第301話 別れの時
「はぁ……はぁ……はぁ……」
意識が戻ってくる。
くそ、呆けていたわけじゃないのに一気に過去がイメージとして流れ込んできやがった。
これが走馬灯ってやつか? ははは、笑えるな……でも俺は死ぬわけにはいかない。
こんなところで、死んでいいわけがないんだ……。
だが、現実は非常である。すでに左腕の感覚がなかった。
それは……肘から先が無くなっているからだ。痛みは一瞬で、そこから血止めはしたが徐々に腕全体の感覚がなくなってきている。
右目もすでに、よく見えない。眼球を潰されたわけではないが、致命的な一撃をもらっている。霞む視界の中で俺は敵をしっかりと見据える。
「あなた、強いね。あの雑魚の七大魔術師よりもやるんじゃない?」
ペロリと自分の手に付着している俺の返り血を舐めとる。一見すれば、ただの愛らしい少女にしか見えないが……その実力はまさにこの世界の頂点に位置しているのではないか、と思うほどだった。
もしかすれば、エインズワースやレイを超える存在なのか?
そんなことも考えてしまう。報告で紺碧と雷鳴がやられたと聞いていたが、この実力ならばそれも理解できてしまう。
「うっ……ごほっ……っ!!」
咳き込む。と同時に、大量に血が溢れ出てくる。どうやら内臓もやられてしまったようだ。
そもそも相手の使う魔術の兆候が全く理解できない。第一質料の流れを知覚できないし、そもそも本当に魔術を使っているのかも分からない。
しかし、確実に魔術は発動しており俺を攻撃してくる。全く理解できない攻撃に為す術なしだが、まだやれる……。俺はまだ戦える。
心が負けを認めることはない。理性ではわかっている。これ以上戦うのは危険だと。すでに失血量は致死量に迫っているだろう。感覚がなくなってきているのがその証拠だ。
でもここで俺が諦めてしまえば、もっと被害が増えるかもしれない。時間を……時間を稼ぐんだ。
「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!」
己を振り立たせる。俺にはまだやれるだけの力が残っている。そう自分に言い聞かせて、地面を疾走していく。魔術も発動する。
俺はまだ、まだ戦うことがで……き……る?
「い、いつの間……に……?」
涼しい。
風が俺の体を通り過ぎていく。
そう。今の一瞬。何かの兆候は感覚で理解していた。でも、それを知覚した瞬間に自分の胸に大きな穴が開いていた。
心臓を直接やられたわけではないが、間違いなく致命傷。
それを理解するのと同時に俺は地面に倒れ込む。もう……感覚は完全になくなっていた。
ヒューヒューと喉がなる。
あぁ。そうか。
ここまでか。俺の人生はどうやらここまでのようだ。強力な存在の前では、あっけなく散ってしまう。どうやらこれが俺の人生最後の瞬間らしい。
微かに足音が聞こえる。
ぺたぺたと聞こえるのはきっと俺から流れている血を踏み締めているからだろう。
「驚いた……まだ生きてる」
その声音から、どうやら心から本当に驚いているのはわかった。そして、その少女は思っても見ないことを口にする。
「ねぇ──私と一緒に来ない? あんたのこと気に入ったよ」
一緒に来ない……だと?
「……あ……は?」
「今なら助けてあげるって言ってんの。左腕もくっつけるし、目も治す。もちろんその胸の穴もね。ね、裏切れば長生きできるのよ? 私も強い手駒が必要だったし」
「俺は……たすか……る……のか?」
「えぇ。さ、手を取って」
そっと差し伸べられる小さな手。
これを握れば、俺はまだ生きることができる、俺はまだ死にたくはない。生きていたい。まだまだやりたいことがたくさんある。そうだな、この戦争が終わればみんなと旅行に行く約束をしていたからな。
それを果たしたいな。
でもこの手をとれば、俺は裏切り者だ。もうみんなとは会うことはできない。しかし、この手を拒絶すれば俺はここで死ぬ。
どうせみんなに会えないんだ。
当然、生きる方を選択するだろう?
