第二話:初陣、そして親バカ大覚醒
「――では、父さん、母さん。お茶の前に、ちょっとお庭の片付け(領空防衛)をしてきますね」カケルはそう大真面目な顔で言うと、開いた口が塞がらない両親と神官を教会に残し、燃え盛る村の土のあぜ道へとトコトコと歩み出た。7才の小さな背中。しかし、その足取りには前世の修羅場をいくつもくぐり抜けてきたサラリーマンとしての、奇妙な落ち着きと気品が宿っていた。「ちょっとカケル! 待ちなさいよ! 一人で何する気なのよ!」顔を真っ赤にしたツンデレ聖女のセレシアが慌てて追いかけてくる。教会の入り口からは、父親と母親が魂の抜けたような顔で這い出てきて、我が子の無謀な背中を見つめていた。上空では、一頭の飛竜がカケルの存在に気づき、耳を聾する咆哮を上げながら猛烈な速度で急降下してきていた。背中に乗った帝国反乱軍の兵士が、勝ち誇った顔で魔導杖を突き出す。「ちょこまかと小賢しい農民のガキめ! 炎の塵になりな!」「――初対面の相手にいきなり武器を向けるのは、感心しませんね」カケルはふう、と丁寧な仕草でため息をつくと、脳内の『ミリタリー・カタログ』の画面に触れた。7才の今の自分が出せる魔力、そしてこの未舗装のあぜ道という「ランウェイ(滑走路)」の条件。そこに弾き出される、最初にして最高の選択肢――。「召喚――A-37、ドラゴンフライ」轟ッ!!!!辺境の開拓村が、一瞬にして昼間のような純白のプラズマ光に包まれた。あまりの光量に、急降下してきた帝国兵も、地上の両親も「ぐあああっ! 目がァっ!」と視界を奪われる。光が霧散したとき、そこには中世の魔法世界には到底存在し得ない、直線翼を持つ少し小柄で愛嬌のある、しかし冷徹な灰色の金属機が、土のあぜ道の上に堂々と鎮座していた。アメリカ軍がかつてベトナムの泥沼を戦い抜くために開発した、軽攻撃機A-37『ドラゴンフライ(トンボ)』である。一瞬にしてカケルの身体には、完璧にフィットしたフライトジャケットとヘルメットが装着される。その瞬間、それまでショックで固まっていたカケルの両親の頭の中で、何かが完全に弾け飛んだ。「――か、カケルゥゥゥゥゥ!! お前、お前はなんて、なんて格好いいんだぁぁぁ!!」それまで四つん這いになっていた日に焼けた屈強な父親が、猛烈な勢いで立ち上がり、持っていたクワを天高く放り投げて絶叫した。その目からは、滝のような感動の涙が溢れ出ている。「見たか神官様! 見たか村の連中! 我が息子カケルは、ただの農民どころか、天の巨鳥を無から呼び覚ます天界の神童だ! いや、全知全能の空の王様だぁぁ! あの服は何だ! 格好良すぎて父さんは心臓が止まりそうだぞォォ!」「あなた、何を言ってるの! 王様なんてケチな器じゃないわよ!」今度は、ショックで卒倒しかけていた母親がマッハの速度で覚醒し、両手を頬に当てて目が激しいハートマークになった。「私のカケルは世界一、いえ、この宇宙で一番優秀で、おまけにこんなに礼儀正しくて上品で世界一の天才なのよ! あんな美しい鉄の奇跡の鳥を乗りこなすなんて、きっと空の精霊王の生まれ変わりに違いないわ! 街の絵描きを全員呼んで、今の格好良いカケルの絵を世界中に配りましょう!」「カ、カケル……貴方、本当に何者なのよ……!」両親が突然トップギアで親バカ大爆発させた横で、セレシアだけが、その美しい青い瞳を丸くして震えていた。「セレシア様、ちょっと行ってきます。お茶、冷めないようにお願いしますね」カケルはヘルメットのバイザーをカシャリと下げると、上品に一礼し、ひらりと身を翻してA-37のコックピットへと跳躍した。魔力の補正によって滑らかに左側の操縦席へ収まると、キャノピーが静かに閉じた。「エンジンスタート。――小さくても、君の火力は一級品だ。頼むよ、ドラゴンフライ」カケルがスロットルレバーを押し込む。キィィィィィィン……!!!二基のターボジェットエンジンが、カケルの魔力を吸い込んで金属質な高音を響かせる。