第300話 ありがとう
俺はただずっと特別な何者になりたかった。
才能があると褒められ続けてきた。もちろん俺には才能ってやつがあるんだろう。
でもきっとそれは、俺が努力して獲得してきたものだと信じたかった。そしてだからこそ、特別な人間になりたかった。才能だけではない、特別な存在──七大魔術師になりたかった。
そこにたどり着くことができれば俺は、特別になれる。才能を超えた存在になることができる。そう信じてきた。
ずっと迷っていた。迷って迷って、その末にたどり着いたのが特殊選抜部隊だった。
そこで俺は本物の天才たちに出会った。俺なんかが届くわけのない領域というものを見せつけられた。
リディア=エインズワース。
アビー=ガーネット。
キャロル=キャロライン。
三人ともに天才の中の天才。俺も天才だと持て囃されていたが、分かってしまった。なまじ才能があるからこそ、この三人の領域に触れることがないのだと。
初めは嫉妬もした。
どうして俺じゃなくて、こんな幼い女たちに才能があるのかと。神はどうして、俺を特別な存在にしてくれないのかと。表面上では取り繕っていた。その嫉妬を隠して、部隊で過ごしていた。
だが過ごしていくうちに、俺は純粋に彼女たちのことを人間として好ましいように思い始めていた。
キャロラインはいつも明るくて部隊のムードメーカーだ。よくふざけているし、周りのことを全く気にせずに自由奔放。そんな彼女のことを敬遠している人間もいる。でも俺は知っていた。キャロラインは仲間思いのいいやつだと。
「キャロライン。一人でどうした?」
「ん? あれれ。ハワードちゃんじゃん!」
基地内のある一室。そこで彼女は一人で大量の書類を前にして作業をしていた。以前からずっと気になっていたので、実はその後を追いかけてきてしまった。
「一人でやっているのか?」
「そうだよーっ! ふふふ! キャロキャロは裏方も実は頑張っているのですー!」
「……そうか」
優しい少女だと意識したのはこの時が初めてだった。キャロラインは戯けているようにも見える。それもきっと彼女の一面なのだろう。しかし、それ以上に仲間思いであることに変わりはなかった。本来ならばその仕事は、俺たちもやるべきものなのに、負担にならないようにと率先してやってくれているのだ。
それを隠していつものように振る舞っている。全く、敵わないなと思ったもんだ。
「ありがとうな」
「……え?」
頭をそっと撫でる。年齢がそれなりに離れていることもあり、妹のような存在と思っていたのかもしれない。するとキャロラインはボッと顔を赤らめるのだった。
「も、もう……っ! 突然なんだから! でも、キャロキャロがもっと大人になったらお付き合いしてあげてもいいよ?」
妖艶な笑み。それは本気で言っているわけではなく、俺をからかっているような表情だった。
「抜かせ。俺はもっと年上が好みなんだ」
「ふふ。私が綺麗なお姉さんになっても知らないよ?」
「はは。期待しておくさ」
そんなやりとりをした。今となっては懐かしい思い出だった。
アビー=ガーネットは、はっきり言って真面目すぎると思った。いやもちろんそれは美徳なのだが、どうにも肩肘を貼り過ぎているような……そんな印象を抱いていた。
「ガーネット。調子はどうだ?」
「は。自分は万全であります。ケネット少尉」
「……ちょっと堅くないか? 俺たち、同じ部隊の仲間だろう?」
「しかし……」
「終わった後、付き合えよ。奢ってやるよ」
「あ、ありがとうございます」
彼女はエインズワースとキャロラインとは同い年とは思えないほどに、大人びていた。しかし、実際の年齢のことを考えると、あの二人の方が普通なのかもしれない。
ガーネットは良くも悪くも肩肘を張りすぎている。いつもピリピリしているというか、俺は彼女が笑ったことを見たことがなかった。そこで食事にでも誘ってみたが、思っていた以上に饒舌なやつだった。
「それでリディアが──」
「ほうほう」
「キャロルも学生時代は本当に大変で──」
「苦労しているな」
「うう……理解してもらって、本当に嬉しいです……」
「お、おい! 泣くなよって……って、これ俺の酒かっ!!?」
どうにも饒舌に語るなぁと思っていたら、俺の酒を間違えて飲酒していたようだった。顔も真っ赤になりつつ、ニコニコと笑いながら語り続ける。
「自分はその、堅すぎでしょうか?」
と、そんなことを尋ねてくるので俺は正直に答えることにした。
