第一話:開拓村の礼儀正しい少年、小さなドラゴンフライを呼び覚ます
精霊の息吹が緑豊かな大地を駆ける世界、エルザリア。大陸の東端に位置するロマリア帝国の辺境には、年中、魔導の霧に包まれた「風の開拓村」と呼ばれる静かな集落があった。空を見上げれば、時折、野生のグリフィンや、極彩色の魔力光を引いて飛ぶ精霊鳥が、どこまでも続く蒼穹を優雅に舞っている――そんな、神秘と魔術が息づくファンタジーの世界である。この村の一角にある、頑丈な木造りの農家に、一人の少年が暮らしていた。名前は、真城 駆。黒髪に黒い瞳という、この世界では少し珍しい異国風の容姿を持つ彼は、今年でちょうど7才になる、どこにでもいる実直な農民の息子だった。「カケル、朝ごはんの支度ができたわよ。今日は教会の神官様が村にいらっしゃる大事な日なんだから、早く起きなさい」「はい、母さん。今行きます」藁のベッドから起き上がったカケルは、前世のサラリーマン時代から染み付いた習慣で、自分の衣服を綺麗に整えてから部屋を出た。7年前、彼は35歳のうだつの上がらない日本のサラリーマンとして、孤独な生涯を終えた。金も愛もなく、ただ「戦闘機」への静かな情熱だけを抱えて死んだ男。しかし目覚めると、この美しいファンタジー世界に、素朴な農民の子供として転生していたのだ。理不尽な満員電車も、予算不足の納期もない。毎朝、温かいスープの香りで目が覚め、優しい両親がいて、土の温もりを感じながら畑を耕す。カケルにとって、この静かで穏やかな農民としての暮らしは、前世の地獄のような日々から見れば、ただただ感謝しか浮かばない最高の「宝物」だった。(だからこそ……この平和な日常を、絶対に壊すわけにはいかないんだ)カケルは自分の胸に手を当て、そっと意識を内側へと集中させた。彼の脳裏には、7才の誕生日を迎えた瞬間に完全覚醒した、あまりにも規格外な「世界の法則」の画面が展開されていた。【固有能力:ミリタリー・カタログ(神の工廠)】【術者の魂に刻まれた『地球の鉄の翼』の知識を、魔導物質としてこの世界に具現化・使役する】(これ、もし公になったら一瞬で国家に徴兵されて、二度とこの村で静かに暮らせなくなるやつだ……。今日の魔力測定では、なんとか普通の農民のフリをして隠し通さないと)カケルは、自分が「好きな戦闘機をいつでも呼び出せる」というチート能力に気づいていたが、それを両親や村の人々、あるいは国家に知られることを極端に恐れていた。彼はただ、静かに、真面目に、この村で普通の農民として生きていきたかったのだ。「カケル、緊張しているかい? 今日は7才の『魔力測定の儀』だからね。……おっと、お前はまだこの世界の仕組みや、魔導についてよく分かっていないんだったな。よし、神官様たちの前で恥をかかないよう、父さんが教えてあげよう」食卓で、日に焼けた屈強な父親が、熱心に身を乗り出してきた。カケルは前世の記憶はあるものの、この世界の常識や歴史、政治の仕組みについては全くの無知だった。そのため、父親の話を真面目に、一言も聞き漏らさないよう静かに耳を傾けた。「いいかいカケル。このエルザリア世界では、全ての人間が生まれながらに『魔導書』を持っている。そして、この世界の空は、我が帝国の誇る『空嵐騎士団』と、彼らが駆る『ワイバーン(飛竜)』によって支配されているんだ。人が空を飛ぶには、膨大な魔力と、選ばれた騎士の階級が必要不可欠なんだよ」「魔力と、階級……ですか、父さん」「そうだ。今日お前が受ける『魔力測定』は、自分がこの世界でどんな役割を持って生きていくかを国に示すための大事な儀式なんだ。まぁ、我が家は代々ただの農民だ。魔力なんて微々たるものだろうが、神官様の前では礼儀正しくするんだよ」「はい、父さん。丁寧に教えていただき、ありがとうございます。粗相のないよう、ちゃんとお辞儀をしてきます」カケルは丁寧にお坊ちゃまのように上品な仕草で頷いた。前世が日本の真面目な社会人であるため、どれだけ貧しい農民の生活であっても、言葉遣いや立ち振る舞いには、自然と育ちの良さと礼儀正しさが滲み出ていた。やがて、村の中央にある小さな精霊教会へ向かうと、そこには村中の7才になった子供たちが集まっていた。その中に一人、ひときわ眩い光を放つ金髪の美少女がいた。「……ちょっと、遅いじゃない、カケル!」カケルの姿を見つけるなり、豪奢な刺繍が施された教会の聖衣を着た少女――セレシアが、綺麗な眉を釣り上げてツカツカと歩み寄ってきた。彼女はカケルの物心ついたときからの幼馴染であり、数日前に教会本部から「世界に数人といない『無限の魔力を持ち、他者に分け与えることができるチート聖女』」として認定されたばかりの、村の英雄だった。「おはよう、セレシア様。聖女に選ばれてから、ますます神聖さが増したようだね。今日もとても綺麗だよ」カケルがいつものように、ちゃんとした日本人の常識を持って、嫌味なく丁寧に彼女を褒める。すると、セレシアは一瞬だけ頬を林檎のように真っ赤に染め、すぐにぷいっと顔を横に背けた。「ふ、ふんだ! お世辞なんか言っても何も出ないわよ! 私は『聖女』なのよ? 