第262話 少年の道筋
「なにぃ? 保護ができないだと? そんなバカな話があるのか」
「あるみたいだ。どうやら今回の件、こちらが思っているよりも根が深いようだ」
少年を助けた特殊選抜部隊たちは、ある問題に直面していた。
それはこの国では助けた少年を保護しないというのだ。そんなことがあり得るわけがないとリディアは言うが、それは実際に相手の国から伝えられた真実であった。
「なんでも、少年がいた村は特殊な環境だったらしい」
「特殊な環境?」
現在は他の隊員は別の任務でいないため、この国が用意した駐屯基地でアビーの話を訊くリディア。
少年を助けてからすでに一週間が経過しており、あの紛争の後処理を手伝っている最中でもあった。
「あぁ。なんでも、この小国の中に存在はしているがもともとは独立した村を形成していたらしい。それはずっと変わることなく、この国に所属はしているがそれは形式的なものだったようだ」
「しかし、それだけじゃないだろう。国民を見捨てる国が存在するのか?」
「……呪われた村」
アビーはボソリとその名称を呟く。
「呪われた村だと?」
「あぁ。なんでも、儀式を行って神を下ろすとかなんとか」
「神ねぇ……この時代にそんなことを言う奴がいるとは」
「しかし、一概には否定できない。昔から儀式的なものは行われてきた。その歴史も王国にはある」
「分かってはいるが、今はコード理論により魔術そのものが暴かれつつある。今更、神の存在をどうとか言う奴がいるのか?」
それは率直な感想だった。
リディアの言うとおり、そもそも世界はコード理論の体系化によって技術的な躍進を遂げた。今までは神の御技と言われていたものが、論理的に暴かれたのだ。
もちろん未だに神の存在を信仰する人間はいるが、現代に於いてその数はかなり少なくなってきている。
また信じるだけならばまだしも、閉鎖的な村で儀式を伝統的に行っているなどという話は聞いたこともなかった。
「そこは私たちが魔術大国出身だからそう思うのだろう。現実として、こうしてそんな村が存在しているのは間違いない」
「もしかして、今回の紛争はそれに関連しているのか」
「あぁ。この資料に目を通して欲しい」
すでにヘンリックから資料を受け取っていたアビーは、それをリディアに共有する。
「……村の秘宝を手に入れるために、ゲリラが襲撃。しかし、実際は共倒れ……ということか」
「村の秘宝。それが何かは私たちはまだ把握していない。そして、ゲリラの存在も遺体を確認したがどこの出身かも分からない。あまりにも損傷が激しすぎたからな。それに、あの少年だが彼はずっとあの場所にいたようではないようだ」
「は? それはどういう意味だ?」
「今回の紛争が起きたのは、二週間前だ。つまり彼は一週間ほど自力で彷徨っていたらしい。あの場所にたどり着いたのは偶然、と判断している」
その言葉を聞いて、リディアは考える。彼女があの少年の存在に気がついたのは、溢れ出る第一質料を感じ取ったからだ。
しかし、後で話を聞くと誰も第一質料を知覚できなかったと言う。
彼が特別なのか。それともリディアが特別なのか。
どちらにせよ、リディアはあの少年には何かあると感じ取っていたのだ。
「で、結局のところあの少年はどうするんだ?」
「こちらで引き取る手続きはすでに終了している。どうにも、彼は疎まれているようだったからな。王国の孤児院への手配も進行している最中だが、状況が状況だな。すぐに向こうに送るのは難しいだろう」
「そうなるよな。ということは、しばらくは私たちで保護するのか?」
「そうなるな。幸いなことに、この周囲の紛争自体は鎮火しつつある。それに、前線にでないキャロルや少佐も面倒を見てくれるという話だ」
その話を聞いて、リディアはホッと胸を撫で下ろす。魔術による紛争が広がっていく中で、助けることのできない命は数多く見てきた。
その中で救うことのできた命があって、彼女は嬉しく思っていた。自分もまた誰かを救うことができてよかったと。
だが心の中にある違和感は拭い切れていなかった。
