第318話 根源へと還る
極東戦役が始まった。
この戦争こそが私にとって大きな役割を果たすのは間違いなかった。人々の感情の揺らぎ。そしてそこから生まれる混沌。それこそが、世界真理に辿り着く全て。
私は知りたい。
自分の生まれた意味を。
どうして、この世界に存在しているのかを。
そのためならばどんな犠牲も厭わない。
七賢人としての活動を本格的に始め、それぞれの戦地に彼らを送った。中でもフィーアなどは殺戮に悦を覚えるタイプらしく、より巨大な混沌を生み出してくれた。
私以外の七賢人は自分のことを特別な存在だと思っている。だが、私は自分のことが特別だとは思うことができなかった。いや表面上は選ばれた存在であることは理解している。それは何よりも、私の魔法の本質が教えてくれる。
本質は、事象の改変。この世界に存在するあらゆる物理現象、概念などに干渉して全てを意のままに操ることができる。戦場で殺戮をするだけの人間を生み出すのも、造作もなかった。全ての理想をそのまま実現できる。
それこそが私の能力だった。
この能力があっても私は自分に恐怖を覚えていた。どうして、こんな異形の力を使うことができるのか。どうして、周りの人間は当たり前かのように魔術を使うのか。
疑問の尽きないまま、私は戦場を見つめていた。そこでやはり台頭してきたのは、リディア=エインズワースだった。すでに英雄と呼ばれ始め、縦横無尽の活躍をしているらしい、私としては、この戦争の行末などはどうでもいい。どちらが勝ち、どちらが負けるなど些事に過ぎないのだから。
必要なのは世界真理に辿り着けるだけの揺らぎを生み出すことなのだから。
その中でレイの存在も確認できた。成長したレイは圧倒的だった。彼の存在は、まさに私にとって興味の対象でしかなかった。聖人であり、千年に一人生まれると言われる稀有な存在。
そんな彼が圧倒的な実力を持っているのはもはや当たり前。驚くことなど、なかった。それと同時にレイにいつか会えることを待ち望んでいた。世界真理に向かうためには、レイの存在も必要である。
彼はこの世界に存在しながら、世界真理に干渉できる唯一の存在なのだから。
そして、極東戦役が進んでいく中で仲間たちが死んでいった。七賢人は魔法を使う集団であり、魔術を使う七大魔術師に劣るなどあり得ない。きっと、そんなことを考えていたのだろう。その程度の浅い思考だから敗北し、死んでいくのだ。
特に思うことなどなかった。
仲間とは言っても私にとってそれは表面的なもの。この世界に揺らぎを生み出し、混沌をさらに極めてくれるのならばそれは誰であってもよかった。
ついに私は、レイと邂逅することになった。
極東戦役により生み出した揺らぎでは、ギリギリ世界真理に届くことはなかった。しかし、限りなく近い位置にまでは到達している。後はレイを殺せば……殺すことさえできれば、その聖人としての能力を奪うことができれば……私は世界の全てを知ることができる。
もはや実の弟を殺すことに、躊躇いなどありはしなかった──。
◇
「そうか……あぁ。そうだ。私はいつだって一人だった。そうだ……レイならば理解できると思ったが、それも弱者の思考……あぁ……そうだ……!! 私はレイを殺して、世界の全てを殺し尽くして自分を証明するのだッ!! 安寧の世界を、私が手に入れるのだッ!!!」
溢れ出る漆黒の奔流。
それは全て第零質料で構成されている。俺は兄の能力の本質を今までの戦いで見抜いていた。兄の本質は、事象の改変だ。全ての事象を自分の思いのままに操ることができる。しかしそれはもともとの魔法や魔術のあり方なのかもしれない。
彼の場合はその全てに特化しているというべきか。
七大魔術師のようにどれか一つに特化しているのではない。兄はその全てを内包しているのだ。俺の還元とは逆にあると言ってもいいだろう。そもそも、魔法や魔術とは人のイメージを具現化するものだ。そこにプロセスはあれど、結果は同じ。
しかし、その魔法と魔術の全ては世界真理に全て保存されていると言われている。俺たち魔術師は無から有を生み出しているのではない。もともと存在しているものを、生み出しているに過ぎない。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああアアアアアアアアアアッ!!!!!!!!」
頭を押さえながら彼は狂ったような奇声を発する。溢れ出る第零質料が止まることはない。その全てが兄の周りに溢れ出すと、この真っ白な世界が徐々に暗黒に支配されていく。
それは全てが俺を殺すための殺意で構成されている。おそらくは、あの粒子の一つにでも触れてしまえば呆気なく死んでしまうのだろう。それだけの圧倒的な質料がそこには存在した。
「レイッ!!! 私は絶対にお前を殺すッ!!!」
ついに明確な殺意が俺を襲う。溢れ出る粒子はまるで意思を持っているかのように、迫ってくる。いうならば、第零質料の波とでもいうべきか。
しかし、たとえ第零質料でさえも対物質コードは存在している。この世界に存在している物質だけではない。世界真理には物質コードと対物質コードの二つが存在し、それがこの世界にも反映されているのだ。
超常的な現象に関する違和感。それは師匠も言及していたが、そういうことだったのだ。世界は表裏一体である。
生み出すものと、還るもの。
それがもしかすると世界の本質なのかもしれない。