「そうだな。少し無理をしているようにも見える。何かあるのか?」
「それは……」
少しだけ躊躇したようだが、意を決して彼女は自分の思いを吐露した。
「私たちは天才と言われ続けてきました。しかしやはり、まだ十代の少女に変わりはありません。だからこそ周りを認めさせるには、厳格であるべきでは……と思ってまして。リディアとキャロルはあの調子ですし……」
「なるほど、な」
どうやらガーネットは二人のことも考えて厳格に振る舞っているようだった。軍の中ではあまりにも若い才能に嫉妬しているやつがいる。直接何かをしてくるわけでがないが、きっと耳によくない噂でも入ってしまったのだろう。
俺くらいの歳になればさらっと流せるのだが、十代といえば多感な時期だ。色々と気になるのも無理はないだろう。
それと同時に本音を打ち明けてくれたことで、グッと距離が近くなったような気がした。
「大丈夫だ。いざとなれば、俺たちが守ってやるさ。そんなに背負うことはない。ここには仲間がいる。そうだろう?」
「ケネット少尉……ありがとうございます」
これを機にガーネットは少しだけ柔らかい雰囲気を纏うようになった。もっとも、フロールと同じでこの部隊のまとめ役には変わりはないがな。それによく俺に話しかけてくるようになった。
その視線に少しだけ色が混ざっているのは分かっていたが、俺は気がつかないふりをして接していた。いつかその感情に向き合う時がくるのかもしれないと、思いながら。
エインズワースには本当に世話になった気がする。いや、俺が世話をしたことの多い気もするが、あいつの生き様は俺に眩しくて尊敬すべき人間だった。
「ハワード! 筋トレ行こうぜ!」
「ハワード! 飯行こうぜ! お前の奢りな!」
「ハワード! 買い物行こうぜ! お前、荷物持ちな!」
と言ったやりとりは日常茶飯事だった。でも俺は妹ができたようで、文句を言いながらもそれに付き合っていた。その他にも以前話した時のように、エインズワースは真面目なことも語っていた。
「ハワード。私は思ったんだが、幸せ者だな」
「は? どうしたんだ、突然」
いつものように飯を食べていると、ふと彼女はそんなことを言ってきた。しかしそれは真剣な雰囲気だったので、茶化すことはなかった。
「私はずっと一人だった。孤独感を覚えていた。でも、この部隊にいると落ち着くんだ」
「……それは良かった」
「だから今後も奢ってくれよ?」
いつものようにニヤッと笑う。しかし、今日は奢ることはないがな。
「今日は割り勘だ」
「はぁ!!? なんでだっ!」
「食べ過ぎなんだよっ!!」
こんな風に怒鳴り合うのもどこか楽しかった。その他にも、デルクやフロール。それに中佐にも本当に世話になった。感謝してもしきれない。俺はこの部隊のことを本当の家族のように思い始めていた。
その中でもやはり特別だったのは、レイの存在だろう。
「レイ。筋トレしようぜ!」
「筋トレ……?」
出会った頃のレイは、この世界全てに絶望しているような人間だった。でもだからこそ、俺は根気強くレイに接し続けていた。俺だけじゃない。隊のみんながレイのことを愛していた。
そして気がつけばレイは大きく育ち、俺を超える魔術師になっていた。でもレイは決して驕ることなく愚直に努力を続けていた。
ただ淡々と努力する姿勢を俺は尊敬していた。
自分よりもずっと年下の相手だが、尊敬するのに年齢なんか関係ないだろう?
自分が尊敬に値すると認めれば、それはたとえ子どもであっても変わりはしない。
「レイ。今日も頑張ってるな」
「ハワード。まぁ、日課だからね」
魔術適性が高いこともあり、レイは成長が早かった。今はちょうど筋トレをしている最中で、俺はレイにタオルを持ってきたところだった。
「どうだ、調子は?」
「悪くないよ」
「そうか。よし! 俺も頑張るかっ!!」
レイとはかなり年齢が離れていたが、弟のように思っていた。その才能に嫉妬することもあったが、それでもはやりレイはしっかりと努力をしていた。才能があって、努力もできる。愚直に、冷静に、進んでいる姿を見て俺も負けられないという気持ちになった。
レイの存在には、本当に大きく励まされた気がする。直接言葉にするのは恥ずかしいが、いつか伝えることができたらいいと思っている。
俺は、レイに出会うことができて本当に幸せだったと──。
ついに300話です。ここまで続けることができたのも、読者の皆様のおかげです。改めて感謝を。本当にありがとうございます!!