「よし。じゃあ、あの子どもの様子でも見るか」
「言うのが遅れたが、意識は戻っているそうだ」
「何? それを早く言えよっ!」
と、軽く怒鳴りつけるリディアだがアビーの表情が暗いことに気が付く。
「何かあったのか……?」
真剣な声音でそう尋ねる。
「きっとあの少年はあまりにも凄惨な光景を目の当たりにしたに違いない。あの現場は見ただろう? あそこに二週間も一人でいたんだ。心を閉ざすのは、無理もないだろう」
「……分かった。とりあえず、様子を見にいく」
そして彼女は部屋を出ていくと、その少年が休んでいるという場所へと向かった。距離はそれほど遠くなく、この基地の中にある一室。
そこに到着すると、すでにキャロルが彼に話しかけていた。
「あのね。お名前はなんていうのかな?」
「……」
「自分が何歳とか、分かるかな?」
「……」
ベッドから体を上半身だけ起こして、彼は呆然としていた。目は開いているし、呼吸もしているようだ。容体自体は安定している。
キャロルは優しい声で、ゆっくりとそう尋ねる。彼と目線を合わせて、じっくりと対話をすることを試みているようだった。
「──キャロル」
「リディアちゃん」
振り返ると、少しだけ目に隈があるキャロルがそこにいた。ここ最近はあまりの忙しさに眠ることができず、キャロルは心身ともに限界に近かった。それでも、彼の相手をするのだと思ってこうしてこの場にいる。
彼女は誰よりも、情に厚い人間だからだ。
「容体は?」
「安定してるよ」
「じゃあ……」
「うん。私の声だけじゃない。他の人の声にも、全く反応がないの」
近づいていく。
その少年はあまりにも痛々しい姿をしていた。その瞳にはまるで暗闇しか映っていない。体からも生気を感じることはできず、ただじっと虚空を見つめているだけだった。
「お前、名前はなんて言うんだ?」
尋ねる。
リディアもまた、自分の声に反応がないことは分かっていた。しばらくしても、彼から返事が返ってくることはない。
「……どうやら、ダメみたいだな」
「うん。でも、私がちゃんと面倒を見るよ。だって、この国にも見捨てられるなんて……あんまりだよ」
涙ぐんでいるのか、キャロルは少しだけ涙声になっていた。きっとそれは彼の境遇に同情しているからだ。
「今のところ、私にできることはないな。キャロル、あとは任せた」
「うん。またね、リディアちゃん」
と、少年のもとを去ろうとした瞬間だった。リディアは後ろから軍服を掴まれた感触を覚える。始めはキャロルかと思ったが、流石にそんなことをするはずはない。
呼び止めるのならば、声をかければいいからだ。
ならば彼女を静止させたのは誰なのか……それは──。
「……レイ」
小さな声が二人の耳には届いた。リディアはすぐに腰を下ろして少年と目を合わせると、もう一度尋ねることにした。
「名前、レイっていうのか?」
「……うん」
依然として表情は暗い。それにその瞳も闇に染まり切っている。しかし、リディアに対してはなぜか答えたのだ。
「年齢は分かるか?」
「……五歳」
「そうか。ありがとう」
ギュッと優しく包み込む。そうすると彼は疲れが残っているのか、眠りについてしまった。
「……名前はレイ。年齢は五歳、か」
「リディアちゃんのこと覚えていたのかな?」
「助けた時の記憶か?」
「うん。だから、答えてくれたのかなって」
キャロルの問いに明確な答えなど持ち合わせてはいないが、彼女はその可能性もあると思っている。
ともかく、彼の名前と年齢が分かった。それだけでも大きな進歩なのは間違いない。
「そうかもしれないな。ともかく、このことは報告していこう。それにしばらくはうちの部隊にいるんだろう? 色々と準備しないとな」
「うんっ!」
レイが心を開くまで、まだまだ時間はかかりそうであった。
ついにここまできましたね。レイとどのように接していくのか、ご期待ください。
また隔日更新できるように書き溜めをしているので、更新頻度も近いうちに上げていこうと思います!!
書籍版第1巻も好評発売中なので、まだの方は是非ともよろしくお願いいたしますー!