A-37はその小柄な体躯を活かし、土のあぜ道の上を驚くほどの短距離で滑走。ふわりと軽やかに浮き上がると、開拓村の蒼い空へと力強く舞い上がった。「な、何だあの不気味な鉄のトンボは!? 魔法の気配がほとんどないぞ!」帝国の飛竜部隊長は、自らの横をすり抜けていった小さな灰色の機体を目撃し、鼻で笑った。「――領空侵犯ですよ、帝国の皆さん。我が村の空から、速やかに退去してください」カケルの、無線を通じた礼儀新しい警告。それが無視されたのを確認すると、カケルは静かに操縦桿のトリガーに指をかけた。A-37の機首に内蔵された、毎分六千発を誇る7.62ミリのミニガン(ガトリング砲)が駆動を始める。「実力で行使します」ブゥゥゥゥゥゥゥゥン!!!まるで空間が引き裂かれたかのような、電気的な駆動音が空に響き渡った。放たれたのは、秒間百発に達する鉛の弾幕だ。バラバラバラバラッ!!!「ぎゃああかっ!? 飛竜の鱗が、一瞬で粉砕されていく――っ!」防壁を持たない飛竜の肉体など、現代のガトリング砲の前にはただの肉標的に過ぎない。カケルの正確なエイミングによって、二頭の飛竜が翼をハチの巣にされ、悲鳴を上げながら地上へと墜落していった。地上では、それを見上げた父親が、あぜ道をドタバタとダンスしながら狂喜乱舞していた。「うおおおおお! 見ろ! カケルがトカゲを紙切れみたいに引き裂いたぞ! 天才だ! 我が子は空の破壊神だ! 素晴らしい、素晴らしすぎるぞカケル!」「カケル、素敵よー!! その調子で全部片付けちゃいなさーい!!」母親も白いハンカチを激しく振り回し、アイドルを応援する熱狂的なファンのように黄色い声援を送っている。「このトンボ、見た目に反して凄まじい火力だ! 囲め! 上空から炎で焼き尽くせ!」パニックに陥った飛竜たちが、必死に翼を羽ばたかせてA-37を包囲しようとする。「無駄ですよ。ドラゴンフライの低空旋回性能は、君たちの予想を遥かに超えているんだ」カケルは直線翼の特性を活かし、失速寸前の超低速でありながら、生き物のような急旋回を敢行。飛竜の放った火球をギリギリのステップでする抜けると、瞬時に別の飛竜の真後ろを捉えた。ブゥゥゥゥン!!!再び響くミニガンの咆哮。さらに主翼の下からロケット弾が斉射され、空中は一瞬にして帝国の飛竜たちの墓場へと変わった。わずか数分。村を恐怖に陥れていた帝国の飛竜部隊は、たった一機の「灰色のトンボ」によって、そのすべてが撃墜されたのである。戦火の煙が晴れ渡った蒼い空から、A-37はゆっくりと高度を下げ、再び土のあぜ道へと滑り込んできた。大切に育てられた畑の作物を一つも壊すことなく、トトントンと軽快に土の上に停止する。キィィィィン……とエンジンが静かに停止し、コックピットのキャノピーが跳ね上がった。カケルがヘルメットを脱ぎ、フライトジャケットの襟を正しながらタラップを降りると、そこには、凄まじい勢いでダッシュしてくる両親の姿があった。「カケルゥゥゥゥ!! よくやった! 父さんはお前が誇らしいぞ! もう明日からお前がマシロ家の家長だ! 俺はお前の部下になる!」父親がカケルを力一杯抱きしめ、顔中を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにしながら叫ぶ。「カケル、お疲れ様! 本当に格好良かったわ! 今日の夕飯は村中の最高級の食材を集めて大宴会よ! 贅沢させちゃうんだから!」母親も後ろからカケルに抱きつき、その頬に何度も自分の頬をすり寄せた。いつも通り、ちゃんとした日本人の常識と礼儀正しさを持って、両親に向かって綺麗に一礼しようとするカケルだったが、両親のあまりの熱い親バカハグに身動きが取れなくなってしまう。「父さん、母さん……。ありがとうございます。でも、少し息が苦しいです……」カケルが困ったように苦笑いした瞬間、後ろからは顔を真っ赤にしたセレシアが「ちょっとおおお! 意味が分かんないわよバカあぁぁぁ!」と叫びながら突っ込んでくるのだった。




