本物のアイドル〈 I 〉
学校や仕事が休みの土曜日、午前10時過ぎ。
「急な無理を言ってすみません」
「いえいえ、こちらこそいつもホープロさんには、いや進導さんにはお世話になってますから」
アリスを連れて、目的地であるショッピングモールへと到着した俺たちは、その後すぐに、スタッフの方と合流し、出演者がいる控え室へと向かう。
「今日はお仕事ではないのですか?」
案内を買って出てくださった顔馴染みのスタッフさんが後ろを歩くアリスを不思議そうに思いながら伺う。
「いえ、仕事ですよ。ただ、娘がアイドルを目指すというので、今日はその見学に」
「そうなんですか! それはまた豪華な見学会になりそうですね。やっぱりライブは生が一番ですし」
俺がアイドルのマネージャーになってから、初めてライブを行ったのがこのショッピングモールだ。その時から、こちらのスタッフさん含め、オーナーさんや他の関係者の皆さんとも顔見知りになった。
「今日のライブはなんたって、芦原玲緒奈が出ますからね! 俺も楽しみです」
「そうだな」
芦原玲緒奈。
我がホープ・プロダクション所属のアイドルにして、現役でトップの実力を誇ると言われている女子高生だ。
俺が着任した時にはすでに、オリコンチャート上位、新人アイドルランキング1位を取っており、着任後もドラマや舞台へ出演をした事で様々なメディアに取り上げられ、今では業界大注目の若手アイドルとして、世間に知られている。
最初に観せるには、ハードルが高すぎるかとも考えたが、本気でアイドルを目指すのならいつかはぶつかるであろう壁でもある。なら、先にトップの実力を見るのも悪くないのではないだろうか。
人によっては、それがきっかけで諦めてしまう人もいるかもしれない。でも、あの時必死にアイドルになる事を語ってくれたアリスの目からは、そんな心配はいらないだろう。そう感じたのだ。
「こちらです」
通路を進み、角を曲がった所で、スタッフの方が止まる。「それじゃあ、俺戻ります」と言い残し、駆け足で去っていく彼を見送り、扉の前に立つ。
「大丈夫か? アリス」
「うん、ちょっとドキドキするけど、貴重な経験だもん。大丈夫」
顔が少し強張って見える彼女に、何か声を掛けるべきか迷ったが、イベントの時間もあるしアリスの言葉を信じてノックをしてから扉を開けた。
「……おそいわよ。進導マネージャー」
部屋に入って第一声で怒られる。
「すまない玲緒奈。ちょっと色々あってな」
扉の先には、打ち合わせ用のテーブルと、左右の壁にはステージに上がる準備をするための鏡とカウンターテーブルが設置されている。
何度かこのショッピングモールを利用させて頂いているため、初めて見る訳ではないのだが、相変わらず綺麗で広い控室だ。そもそもこのショッピングモールでは度々そういう催し物を行うが為に、広いイベントスペースと出演者用の控室が設けられている。大人気アイドルとはいえ、一人でこの場所を貸切とは、なんて贅沢なのだろう。
「言い訳は聴きたくないわ。それより、いつもより早い集合時間にした本人が遅れてくる事自体問題なのだけど」
「そ、そうだな。ほんと申し訳ない」
いつもの事ながら、年上である俺に対して随分とした振る舞いだな。まぁ、遅れてきた自分が悪いのは確かだけど。
とはいえ、事務所からもデビュー前からこの性格だというし、元々がお嬢様気質なのは今に始まった事ではない。前任のマネージャーが何人か居たみたいだけど、皆数ヶ月もせずやめてしまった。おそらく彼女の振る舞いに耐えられずといった所だろう。わがままとかでは無く、大人顔負けの論述のおかげで、ちょっとしたミスに対しても、だいぶ心にくるものを俺自身も何度言われたことか。
平気だったといえば嘘になるけど、アリスが俺の元に来てからはそんな事を気にする暇さえなく仕事に望んでたから、今も尚、玲緒奈の担当として努めているわけだ。
「それで、話って何ですか? ライブ前に私も色々と確認しておきたいのですけど」
強めな口調ながらも、こちらの要望には応えてくれるようだ。
「あぁ、ちょっと会ってほしい子がいてな」
「会う? それに子ってファンの方とかですか?」
