂を盗む』
間違いなくそう言った。
大切な人を失いたくなかったから。
魂が浄化されても覚えていてくれるって言ってくれたから。
でも、わたしは我が儘だから来世まで待つことなんてできない。
だから、魂という大それたものを盗むなんて、道理に反して決してやってはいけないことだって分かってはいたけれど、そう強く願った。
本当にできるか分からなかったけれど、ルベの身体を抱きしめながら、一縷の望みをかけて。
……本当に何でも盗めるなんて。
やっぱり神様がくれた盗のスキルは、規格外のチートスキルだった。
そして、わたしの両手の中に残ったルベの魔力を持つひとつの光ーールベの魂が、何かに導かれるようにわたしの中に吸い込まれて消えた。
当時、まだ半信半疑だった妊娠中のわたしのお腹の辺りを目掛けて。
もちろんその光がルベの魂だって確証はなかった。
けれど、わたしの胸元には今、真紅色に輝く魔石が付いたネックレスが飾られている。
この魔石を見たお父様が、身代わりの魔石だと教えてくれた。その魔力を込めた者が己の命をかけて守ってくれると。
綺麗な真紅色の輝きはあの時のままで、よく知っているあの魔力を放っている。
だからこそ、ルベが生きているって信じることができた。
「そうだわ! 神様にもお願い事をしておかなくちゃ」
「お願い?」
「ふふ、それはカルにも秘密よ!」
その願いはずっと前から決めていたこと。
ルベの魂だけが、一人寂しく彷徨うことのないように、ルベの魂の面倒を見てあげて、と。
魔王に戻りたいと言うのなら戻してあげて、と。
一方的な従魔契約によってわたしに縛られてきたルベに、ご褒美として、ルベの望むようにしてあげてほしい。
それが、わたしが神様に叶えてほしい願い事。
どう頑張っても、わたしの力ではしてあげることのできない、神様にしかできないことだから。
本当は、来世でもルベと一緒にいたい。そう願いたい気持ちもあるけれど、ルベのことをまた縛り付けてしまうから、そう願うのはやめた。
その代わり、ルベが願ってくれたら……
でも、それはまだ先の話。だから今は、新しいこれからの関係を楽しみたいと思う。
家族。
優しい旦那様と、大好きな黒猫ちゃん、そしてもう一人、どんな子が生まれてきてくれるのか楽しみで仕方がない。
きっと、とっても家族想いの優しい子。だって、わたしの気持ちを察して、ルベの魂を受け入れてくれたのだから。
それに、ルベなら「支配」ではなく「共存」を選んでくれる。共存なんてできるわけがないって言っていたけれど、わたしは信じている。
だから、全く不安なんてなかった。二人は絶対に良い相棒になってくれるだろうから。
妹か弟ができれば、きっと面倒見の良いお兄ちゃんたちになってくれる。……まだこの子たちが生まれてもいないのに気が早いけれど。
「カルは、これで良かった?」
「ああ、もちろんだ。今度はこの子の良い相棒になってくれるはずだよ。欲を言えばスーフェにそっくりな娘も欲しいかな。きっと、とっても優しいお兄ちゃんたちになってくれるはずだから」
「ふふ、もうっカルったら、気が早いんだから!」
カルはやっぱり全てお見通しだった。わたしの思考まで全て。
こんなに幸せな未来を一緒に描けるのだから、カルを好きになって、結婚して本当に良かった。
お腹も大きくなって、胎動も感じられるようになってきた頃、ふとカルがわたしに尋ねてきた。
「そう言えば、ルベさんとの従魔契約ってどうなるの?」
「……解除したわよ」
実はつい最近まで、ルベの魔力がわたしの中に流れこんできていた。
お腹の中にいるからかな、と思っていたのだけれど、まさか、と思い、半信半疑で自分のステータスを見たら、そのまさかだった。
魂になっても契約が続いているなんて、さすが神様の結んだ従魔契約だ。本物の神様だって認めざるを得ない。
「あーあ、ルベとの従魔契約を解除する日がこんなに早く訪れるとはね。わたしが死ぬ直前まで、絶対に解除するつもりなんてなかったのにな」
わざとらしく愚痴をこぼした瞬間、お腹を蹴られた気がした。きっと「ざまあみろ」って言われてるのかも。
そして、月日はさらに流れ、生まれながらにして、膨大な魔力と魔法、多様なスキルを持つ“一人”の男の子の赤ちゃんが誕生した。
「あなたの名前はラズライトよ。宝石の名前なの。あなたの瞳が綺麗な紺碧色だから。真紅色の綺麗な瞳を持つ相棒と、一緒に幸せになってね」
ラズライトと名付けたわたしたちの赤ちゃんは、深い海のようなとても綺麗な紺碧色の瞳を持っていた。
ただ一瞬だけ、わたしの言葉を聞いた瞬間、その紺碧色の瞳が真紅色に変わったのを、もちろんわたしは見逃さない。
「ふふ、ラズライトもルベライトも、わたしのとっても大切な宝物よ」
愛しているわ、と優しく抱きしめると、照れているのか、上手に隠れて真紅色の瞳はもう現れない。けれど、
「……また一緒に旅をしようね」
そう小さく呟くと「にゃあ」と答えてくれた気がした。
これにて完結となりますが、物語は子供たちの世代の物語
転生した悪役令嬢は、破滅エンドをまっしぐら。「……えっ、まさかの夢オチ!?」
に続いています。
すでに読んでくださった方も、未読の方も、以前はブラバしてしまった方も、こちらの作品もお読みいただけると嬉しいです。
(完結当時から大幅改稿したため、とても読みやすくなっていると思います!)
最後になりましたが、ブクマ・評価・お気に入り登録ありがとうございます! めちゃくちゃ喜んでいるし、とても励みになっています!!
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ご愛読ありがとうございました!