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 荒野の太陽を背に負って、ホバーシップの艦橋の上に人影が現れた。低めの背にまだ男と呼ぶには線の弱い体格から少年と思しきその人影は、手にした拡声器を口もとに当てる。


「あーあー、マイクテストー、マイクテストォォオォー……!」


 キィー……ンとハウリングを起こした拡声器に思わず耳を塞いだ少年は、そそくさと拡声器の調整を行うと、眼下の甲板に並ぶ捕虜たちを見下ろした。


「あーあー……よし。――お前達! これから人探しを行う! 抵抗しないで協力するよーに!」


 その様子を呆れ顔で眺めていたエルは、隣で縛られているディックにむかってぼやいた。


「……なんか、ものすごく最近、同じようなことがあった気がするんだけど」


「そうか? 奇遇だな。俺もだ」


 笑って肩をすくめるディックにエルはため息をついた。一度ならず二度までも。エルは内心に忸怩する。アランとラーナ・レーンの襲撃の後に続いた解放軍の突然の出現でエルは打つ手を失った。その手を握りマリアはうなずいてこう言ったのだ。


『私なら大丈夫です』


 悔しさを誤魔化すようにエルはディックを皮肉る。


「あんなところからじゃなくても聞こえるのに、どうしてバカって、ああも高い所に登りたがるのかしらねー」


「高い所はいいぞー。風が気持ちいい」


 とぼけるディックにエルの冷たい視線が突き刺さる。こいつはどうしてこんなに平気な顔ができるのか。相手がアランと違い問答無用に皆殺しにされる可能性は低いとはいえ、どのような扱いを受けるかはまだ知れないのだ。それにマリアを守ってラライヤまで行くという契約はまだ切れていないし、ディックの雇い主であるエルはまだこの仕事を諦めていない。だというのにこの男は他人事のようにヘラヘラと――という感情がエルの視線の温度をどんどんと下げていく。


「あの……」


 エルの凍える視線をなだめるようにおずおずと声を出したのはマリアだった。彼女は二人の顔を交互に見て、そして申し訳なさそうに目を伏せた。


「……きっとまた、私のことを探しているのだと思います」


「だろうな。他に探すような人なんざ、ここにゃ見当たらねぇからな」


 ディックが言う。エルはそれに同意したが、同時に疑問でもあった。


「でも解放軍がいったいなにを狙うのよ? 帝国と戦ってる解放軍が帝国を追われて亡命途中の皇女様を手に入れて得するようなことがある?」


 解放軍は旧大陸の三大国と、その支援を受けている鉱山主(ディッグマン)達と戦っている。帝国の皇女を人質または殺害するという行為は、彼らの存在感を高めるよいデモンストレーションとなるだろう。しかし帝位継承争いに敗れた皇子ハラルドの娘である今のマリアには、そのような価値はない。むしろ彼女がここで死ぬようなことになれば、帝国を喜ばすことになるだろう。


「だな。なぁ、お姫様?」


 当然の疑問にディックもうなずき、マリアの顔を見る。覗き込むように見据えられたその視線に、マリアの口が重く動く


「……それは」


「まあ、直接聞いた方が早い」


 スッとディックはマリアから視線を外し、その目を艦橋上にいる少年の方へとむけ、大声で呼ばわった。


「おーい、あんちゃん! ここに帝国の皇女様がいらっしゃいますが、こちらがお目当てで!?」


「ちょっ!?」


 エルが驚きの声を上げ、マリアの目が丸くなる。


「うん?」


 ディックの声に反応した少年は、木から下りる猿のような動きで艦橋の外壁をスイスイと降り、すぐにディック達のところまでやってきた。


「ううーん?」


 顔の丸い少年だった。歳のほどはエルより少し上ぐらいか。顔も丸いが目も丸い。大きな黒目の色は濃く、太い眉と合わさって意志の強さを感じさせる顔立ちである。その目がディック、エルと順に動き、最後にマリアの顔を見て動きを止めた。マリアがごくりと喉を鳴らす。

 少年の頬が赤く染まった。


「……かわいい」


「え?」


「あ、いや! えーと、その――オホン!」


 訊き返すマリアに少年は慌てて両手を振り、動揺を誤魔化すように腕を組んで咳払いをした。


「俺はシタン。シタン・ロックフォードだ。この部隊のリーダーをやっている」


 顔を引き締めてそう名乗った少年――シタンに、マリアは自己紹介を返す。


「帝国第一皇子ハラルドの娘マリアです」


「……すてきな声だ……」


「え?」


「あ、いやいや。……オホン! ランディさん!」


 シタンは小声の呟きを払うように大声を上げ、仲間の一人を呼んだ。艦橋下にいた数人の内から、その声に応じてこちらに一人近づいてくる。眼鏡をかけた三十代ぐらいの少壮の男で、周囲の仲間とは明らかにまとう雰囲気が違う。寝かした髪を整髪料で整え、第一ボタンまで締めたシャツにネクタイを垂らし茶色のベストを着たその姿は、解放軍という武装組織の人間というよりも、妻子持ちの真面目で紳士然とした銀行員といった方がふさわしい印象があった。


「ん?」


 そのランディという名の男の顔をまじまじと見ていたディックの眉根が寄る。そしてなにかに気付いたように眉を晴らすと、にんまりと笑った。


「おおーい! 久しぶりじゃないか、ランディ! 元気だったか!?」


「……!?」


 首を伸ばして大声で呼びかけるディック。その顔を見た瞬間、ランディの紳士然とした表情が驚愕に変わり、かけている眼鏡が少し斜めに傾いた。

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