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第268話 動向


「それでガーネット少尉。レイの調子はどうなのかな?」

「は。資料にまとめましたので、報告いたします」


 ヘンリックの書斎へとやってきていたアビー。どうして彼女がここにいるのか。


 それは、レイの動向を知らせるためだった。


 軍の方も彼をただ善意で保護するという目的はない。それならば、元々あった案である孤児院に入れる、または養子として引き取ってもらうなど選択肢はいくつかあった。


 それを特殊選抜部隊アストラル──その中でもリディアに面倒を見させているのは、別の目的があるからだ。


「お手元の資料にあるように、運動センスは抜群のようです。リディアはレイの能力を測るためにそうしているわけではないようですが。おそらくは、無意識のうちに内部インサイドコードを働かせていると」

「……ふむ。ん? これは全て事実なのかい?」

「は。私も初めはリディアが誇張しているだけと思っていましたが、実際にこの目で見てきた事実を報告書にまとめております」

「……これは、なんというか」


 ヘンリックは改めて資料に目を通す。そこにはおおよそ、あり得ないことが書かれている。そうしてアビーはここ数日であった、リディアとレイについて語り始めるのだった。




「リディア。また行くのか?」

「あぁ。レイはまじで、天才だぞ!? 今日はテニスを教えるつもりだ。私の百八ある秘儀を伝授してやろうと思ってな!!」


 ニコニコと笑いを浮かべる。リディアは基本的に機嫌が悪い時は少ない。むしろ笑っている時の方が多い。


 しかし今は、なんというべきか……とても印象が柔らかくなっているような、そんな感覚をアビーは覚えていた。


 今までは孤高の天才ということで、張り詰めた雰囲気をしていることが多かった。笑っているとは言っても、それは自分の実力に対しての自信をひけらかしているようなものだった。


 しかし、レイと過ごしているリディアは変化してきている。


 彼のために色々と教えてあげようという意思が感じ取れるのだ。


「……私も行ってもいいか?」

「ん? 今日は仕事はないのか?」

「あぁ。昨日のうちに全て仕上げている」

「そうか。なら、アビーも来るかっ!」


 昨日、アビーにはレイの動向を探るように軍の上層部より直々に命令が降りていた。それを実行するためにも、彼女はリディアとレイに同伴することが決定。


「……くるの?」


 レイはいつもリディアと二人だったので、どうやら一緒に来るアビーに対して不思議に思っているようだった。


 アビーは腰を下ろすとレイと視線を合わせる。


「あぁ。今日は私も一緒だが、いいか?」

「……うん。いいよ」


 まだ視線を合わせてはくれないが、会話はできるようになってきていた。そしてアビーはそんなレイに笑顔を浮かべると、三人でテニスコートへと向かうのだった。



「よーし、レイ。今日はテニスをするぞっ!」

「……うん」


 その小さな体には大きすぎるラケットを抱えているレイ。一方のリディアはぽんぽんとラケットでボールを弾ませるとそれを器用にラケットの淵で受け止める。


 アビーといえば二人の様子をベンチで見守っていた。


「まずはちょっと実演しよう」

「……わかった」


 そしてリディアは自分でボールを弾ませると、タイミングよくラケットを振り抜いた。するとボールは綺麗な縦のスピンがかかって、向こう側のコートでバウンドする。


 綺麗にコーナーをついたそのボールの軌道を見れば、リディアの技量がかなりのものなのは明白。


 レイはその一連の動作を見てコクリと頷いた。


「理解したか?」

「……うん」



 アビーはそれを見て、内心で思う。


 ──いや、理解したか? じゃないだろう。今のだけで打てるようになるわけがないだろう。全くリディアは教える方は才能はないようだな。


 そう彼女は考えていたが、次の瞬間。


 その目にあり得ないものが映るのだった。



「おぉ! 流石はレイだな! いいスピンだ!」

「……」


 レイはその小さな体で、向こう側のコートにボールを入れた。スピンも綺麗にかかり、それはもう美しい軌道を描いていた。それに特筆すべきなのは、しっかりとコートの四隅にボールを狙って打っていることだった。


