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正解のシナリオを破り捨てたら  作者: 村松希美


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8/8

エピローグ 書き直された未来




「ねえ朱梨(あかり)! 今日の放課後、みんなで駅前のクレープ屋さん行かない?」


賑(にぎ)やかな昼休みの教室。席で文庫本を読んでいた私は、顔を上げて眩しい笑顔を向けた。


「あ、ごめんね! 今日の放課後は図書室で委員の仕事があるんだ。誘ってくれてありがとう、すごく嬉しい!」


「そっかー、残念! じゃあまた今度絶対行こうね!」

「うん、絶対!」

友達が手を振って自分の席へ戻っていくのを見送りながら、私は小さく息を吸い込んだ。


手持ちのカードから「期待通りの害のない答え」を探す必要は、もうどこにもない。断る時も、行く時も、自分の本当の気持ちを自分の言葉で伝える。たったそれだけのことで、教室の空気はこんなにも優しく胸を満たしてくれるのだ。


心の中の採点表は、もうとっくに破り捨てていた。

ふと視線を感じて窓際に目をやると、男子たちとワイワイ話していた彼——直(すなお)が、こちらを盗み見るように伺(うかが)っていた。目が合うと、直は誰にも気づかれない絶妙な角度で眉(まゆ)をひそめ、片目をキュッと瞑ってみせた。


(……はいはい。『後で図書室な』ってサインね)

私は可笑しさを噛(か)み殺しながら、小さくうなずいた。



◇


放課後。夕日のオレンジ色が静かに差し込む図書室の奥の閲覧スペース。


誰も来ない二人だけの「基地」で、直はスマホの画面を凝視(ぎょうし)しながら、猛烈(もうれつ)な勢いで親指を走らせていた。


「よし……! 新章突入! 第一魔女を倒した勇者アルスが、ついに『暗黒の海底都市』へ向かう新展開……!」


「相変わらず手つきが早いね、作者様」

私が隣の席に座りながら声をかけると、直は跳ね上がるように肩を揺らし、慌ててスマホをポケットに押し込んだ。


「うおっ!? びっくりさせんなよ……! 入ってくるときは足音立てろって言っただろ!」

「ふふ、ごめんごめん。でも、新章のプロット、すごく気になるな。今回はどんな甘酸っぱい胸キュンシーンがあるの?」


「な、なんだよ『甘酸っぱい』って! 今回は硬派なバトル中心だから! 恋愛要素は控(ひか)えめだからな!」

真っ赤になって言い返す直を見て、私は声を上げて笑った。


クラスの人気者で、体育会系で、運動神経抜群。

だけど本当は、誰よりも繊細で、ロマンチストで、自分の思い描く世界を何よりも愛している少年。


「……あ、そうだ」

私は鞄(かばん)から一冊の新しいノートを取り出し、机の上に置いた。


「なにこれ?」

「私のノート。ねえ、直」

不意に口から出たその名前に、直はビクッと体を固めた。


「……え?」

「直……くん。ううん、直」

私がまっすぐに目を見つめて名前を呼ぶと、直は耳の先まで一瞬で真っ赤になり、慌てて視線を泳がせた。


「な、なんで急に下の名前で……っ! 学校では『大地』って呼べって……」

「だって、ふたりでいる時は『大地くん』って呼ぶの、なんか遠く感じるんだもん」


私はノートを開き、ページをめくった。そこには、私の拙(つたな)い絵と、直の小説の感想、そして「こんな展開はどうかな?」という私のアイデアがびっしりと書き込まれていた。


「私たちはもう、秘密の共犯者でしょ? クラスのみんなに見せる『大地直』と『水野朱梨』じゃなくて……素の自分でいられる場所なんだから」

直は固まったまま、開かれたノートと私の顔を交互に見つめていた。



夕陽の光が、直の濡(ぬ)れたような黒髪と真っ赤な頬を照らしている。


直はゴクリと唾(つば)を飲み込むと、気まずそうに頭をかき、ぽつりと呟いた。


「……ズルいだろ、それ」

「え?」

「お前さ……急にそういう真っ直ぐなこと言うの、反則なんだよ」

直はハァと大きな溜息をつくと、観念したように肩の力を抜いた。そして、少しだけ照れくさそうに、でも誇らしげに口角を上げた。


「……わかったよ、朱梨」

その声の響きに、私の胸の奥がキュンと甘く痺(しび)れた。


「……うん、直」

お互いの本当の名前を呼び合った瞬間、ふたりの間に流れていた空気が、いっそう温かく、かけがえのないものに変わった気がした。


「で? そのノート、朱梨のアイデアも載ってんの?」

「うん! アルスとルナが海底都市で迷子になった時の、甘々の手繋ぎイベントの案!」


「甘々言うな! 恥ずかし死にするわ! ……見せろ、採用するかどうかは作者の俺が厳しく審査するからな!」

直は口では文句を言いながらも、目を輝かせてノートを引き寄せ、熱心にページをめくり始めた。


(ああ、なんて愛おしい時間なんだろう)

他人の顔色を伺(うかが)って、間違えないためのシナリオを演じていたあの頃の自分に教えてあげたい。


完璧な正解なんてなくても、自分らしく笑える未来はちゃんと待っているんだよ、と。


「……よし、この手繋ぎのシーン、言い訳のセリフを少し修正して採用!」


「やった! さすが直先生、話がわかる!」

「ふん、感謝しろよな。……あ、でもこの『照れて手を振り解こうとするルナ』の描写、朱梨の昨日の反応そのままじゃねえか?」


「えっ!? 嘘、そんなことないよ!」

「嘘つけ! 追試のプリント見られた時、まったく同じ顔してたぞ!」

「も〜! 直の意悪!」

静かな図書室の奥で、ふたりの弾んだ笑い声が重なる。



自分たちの手で書き直した未来。

誰にも言えない秘密を抱えたまま、私たちの特別な毎日は、これからもずっと続いていく。



『正解のシナリオを破り捨てたら』——完










読んでいただきありがとうございます。


人生では何が大切だと思いますか?


若者なら、有名人になること、夢を叶えること…

などあると思いますが、私のようなおばさんになると、


友人でも、恋人でも、夫婦でも良いので、信頼できる人間関係を1つ持つことだと思いますよ。


私は何もないので。


まあ、人生で何が大切かは人の数だけ答えがあるでしょうが。



◇  ◇  ◇

次回からは、


三毛猫ミャアの 物語旅ー「正解のシナリオを破り捨てたら」から、ホームズ未来からの依頼人(略称)までー


を投稿します。


今日連続投稿完結したこの物語から三毛猫ミャアの物語旅は出発して、ラストは、自力出初めて完成させた、シャーロック・ホームズ未来からの依頼人ー麻子と真司の時空旅行ーまで旅します。


私の作品のダイジェストを三毛猫ミャアが旅する物語です。

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