第223話 彼女たちの行末
レイと別れた二人は、ルーカス=フォルストと対峙していた。このような状況がいつかやってくることは、すでに予測していた。
だからこそ、二人はレイに先に行くように促したのだ。
たとえ七大魔術師であろうとも、絶対にここで食い止めてみせると。
そう思っているのだから。
「アリアーヌ……時間を稼いで」
「まさか、アメリア。もう使う気ですの?」
「もうなり振りかまっていられる状況じゃないわ。分かるでしょ、あの圧倒的な質料領域を」
「……分かりましたわ。わたくしが食い止めます」
その瞬間。アリアーヌは、固有魔術である鬼化を即座に発動させた。
彼女のその綺麗に伸びるしなやかな四肢には、赤黒いコードが可視化されるようにして、一気に走っていく。
そして、アリアーヌはそのまま思い切り地面を踏み締めて駆け抜けていく。初めからトップスピードで迫り、ルーカス=フォルストの鳩尾に拳を叩き込もうとするが……。
「疾い。それに、威力も申し分ない。やはり素晴らしいね」
その言葉を聞いた瞬間に、唖然とする。
そう。アリアーヌが必中と思って放った拳は、いともたやすく避けられてしまったのだ。しかし、そこで諦めるような彼女ではない。
今までのレイとの訓練を通じて、格上と戦うことには慣れている。
むしろ、ここで諦めてしまっては全てが終わってしまう。
──これくらいで、折れたりはしませんわっ!!
その後。アリアーヌは果敢に攻める。それこそ、ルーカスが【秘剣】を発動する余裕を与えないように。
まだ、【秘剣】は発動させてはならない。また、アメリアが因果律蝶々を発動するまでの時間を稼ぐ必要がある。
その想いから、アリアーヌは自身の体の性能を限界まで引き出して、ルーカスに相対する。
だが、相手も伊達に七大魔術師ではない。アリアーヌの発動している魔術は、固有魔術。
さらには、それは内部コードを極めた先にたどり着くものだというのに、彼はアリアーヌの攻撃をただ淡々と捌いていく。
「そろそろか……」
ボソリと呟いた瞬間、ルーカスの姿が目の前から消え去った。
「──アメリアッ!!」
すぐに追いつけないと悟った彼女は、後方のアメリアに向かって大声を上げる。
ルーカスは虎視淡々と狙っていたのだ。アメリアが因果律蝶々を発動させるその瞬間を。おそらくはもっとも、警戒が緩んでしまうその刹那。
発動させる直前の、わずかな硬直。その瞬間は、他の魔術へと切り替えることはできない。またアリアーヌの意識が僅かに緩んだ隙をついた、一瞬の攻防。
「──大丈夫よ。もう、因果は成立してるから」
《第一質料=エンコーディング=物資コード》
《物資コード=ディコーディング》
《物資コード=プロセシング=四原因説=質量因=形相因=作用因=目的因》
《エンボディメント=因果律》
「──因果律蝶々」
ルーカスが迫る直前。
アメリアの背中から、瞬く間に大量の紅蓮の蝶が舞い上がる。それはまるで、蝶たちの炎舞。パラパラと舞い散るのは、真紅の第一質料。
ルーカスはアメリアの魔術術式の構築を、完全に読み取っていた。だからこその、タイミングだった。狙いは必中。
確実にここで沈めることができると、そう予想していたのだ。
だというのに、目の前に顕現するのは無限の紅蓮の蝶たち。螺旋を描きながら、溢れ出るその蝶は間違いなく因果律蝶々が発動した証拠。
今の一連の攻防でルーカスは悟った。これは、囮であったと。
アメリアは最後の最後で、一気にコード構築を加速させたのだ。そもそも、コードを走らせることに速くしたり、または遅くしたりなど普通はしない。
最後まで最高速でコードを走らせるのが普通の魔術の考えである。
それは七大魔術師であっても、例外ではない。だがアメリアは自分のコード構築の速度を囮に使ったのだ。
それはリーゼとの訓練で獲得した、彼女の成果でもあった。
すでにアメリアのコードを構築する技術は、七大魔術師に迫るものであった。
「……やむを得ないか」
ルーカスの足は、止まることはなかった。因果律蝶々が発動してしまったのならば、それを考慮した上で戦えばいい。
彼は刀を納刀。そして、アメリアに向かって躊躇なく【秘剣】を放つ。
「第八秘剣──残照暗転」
眩い光がこの空間を支配すると、一気に視界が暗転する。
ルーカスはその視界の封じられた世界で、アメリアの元へと潜り込むと……そのまま一閃。
確実にその刃をアメリアに直撃させたが……。
「無駄よ。もう、この世界の因果は成立しているもの」
悠然と佇むアメリアの周囲には、さらに真紅の蝶が溢れ出てくる。
すでに、アメリアは因果律を成立させている。
それは、【ルーカスの攻撃が当たらない】という結果を生み出しているのだ。そのため、必中であったはずの彼の【秘剣】はその因果を狂わされてしまった。