「ダメか?」
「……別にいいですけど」
そう、今日アリスを連れて来たのはライブを見てもらうだけじゃ無く、俺が担当している玲緒奈にも会って欲しいと思ったからだ。
自分で力になれる事はあまり無いと言っておきながら、担当マネージャーという特権でこんな事をするのは、正直矛盾しているかもしれないが今のアリスを見てプロのアイドルの目にどう映るのか、それが知りたかった。
「入っていいぞ」
扉の前で待つ彼女に向けて声をかける。
「し、失礼します」
普段と比べて、少し控えめな挨拶で入って来た彼女は緊張した表情を浮かべながら俺の近くへと寄って来る。
「その子は? 外国の方ですか」
玲緒奈は横に立つアリスを見つめ問いかける。
「はっ、はじめまして! アリス、アリス・フォン・エスタロッサと言います! 時間のない中お邪魔してしまってすみません」
深々とお辞儀をし、控室からの会話が聞こえていたのか、謝罪も共に伝える。
うん。去年までと比べてだいぶ日本の言葉遣いもしっかりしてきたな。特に目上の人と話す時の言葉遣いは、カウンセリングさんも苦労したとは言っていたけど、今ではしっかりと話せている。
「……綺麗な髪ですね」
「へ!? い、いえそんな! 玲緒奈さんの方が綺麗、というより何百倍も美しいですよっ」
「まぁ、お上手ですね」
ふふっ、と笑いながら玲緒奈が笑みを見せる。
アリス自身も、本物のアイドルから褒められた事がよほど嬉しかったのだろう。顔をリンゴのように赤くしてぶんぶんと手を振っている。
それもそうだ。もちろん、アリスは玲緒奈の事を知っているし、何度もテレビで放送されている彼女の活躍も観ていたのだから。
芸能人に会ったら皆同じ気持ちだろう。
「それで、なぜアリスさんを私に?」
「実は、アリスがこれからアイドルを目指すって言うから、生でライブを見てもらおうと思って。せっかくなら直接話してもらおうと提案したんだ」
「へぇ、そうなんですか」
嘘は言ってないぞ。けど、そのまま俺の真意を伝えたら伝えたで後で怒られそうだから、今はそれらしい事で乗り切る。
「それよりも、なぜ進導マネージャーがこんな可愛い子と知り合いなんですか? だいぶ親しい関係そうにも見えますけど」
何だろう。すでにちょっと怒っているように見えるのは気のせいだろうか。
「知り合いっていうか、娘だよ」
ガタン!
玲緒奈が急に席を立ち、椅子が揺れる。
「今なんて?」
「えっ、娘だよ?」
「誰の……ですか」
「誰のって、俺の」
数秒の沈黙。
え? なんか変な事言ったか。
「玲緒奈?」
「そ、」
「そ?」
「そんな事あるわけないじゃないですかっ! こんなに可愛い子がマネージャーの娘なんて!! 妄想するのも大概にしてくださいっ」
「おいっ! まて! それは聞き捨てならないぞ」
人差し指を立てて俺の顔を指す玲緒奈。
あまりの言われように俺も黙ってはいられなかった。妄想なんて抱くか。それではまるで俺が変態扱いではないか。
「前に話しただろ、海外に行った時に孤児を引き取ったって」
海外から戻った後、アリスのカウンセリングさんや教育機関等のごたごたがあったため、旅行後もしばらく休みをもらっていたのだ。
その理由を追求された際に同じ事をこのお嬢様には伝えたはずだったのだが。
「そんな事覚えたいるわけないじゃないですか」
理不尽! 自分勝手すぎやしないですかこのアイドルは。
「私は、アリスさんの口から聞くまでは信じませんよ。さぁ、アリスさん。この妄想マネージャーに本当の事をおっしゃって下さいませ!」
「……あ、えと」
アリスがこちらに困った表情で目配せしてくる。
そうだよな。俺も心底思うよ、玲緒奈はアイドルとしてステージに立つ時と、通常時とでは違いすぎる。
そんな視線に応えるように、ひとまずうなづき返す。
「む、娘です。玲緒奈さんのマネージャーさんは、私のお父さんで合ってます」
それを聞いてようやく、本当の事だと理解したのか、唖然とした面持ちでぺたりと椅子へと座りこむ。
「そう。まぁ、いいでしょう」
何がまぁいいんだ。危うく俺は変態のレッテルを貼られる所だったというのに。




