第274話 花見
「レイ、久しぶりだな!」
「おぉ。少し大きくなったか?」
レイに声をかけるのは、デルクとハワードだった。二人ともにその分厚い筋肉がよく分かる服装、つまりはシンプルにシャツにパンツスタイルだった。
そしてレイはそんな二人に対して、軽く一礼をする。
「デルク。それにハワードも。久しぶり。身長は多分伸びてないと思うけど」
レイはデルクとハワードに対して呼び捨てで呼ぶ。それはレイが勝手にそうしているのではなく──そうしているのは、キャロルだけである──デルクとハワードがそう言ったのだ。
呼び捨てにして友人のように接していきたいと。
その要望もありこの三人の距離感はかなり近くなっている。レイの交友関係は特殊選抜部隊に限られてくるのだが、全員ともにすでにそれなりに打ち解けてきている。
その中でリディアは特別なのだが、デルクとハワードにはある一点において特にレイと繋がっている部分があった。
「それにしても、レイも筋肉に目覚めてきたようだな。ハワードから話を聞いたぜ?」
ニヤッと笑うデルク。
そう。この三人に共通しているのは誰もが筋肉を愛しているということだった。レイが肉体のトレーニングに真剣に励んでいるのは、やはり環境的な要因が大きいだろう。
部隊の中でもリディア、デルク、ハワードはもはや筋肉狂信者といっても過言ではない。家ではリディア、外ではデルクとハワード。その圧倒的な肉体に囲まれ、目の前でトレーニングを重ねている人間が多くいる。
それだけでレイが筋肉を愛し始めるのは十分だった。もっとも成長期も考慮してトレーニングはある程度はリディア達に制限されているのだが。
「うーん。師匠にもよく言われるけど、自分だとよくわからないんだよなぁ……」
ボソリと呟くレイを言葉を、ハワードが補足する。
「いや、レイは間違いなくかなりデカくなってきている。成長期もあるだろうが、かなり質のいい筋肉に仕上がってきているぞ! レイ、自信を持て!」
「あはは……ハワードがそういうなら、そうなのかもね」
と、レイは苦笑いを浮かべる。
三人がそうして談笑しているのを、他のメンバー達はじっと見つめていた。
「レイは明るくなったね」
「はい。三年でよくここまで変わったかと」
ヘンリックの隣にはフロールがいた。彼女もまた今回の花見には参加している。彼女は昔から孤立して、一人でいることが多かったのだがこの特殊選抜部隊に入ったことで大きく変化し始めていた。
当初はレイを引き取ることにはかなり反対していたのだが、今となっては影からレイのことを観察したり、リディアに忙しなく教育について教えているほどだ。
リディアは色々と辟易しているが、それでもフロールは心配せずにはいられないようだ。
「よし! 今日はめっちゃ食うぞー!」
リディアのその声を合図に、全員でさっそく花見を開始する。もともと王国には花見という文化はない。そのため、公園にはほとんど人はいないのでほぼ貸し切り状態だ。
今回の花見を提案したのは、キャロルだった。
せっかくこんなにも綺麗な春なのだから、みんなで花を見ながら食事でもしようと。
「今日はみなさんのためにたくさん作ってきました」
そう言葉にするのはレイだった。彼は昨晩から仕込みをして、早朝から全員の分の食事を作っていた。今回は特殊選抜部隊は前日まで任務があったので、レイ一人で準備することになった。
流石にそれは悪いと思うメンバーもいたが、レイは遠慮しないで欲しいと言った。
彼は当時のことをあまりよく覚えていない。しかしそれでも、自分の境遇のことは理解している。それに引き取ってくれたリディアに感謝しているし、部隊の全員もレイのことを気にかけてくれている。
それは決して軍の上層部に彼のことを監視していろ、と言われただけではない。
そこには確かな人としての愛情があったからだ。
「ん! 美味いなぁ! 流石は私の弟子だな!!」
「まぁ……師匠が料理を作らないので、自分でやることに慣れたというか……」
「あ? 今何か言ったか?」
「いえ、何も!」