必中であった。しかし、それはアメリアに届きはしない。まるで意図的に自分から避けているように、刀はアメリアの直前で歪む。
彼は一旦、二人から距離を取ると、再び納刀してじりじりと睨むつけることで二人に牽制をかける。
──因果律蝶々。やはり、あまりにも厄介な能力だ。発動されてしまったからには、もう僕にはあれを突破するだけの能力はない。しかし、問題はおそらく……時間だろう。
ルーカス=フォルスト。
彼はただ戦闘能力が高いだけではない。その頭脳もまた、こと戦闘においてはキレるのは間違いない。
今の攻防は、ただアメリアの因果律蝶々の性能を測りたいと思っただけである。何も無駄に、【秘剣】を放ったわけではない。
その結果、【秘剣】であってもあの因果律を統べる蝶の前では、全てが無力だと理解する。
仮に、アメリアが攻撃に因果律蝶々を使用しているのならば、まだ活路はあった。ダメージをもらいつつも、圧倒的なスピードと【秘剣】によって切り捨てればいいのだから。
しかし、アメリアはそのことを理解していた。因果律蝶々の能力の成立上、戦闘で使用するならば防御をするために構築したほうがいいと。
絶対防御。
物理的な防御ではなく、因果律を支配した完全なる防御。それは、【絶刀の魔術師】であるルーカスでさえ、突破できるものではなかった。
因果の接続。今、この世界の、この場所の因果律は全てアメリアの支配下にあった。
「……フッ」
肺から一気に空気を吐き出すと、彼が次に狙うのはアリアーヌだった。
因果の成立は、おそらくは一箇所にしか結びつけることはできない。今であれば、アメリア=ローズという対象に攻撃が当たらない。
ならば、単純にアリアーヌ=オルグレンを狙えばいい。そう考えるが、彼の攻撃はアリアーヌにも届くことはなかった。
空を切り裂いた刀をじっと見つめると、ルーカスはボソリと呟く。
「因果律は、同時に二箇所発動できる? いや、それはあまりにも強力すぎる。考えられる仮説は──」
アメリアは、因果律を同時に発動させることはできない。しかし、瞬間的に切り替えることはできる。
相手が複数であれば、この戦法は通用しないが、今はルーカス一人。彼一人であれば、原因だけを固定して、結果を操作すれば原理上は可能だった。
そのルーカスの推測は的を射ていた。
そして、ヒュッとその場で刀を振るうと上段に構える。
「やっぱり、僕の予想通りだ。ここから先は──我慢比べだ」
持久戦。
ここに持ってくるのは、ルーカスの様子通り。しかしそれは、アメリアの思惑通りでもあった。
このような展開になれば、必ずルーカス=フォルストは持久戦を強いてくると分かっていた。
互いに読み合う。その全ての攻防には、意味があった。
冷静に分析するルーカスと、それを全て読み切っているアメリア。
ルーカスは、この一連の戦闘で確信に迫っていた。
それは因果律蝶々の弱点だ。
因果律蝶々の唯一の弱点──それは発動時間。
以前よりも伸びているとはいえ、長時間発動できるものではない。
ここから先の戦いは、アメリアだけではない。一見すれば、アメリアがいなければ成立しない戦いだが、ここから先は彼女だけでは凌ぎ切ることは不可能だろう。
この戦いは、アリアーヌにかかっているといっても過言ではないだろう。
「アリアーヌ。私ができるのは、ここまでよ。あなたには絶対に攻撃を当てさせはしないわ。だから、思う存分に戦って」
「えぇ。分かりましたわ」
すでにアメリアの鼻からはツーっと血が垂れ始めていた。魔術領域暴走に限りなく近づいている兆候。
しかし、アリアーヌはそれを心配する素振りは見せない。
ただ、アメリアに任されたという事実を抱いて、彼女はたった一人で【絶刀の魔術師】に挑む。
制限時間はごくわずか。その間で、アリアーヌが決着をつけることができればそこで優勝は確定したも同然だろう。
互いに時間との戦い。
因果律蝶々が解除される前に、アリアーヌがルーカスを倒するのか。それとも、ルーカスが 因果律蝶々の解除まで耐え忍ぶ事ができるのか。
最後の戦いは、アリアーヌに託された。
「──行ってきますわ。アメリア」
そうして彼女は、幾重にも重ねるようにして新しいコードを走らせる。
《第一質料=エンコーディング=物資コード》
《物資コード=ディコーディング》
《物資コード=プロセシング=内部コード=操作》
《エンボディメント=現象》
「──紫黒雷光」
バチッ、バチッ、バチッ、と音を立てながらアリアーヌはその体に紫黒の電撃を纏っていた。
周囲に広がるその電撃は、彼女が今まで保有していた固有魔術の比ではない。圧倒的な第一質料の密度。さらには、展開されている質料領域は全て、紫黒の電撃へと変換されていた。
改めて、彼女は腰を下ろして構えるとルーカスと対峙するのだった。
「さぁ、わたくしと踊ってくださいまし」
雷撃の戦乙女は戦場にて、舞う──。