貴方みたいな、ただの魔力なしの農民の男の子に声をかけられても、これっぽっちも嬉しくないんだから! ……でも、まあ、その、幼馴染の義務として、貴方の測定を一番近くで見届けてあげるわ。勘違いしないでよね、貴方が不合格になって泣きべそをかくのを笑ってあげるだけなんだから!」ツンツンとした態度でまくしたてるセレシアだが、その手はカケルの上着の裾をぎゅっと握りしめていた。彼女はカケルのことが幼い頃から大好きなのだが、聖女という立場と持ち前のプライドが邪魔をして、どうしても素直になれない、典型的なツンデレ少女だった。「それは心強いな。ありがとう、セレシア」カケルが優しく微笑むと、彼女は「な、ななな何よその余裕は!」とさらに赤くなって狼狽した。「では、マシロ家の長男、カケル。前へ」白髭を蓄えた厳格な神官が、青く輝く『魔導測定水晶』の前にカケルを呼び出した。この水晶に手を触れることで、個人の魔力や適性が数値化され、公式な「ステータス魔導書」が発行される仕組みだ。(よし、事前に入念に構築しておいた『ステータス偽装プログラム』を起動する。……目標、標準的な農民の平均値、魔力12だ!)カケルは内心で深く息を吐くと、水晶にそっと手を触れた。脳内で偽装のコマンドを走らせる。――しかし、その瞬間だった。ピキィィィィィィン……!!!【警告:外部測定器の干渉により、ステータス偽装プログラムにエラーが発生しました】【隠蔽に失敗。術者の真のステータスを……周囲の全空間へ向けて強制公開します】(え? ちょっと待って、それはマズい――!)カケルの焦りを置き去りにし、魔導測定水晶が、世界の終わりを予感させるほどの神々しい金色、そして青白きプラズマの閃光を放って大爆発を起こしかけた。教会の広間全体が、見たこともない圧倒的なエネルギーの光で塗りつぶされる。そして、神官の手元にあった魔導書から光の文字が飛び出し、教会の空中へ、誰もが肉眼で見えるほどの巨大な「ホログラム画面」となって堂々と浮かび上がったのだ。そこに表示されたのは、カケルが必死に隠そうとしていた、あまりにも狂気的で、圧倒的な神話級のステータスだった。
【カケル・マシロ(真城 駆)の公式ステータス】
【魔力値】:測定不能(無限・規格外)
【固有適性】:『ミリタリー・カタログ(神の工廠)』詳細:地球の全神話級戦闘機(レシプロ機から第6世代ステルス機まで)を無制限に具現化・使役可能。
【脳内戦術階級(戦闘能力)】:『上級空霊騎士(前世における空曹・一尉クラス)』
詳細:単機で帝国の主力飛行船艦隊、および空嵐騎士団(ワイバーン部隊)を完全無力化する能力を保有。
教会の空中に浮かび上がったその文字を読んだ瞬間、広間にいた全員の思考が完全に停止した。「な……な、何だ、これは……?」厳格だった神官は、持っていた杖を取り落とし、あまりの衝撃にガタガタと膝を震わせながらその場にへたり込んだ。「測定不能……? それに、上級空霊騎士って……帝国のエリート騎士団の隊長クラスの戦闘階級じゃないか! なぜ、わずか7才の、我が家のカケルがそんなものを……!?」父親は我が目を疑い、ショックのあまり持っていたクワを落とし、椅子から転げ落ちて呆然としていた。母親もまた、「カケル……お前、本当にただの農民の子なのかい……?」と、顔を真っ白にして我が子を見つめている。「ちょっとおおおおお! 隠し事なんていい度胸じゃない、カケル!!」一番近くで見ていた幼馴染のセレシアが、顔を真っ赤にしてツカツカと詰め寄ってきた。「私の『魔力無限』に匹敵する、ううん、それ以上のチート能力を隠し持ってたなんて! しかも何よその『一尉クラス』って! ただの農民のくせに、私より格好いい階級を持ってるなんて、絶対に許さないんだから!」(あちゃあ……完全にバレてしまった。真面目に偽装のシステムを組んだつもりだったんだけど、こっちの世界の水晶を舐めていたな……)カケルはコッソリ頭を掻きながら、前世のサラリーマン時代にトラブルを起こした時のような、極めて丁寧で、ちゃんとした態度で両親と神官に向かって深く一礼した。「父さん、母さん、そして神官様。驚かせてしまって、本当に申し訳ありません。実は、僕のステータスには少しだけ……『手違い』がありまして。僕はただ、静かに畑を手伝いたいだけなんです」「手違いでこんなステータスが出るわけがあるかぁぁぁ!!」神官と父親の叫びが教会の天井に響き渡る。しかし、そのカケルの規格外の能力が公になった驚愕の瞬間を切り裂くように、ドガァァァァァァァァン!!!! と、教会のステンドグラスが外からの凄まじい衝撃波によって粉砕された。「て、敵襲――! 帝国の国境を越えてきた、反乱軍の『ワイバーン(飛竜)部隊』です! 数は十二!」窓の外を見上げると、抜けるような「蒼い空」を、巨大な膜翼を持つ十二頭の飛竜が埋め尽くし、村を焼き払おうとしていた。「よし。父さん、母さん。――お茶の前に、ちょっとお庭の片付け(領空防衛)をしてきますね」カケルはそう礼儀正しく言い残すと、驚愕する両親の目の前で、村のあぜ道へと堂々と歩み出て、初の戦闘機召喚へと向かうのだった。