それが合理的な判断だ。それが大人ってやつだ。賢明に生きるべきだ。
何も戦争において、裏切り行為ってやつは珍しいわけじゃない。誰だって死にたくない。そうだろう? だから俺がこれからすることは、間違いじゃないだろう? 俺はいつだって正しい選択をすると決めているからな。
「はは……」
でも俺ってやつは本当に馬鹿みたいだな。あぁ、本当俺は馬鹿でどうしようもないな。
愚かで馬鹿で、どうしようもない大馬鹿ものだ。
「はは……ははは……ははははっ! 誰が手を取るかよ──俺は仲間は売らない」
と、相手も油断していたのか俺が咄嗟に発動した魔術──氷柱が少女の右手を貫いた。どうやらここから俺が反撃してくるとは思っていなかったようで、攻撃を当てることができた……が、どうやら意味はなかったようだな。
横目で見ると、その貫通した掌は瞬く間に治癒していた。全く、どういう仕組みなんだよ、それ。
あーあ。本当に俺ってやつは馬鹿だな。本当に大馬鹿ものだ。この選択肢で、死ぬことを選ぶ奴がいるか、普通?
でもきっとそうだな……やっぱり俺は、国を愛していた。そして誰よりもきっと、特殊選抜部隊のみんなことを愛していた。
俺の死がこの先の未来に繋がっていると思えば死ぬことなんて怖くはなかった。だから俺は選択することができた。
ここで死ぬのは受け入れた。もう運命に抗う事はない。
最初に考えていた時間稼ぎも十分に果たすことができただろう。
目的は果たした。覚悟も決まった。
心残りがあるとすればそうだな……みんなの未来を近くで見ていたかったな……。
俺は知っているが中佐とフロールは付き合っている。みんな気がついてないがな。近いうちに結婚するだろう。その時の式は盛大に祝ってやろう。
デルクは家族のことをずっと気にしていたな。でも大丈夫だ。お前は本当にいい父親になるよ。俺が保証する。
キャロラインはそうだな……あいつに男ができる日が来るんだろうか? いや、あいつが本当にいい女って事は分かってる。けど、個性が強すぎるからなぁ……いいやつ見つかればいいな。
ガーネットはきっと大丈夫だろう。あいつはメリハリをつけられるし、何よりも真面目だ。彼女はきっとすぐに大佐になるんじゃないか? あの三人の天才の中じゃ、一番の出世頭だろう。それと……あいつが俺に気があるのは知っていた。明らかに視線の中に色が混ざっているのは、分かっていた。
でも答えるべきかどうか……この戦争が終わった時に話でもするかと思っていたが……どうやら、それもできないな。きっとガーネットもいいやつが見つかるさ。俺なんかじゃなくて、もっといい奴がな。
エインズワースは言うまでもないだろう。あいつは俺なんかが予想できないほどの偉大な魔術師になる。けどな、いつも人の金で飯を食おうとするな。買い物も自分で荷物を持て。それと……っと、まぁ後のことはみんながいるから大丈夫だろう。
「レイ……レイは……」
と、ふと心の中で思っていることを口にしていたみたいだ。だが、俺は殺されない。あの時に覚悟した死がやってこない。どうしてなんだ?
もう感覚は無くなりかけている。視界も霞んでよく見えない。けれど意識だけははっきりとある。
すると隣にはあいつが……レイがいた。
「ハワードッ!! 大丈夫ッ!! まだ助かるッ!!」
かなり切羽詰まっているようだった。それもそうだ。今の俺は、胸に大きな穴がいているし、左腕も切断されている。目も片方は完全に潰されている。
こんな状態でまだ助かるなんて、レイのやつは本当に……本当に……。
「レイ……」
「ハワードッ!! 喋るなッ!! 絶対に、絶対に助けるッ!!」
懸命に魔術をかけてくれるが、血を流しすぎた。完全に俺の体は終わっている。
それは誰よりも俺が理解している。
でもそうだな……俺は神ってやつに感謝すべきなのかもな。だって、自分の死ぬ間際にレイが来てくれたんだぜ? これ以上の幸運はないだろう?
「れ、レイ……」
俺は最後の力を振り絞って、告げる。
自分の心の内を曝け出して、託すんだ。レイになら任せることができる。
そうして俺は、人生最後の言葉を紡ぐ──。
ついにここまで来ました。果たしてハワードは最期に何を語るのでしょうか。次回もご期待ください。
感想ですが現在かなり多忙でお返事ができていません。しかし、全て目を通しているので今後ともお気軽に感想を書いていただければ嬉しいです。
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