「……もう、終わりにしよう」
どれだけの魔法であっても、もう俺に届くことはない。俺は全てを還す存在。逆転させ、元の状態に戻すことが聖人として与えられた能力だった。
還元。
おそらく世界真理に干渉できるということは、世界を逆転させるということを意味しているのだろう。世界真理が今の世界を生み出した。ならば、世界真理に至るにはその逆転が必要。
兄は揺らぎと言っていたが、根幹にあるのは戻るということである。
「レイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!」
襲いかかる暗黒の世界。
呑まれてしまえば終わりであるが、還元の能力を手にしている俺は全てを元の状態へと戻していく。
右手をスッとかざす。対象にするべき座標を確定させ、構成している第零質料の流れを把握。今の俺は見るだけでこの世界の全てを知覚することができる。
そして、俺の根源たる魔法を発動した。
「──原点還元」
瞬間。
暗黒に支配されていた世界は徐々に純白へと染まっていく。いや、それだけではない。純白の世界はさらに戻っていき、俺たちはあの戦場へと戻ってきていた。周囲は悲鳴と怒号で満ちていた。
世界はただただ狂気的なまでの、黒と赤に支配されていた。現実に戻ってきた俺は、目の前で倒れ込んでいる兄のもとへとゆっくりと歩みを進めていく。
歩みを進めていくたびにパラパラと粒子が舞っていく。それと同時に、体からはヒビが入ったような跡が発生し出血する。両目からも血が溢れ出し、視界は赤く染まっている。おそらくは自分の限界を超えた能力を使ったため、自壊が始まっているのだろう。
還元。
それを限りなく全力で発動した。兄が今までの戦場で生み出した混沌を全て還したのだ。そこには人の意思があった。悲しみ、慟哭、怒り、殺意、様々な負の感情によって構成されていた世界に干渉したのだ。
何万人もの人間の意思に介入した俺は、おそらくは……もう今後はまともに魔法だけではなく魔術も使えないのかもしれない。
だがそれでいい。
この悲しみに満ちた戦争が終焉を迎えるのならば、俺がどうなろうとどうだっていい。
「兄さん」
地面に伏せている兄は俺よりも状態が酷かった。俺とは桁違いに自壊が進んでいる。俺を殺すつもりで放った魔法だったが、それは全てもとに戻された。その反動が全て一気にやってきたのだろう。
こうなることを分かっていて、俺は兄の世界を壊した。
心は冷めたままだった。実の兄が死に直面しているというのに、俺は冷静なままだった。もしかすると俺はもう……まともな人間として生きることはできないのかもしれない。
「レ……イ……」
ヒューヒューと鳴る喉をなんとか震わせながら、彼は俺の名前を呼んだ。
「兄さん。もう、終わりにしましょう」
「あ……あぁ……やはり……私は、届くことが……なかった……の……か」
だらりと手を伸ばし、ごほっと声を漏らすたびに出血が増していく。もう助かることはない。
全てを求め、あらゆるものを犠牲にしてたどり着いた先が兄の今だった。
「あぁ……でもそうか……私は、今……安心している……」
「安心?」
どうしてもうすぐ死ぬというのに、安心などしているのだろうか。すると兄は思いがけないことを口にする。
「……もう、何にも怯えなくても……いい。死は救いにも……なり得るの……だ。全てを求め、世界を知ろうとした……が、その一方で私は……この結末にも……満足している……」
「死は救いになると?」
「そうだ……全てを知りたいと同時に……私は死も許容していた……お前に殺されるのならば……本望だ……」
俺を殺して世界真理に辿り着くのか、または俺に殺されることで全てを終えるのか。兄にとって今回の戦いはどちらでもよかったと言うことか……。
本当にズルい人だ。
そっと兄のそばに膝をつける。すると彼は俺の頬に血塗れの手を伸ばしてきた。
「さらばだ……レイ……先に、逝っている……」
だらりと手が下がる。脈拍は停止し、瞳孔は完全に散大している。俺はスッと手をかざすと兄の瞼を下ろした。
あぁ。
全てが、全てが終わりを告げた。
もうこれ以上戦火が広がることはない。終わった。終わったと言うのに……俺の心はまるで空虚でがらんどう。
何もなく、何にも満たされることはない。
ふと立ち上がって後ろを振り返る。
至る所で紅蓮の炎が燃え上がる。
さらに地面には大量の真紅。
その景色にコントラストはない。
ただただ狂気的なまでの薔薇のような、そして灼けるような紅蓮が世界を侵食していた。
幾多もの屍の上に立っていなければ、この光景は単純に美しく、どこか神秘的なまでに感じられる……。
そう思ってしまうほどに幻想的で禍々しい光景だった。
地獄のような戦場は終わりを迎えた。
俺たちに数多くの傷痕を残して──。
極東戦役編、終了になります。半年近くお付き合いいただき、ありがとうございました。ただ後日譚と言うか、エピローグのような形でレイが魔術学院に入学するまでの三年間(極東戦役後のエピソード)も描きますので、もう少し過去編は続きます。
ここまで書くことができたのも、読者の皆様のおかげです。本当にありがとうございました(なんかこう書くと、連載終了みたいですが……汗。ちなみに二年生編も考えておりますので、お楽しみに!)
それでは、どうか今後とも本作をお楽しみいただければ幸いです。