 それはリディアの真似をしただけなのだが、あまりの素晴らしい技量にアビーは大きな声をあげて立ち上がる。


「……はぁっ!!? おい、リディア! レイはテニス初心者だよな!!?」

「そうだが? 基本的にスポーツの類はしたことがないらしい」

「いやいやいや、なら今のはおかしいだろう!!」

「はぁ……? お前は何を言っているんだ?」


 訝しげな瞳でアビーのことを見つめる。それはまるで、こいつは何を言っているんだ? と言わんかばかりの瞳だった。


 しかしそれはきっと、リディアがレイの運動神経に慣れてしまっているからだろう。普通の人間ならばアビーのような反応が当然である。



「テニスの初心者が、お前と同じ軌道でボールを打ったんだぞ!!」

「そうだな」

「おかしいと思わないかのかっ!!」

「ふふ……ふふふ! レイは、才能があるんだ! ははは! 師匠に似たのかもなっ!!」

「……」


 いや、まだレイと出会ってそれほど時間は経っていないだろう、というツッコミが出ることはなかった。


 アビーはリディアに聞いてはいた。レイはかなり運動神経がいいと。でもそれはきっと、子どもの範疇の話だと思っていた。きっとリディアが誇張して話しているのだろうと。


 しかし今の一連の動きだけでも、レイが只者ではないということを理解した。


「よし、レイ。次は私の必殺ショットを教えてやろう。相手を場外まで吹っ飛ばしたり、バウンドしないドロップショットもお前ならできるはずだ」

「……うん」


 テニスラケットを両手で抱えながら、レイはそう返事をした。そこから先、アビーが見た光景はおおよそ異次元な世界であった。


 元々リディアはイカれた運動神経をしているので、異常なショットを打てるのは知っていた。それは学生の頃からずっと知っていることだった。


 だが目の前ではリディアのそのイカれたものを再現している小さな少年がいるのだ。まだ背丈も筋肉も足りていないというのに、レイはその小さな体でリディアの超次元のショットを再現しているのだ。


「おぉ! レイも零式ぜろしきを打てるようになったか! 一瞬だな!」

「……かんたん」

「なら次は、波動球だな!」

「……まかせて」


 そしてレイは次々と超次元のショットを放っていく。その様子を見てアビーはただ、呆然とするしかなかった。


 今まで彼女は自分は冷静な人間であると思っていた。いやその評価は間違いない。しかし今はおそらく、人生の中で一番動揺しているのは間違いなかった。


「よし、レイ。次はトリプルカウンターを教えてやろう。これはどんなボールでも返せる最強の技だぞ?」

「……がんばる」


 繰り広げられる異次元テニス。そしてしばらくして、二人は休憩をしにベンチにやってきた。


「……リディア」

「ん? どうした?」

「レイは何者なんだ?」

「はぁ? そんなのお前も知ってるだろ」

「いやそう意味ではなく、あの運動神経は何だと聞いている」

「前からレイが凄いのは話していただろう? 報告書にもまとめていたし」


 アビーは頭に手を当てて、今までの自分の言動を省みる。きっとリディアのことだから盛っているのだと思っていた。


 ヘンリックもそう思い、今回正式にアビーに依頼したのだ。


 だが、アビーが目の前で見たのはリディアの報告書通りの内容だった。彼女は全く話を盛っていない上に、正確に情報を伝えていたのだ。


「……リディア。今回ばかりはすまない」

「は? 何のことだ?」


 頭を下げるアビーを見て、不思議そうな表情を浮かべる。そうしているとレイがアビーの前に立っていた。


「レイ。お前はすごいな」

「……すごい?」

「あぁ。このアホに連れ回されて、可哀想などと思っていた私が間違いだった」


 その後ろからは「おいっ! そんなことを思っていたのかっ!」という声が聞こえたきたが、無視するアビー。そうして三人で談笑していると、その場にはキャロルがやってくるのだった。


「やほやほ〜☆ キャロキャロがご飯作ってきたよ〜☆」


 今日も派手な髪型に派手な服装。大胆にも胸元は溢れそうな大きな双丘の谷間が、ありありと見えていた。


 そんなキャロルは右腕にバスケットを抱えていた。


 そうして四人で昼食を取ることになるのだった。

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