その声音、視線は明らかに殺意を含んだものだった。レイはもちろんリディアには色々な意味で頭が上がらないのですぐに否定する。すでに経験していることだが、リディアを怒らせると本当に大変なことになると彼は知っているからだ。
「レイ。料理上手くなったな」
「ガーネット少佐がいつも教えてくれたからこそです」
「いや、レイもしっかりと努力したからな。料理に関してはリディアは全くダメでな。その点、レイはもうその歳で十分な技量だ」
「ありがとうございます」
と、アビーに褒められているとレイの隣にはズイっとキャロルが近寄ってくる。
「レイちゃーんっ!」
「うわ……っ!」
ギュと抱きつくと、キャロルは自分の頬をレイに擦り付ける。レイは「キャロル、離せっ!」というのだが、なぜか完璧に動けなくなっているので彼はどうすることもできなかった。
「キャロキャロも教えてあげたもんね? ね?」
「ま、まぁ……そうだが……」
「キャロキャロにはお礼はないの〜?」
まるで小動物が甘えるような視線。レイはキャロルの扱いは割とぞんざいだが、感謝していることも多い。何かと世話をされている自覚が彼にもある。
そしてレイはボソッと小さな声で礼を述べる。
「……ありがとう、キャロル」
「もうっ!! 本当に可愛いいいいいいいいいいいいっ!! ねね、ちゅーしてあげるっ!」
「う、うわあああああ! 助けてえええええええっ!」
あろうことかキャロルがレイの頬ではなく、口に直接キスしようとした瞬間。キャロルの頭はガシッと掴まれる。
「キャーロールー? お前、最近レイへのスキンシップが激しいよなぁ? そのことは注意したはずだよなぁ?」
鬼の形相、とまではいかないが明らかに怒気を漏らしているリディアがそこにいた。彼女は右手で思い切りキャロルの頭を掴んでいるが、キャロルは全くそれを気にしていないようだった。
常人ならばその痛みで叫びをあげそうなものなのだが……。
「えー? 何のことぉ〜? キャロキャロは常識の範囲内でスキンシップをしてるだけだよぉ〜?」
「お前の常識の中にはキスも含まれているのかっ!」
「うん! レイちゃんのファーストキスはキャロキャロがもらうもんねっ!」
「ほう……今日こそ決着をつけるべきだな。表に出ろ、キャロル」
「望むところだよっ! ふふんっ!」
そして二人は立ち上がると、そのまま魔術を使って喧嘩を初めてしまった。もうすでに部隊のメンバーも慣れているので特に止めることはない。
あぁ、またやってるな……と思う程度だ。
「あの。いいんでしょうか」
「ほっとけ、ほっとけ。あの二人はいつもだろ?」
ハワードはアルコールを飲んでいるようだが、酔っている様子はなかった。そしてその会話にはヘンリックも参加する。
「あぁ。きっと、時間が経てば落ち着くだろう」
「そうですか……まぁ、いつもそうですよね」
その後。
キャロルとリディアの喧嘩はアビーによって止められた。現在はアビーに説教をされており、二人とも頭を下げて正座をしている。
そんな様子をレイは苦笑いをしながら見つめていた。
「はは。本当にいつも通りですね」
「全く。あの二人は本当に……」
そうレイの隣で声を漏らすのはフロールだった。やれやれと言わんばかりに、頭を左右に振る。
「レイ。あなたが望むなら、私の家に来てもいいのよ?」
「フロールさんの申し出はありがたいですけど……やっぱり、師匠には恩がありますので」
「そ。ま、また今度遊びに来なさい」
「はい。また伺わせていただきます」
そう言ってフロールはレイの頭を優しく撫でる。
その様子をニヤニヤとしながら三人の男性陣がじっと見つめていたのに、フロールはハッとしてから気がついた。
「ふむ。やはり人は変わるものだね」
「えぇ。あのお堅いフロールがここまでになるとは」
「ははは! やっぱりレイは人気だな!」
そう言われて、フロールはかぁ……と自分の顔が真っ赤に染まっていくのを感じた。
「べ、別に私はそんなつもりはっ!!」
特殊選抜部隊。この部隊でレイは人としての心のあり方を取り戻しつつあった。だが、この平穏な日々は決しては長くは続かなかった──。




