第263話 思わぬ方向へ
「おーい、レイ。遊びに来てやったぞー!」
そう言って室内に入ってくるのはリディアだった。
彼の名前はレイ。年齢は五歳。それしか情報は分からなかった。ファミリーネームの方を聞いても、覚えてないとボソリと呟くだけだったからだ。
それ以外の情報はあえて訊かないようにしている。それはやはり、彼のメンタル面を考えてのことだった。あの時のことを思い出しては、辛い思いをするだけ。
すでに調べはついているが、あの村の人間は全員が死んでいた。つまりは彼の親族も全員死に絶えているということだ。その事実をすでに理解しているのかは分からないが、今はそっとしておくべきだろうという判断になった。
現在はこの小国への派遣任務も終わりに近づき、彼を連れて王国に戻る予定である。その後は孤児院に預けるのか、または養子を欲しがっている家に渡すのか、そこはまだ決めかねている段階だ。
「ん? キャロル。何してたんだ?」
「ふふんっ! キャロキャロだって、レイちゃんに好かれてるもんねっ! 今日は絵本の読み聞かせをしてたんだよっ!」
「……そうか」
ふっと優しい笑みを浮かべる。
この部隊において一番レイのことを親身に面倒を見ているのはキャロルだった。もちろん他のメンバーもやってきて、彼の様子を窺っている。しかし、今はあまり人は多くない方がいいだろうということで、キャロルが主に彼の相手をしている。
もちろんそれは、キャロルに押し付けられたというわけではなく、彼女がそう申し出たのと一番適性が高いからだ。
始めはリディアにしか反応を示さなかったのだが、今はキャロルの声にも反応するようになっている。
「ねね。レイちゃん。私の名前、言えるかな?」
と、突然そんなことを尋ねてみる。ニコッと微笑みかけて、彼に自分の名前をいてもらうように促してみる。
するとレイは、ボソリと小さな声でその名前を告げた。
「……キャロル」
「あ、あれ〜? お、おかしいな〜? キャロキャロって呼んでもいいよ〜、って言ったのにな〜? ねね。レイちゃん。キャロキャロって呼んでみて〜?」
その愛称を自分でも気に入っているのか、キャロルはもう一度レイにそう念押ししてみる。だがレイは同じ返答をするだけだった。
「……キャロル」
それを見て、リディアは腹を抱えて笑い始める。
「ククク……くはははははははっ! レイ、キャロルの扱いを分かっているじゃないかっ!」
その笑い声はこの室内に響き渡る。キャロルとしては面白くないのか、ぷくーと頬を膨らませる。
「もうっ! リディアちゃんは笑すぎだよっ! 全くもうっ!」
怒っているようなそぶりを見せているが、キャロルもこの雰囲気が好きだった。そして、二人はふと気が付く。
レイが微笑んでいるような気がしたのだ。
「あ、今笑ったよねっ!?」
「あぁ。私にもそう見えたな」
「……」
しかし、表情はすぐにいつものように暗いものに戻ってしまう。心を開くのはもっと時間がかかる。それは全員で共有していることだった。
「よし、レイ。今日は私の武勇伝を聞かせてやろう」
リディアは椅子を持ってくると、彼の側に座る。
ここ数日。リディアはずっと自分の武勇伝を語っている。それは自分が話せる面白いことはそれしかない、という理由もあるのだが……レイはリディアに関しては反応がいいのだ。
そして今日もまた、リディアは自分の武勇伝を語るのだった。
「リディア。どうだった?」
食事を取っていると、近づいてきたのはアビーだった。リディアはチラッと彼女の顔を見ると、ニヤッといつものように笑う。
「ふふ。今日はレイが少しだけ微笑んだ気がしてな。それに、あいつはキャロルの扱いをよく分かっている。実は──」
先ほどあった出来事を語る。
すると滅多に笑わないアビーだが、彼女も声を出して笑い始める。
「あははははっ! それは傑作だなっ!」
「だろう? 最高に面白かったさ……ククク」
思い出し笑いをして再び声を漏らすリディア。そして二人は、今後について話し合う。
「リディア。今後の予定だが、二週間後には王国に戻る予定だ」
「……そうか」
「で、レイの処遇だが」
「見つかったのか? 引き取り先が」
「いやまだ見つかっていない。そもそも、今回は状況が特殊だからな。それに彼の場合は少し気になることがある」
「もしかして、あのことか?」
「あぁ」
気になること。
それはあの村で行われていたという儀式。その内容は神を下ろすというものだったが、調べれば調べるほど謎に包まれていく実態。
レイという少年はその村の生き残り。さらにはどうやら特殊な第一質料を保有しているのは間違いない。彼女たちとしても、今後の扱いは慎重にするべきだと分かっている。
「可能性の話にはなるが、あの村での儀式とやらを受けているのかもしれない」
「それがあの第一質料の正体だと?」
「憶測だがな。少佐とも話し合ってみたが、まだ真実は不明だ」
「これはあくまで感じたことだが、レイの第一質料は間違いなく特殊だ。それはきっと、私のものに近いのかもしれないな」
「リディアは普通の魔術師とは違うような」
「あぁ。私の場合はどうやら、コードに対する適性が高いようだが」
第一質料は個人によって異なるのは有名な話だ。それはコード理論で使用される時に顕著に現れる。リディアの場合は、異常なまでのコード適性を示している。
一方のレイは、リディアに近い形質を持っているのは調べた結果分かった。だからこそ、部隊では彼の処遇について考えている最中だった。
このまま彼を孤児院に入れてもいいのか、それともこのまま彼の世話をするべきなのか。
いや全員分かっていた。正しい判断は、レイを孤児院などに預けることが正解だと。いくら能力があろうとも、不思議な点があろうとも、任務の妨げになる存在になるのは間違いない。
しかし、リディアはレイを見て思うのだ。彼がどうにも他人には思えないと。それはいわば、同情のようなもの……と思われるが、実際のところはシンパシーのようなものを感じる。
あの時の出会い。
それが偶然だとはリディアは思えなかったのだ。
「レイは……どうするべきだと思う。アビー」
「それは王国に戻って孤児院か、それとも養子として引き取ってもらうべきだろう」
「だよな……」
分かっている。理解している。
自分はまだ十六歳の子どもであることに変わりはない。いくら魔術師としては完成の域に達しつつあるとはいえ、子どもの面倒を見ることはできない。
それはあくまで感情ではない、論理的な話である。その一方で、彼女の感情は訴えている。このまま彼を、誰かの手に渡してはいけないと。
それは予感。
リディアの心の中ある違和感。
「まさか、引き取ろうと考えているんじゃないだろうな?」
「流石の私も、そこまで考えてないさ……」
そうは言っているが、表情はそうは言っていない。何か悩んでるような顔をしているが、アビーは何もいうことはなかった。
それは彼女も同じような気持ちだったからだ。またきっと、そうなってしまえばキャロルが荒れてしまうのは自明。しかし、そこまで感情的になってしまう方がおかしいのだ。
彼はただの赤の他人。いくら可哀想だと思っても、それだけは変わりようがない事実。
二人はそう自分に言い聞かせる。
しかし事態は、思わぬ方向へと進んでいくのだった。
本日より隔日更新(二日に一回)にしていきます。基本的に更新時間はお昼の12時ごろです。それでは今後とも本作をよろしくお願いいたします!




