第183話 二日目の訓練
訓練二日目。
俺とステラの猛攻を掻い潜ったアリアーヌは、森での戦い方を学んだのか、体の動かし方が今までとは段違いに良いものになっている。
「アリアーヌ訓練兵! 今のは右に移動するべきだ!」
「レンジャー! ですわ!」
今日もまた、森での戦闘を繰り広げる。
今回は俺とステラがローテーションで、魔術ありで徒手格闘戦を繰り広げている。制限時間は一人三十分。休憩時間は十分。
その休憩も、俺からのアドバイスを聞く必要があるため、彼女には実質的な休憩はなかった。
だがそれでも、文句を言わずに懸命に食らいついてくる姿を見て俺は内心では感嘆を覚えていた。
いつか心が折れてもおかしくはない。その時はしっかりとサポートしようと思っているのだが、そんな気配はない。
ボロボロになりながらも、前に進み続ける姿は……いつかの自分を思い出させる。
そして俺との戦闘が終了し、休憩時間となった。
タタタとこちらに走ってくると、今の戦闘を振り返る。
「最後はどうして、左に避けた?」
「それは……体が勝手に動いてしまったんですの……」
「魔術による防御に頼り切りになっているからだ。あの時の最善は、右に避けつつ木の裏に隠れるべきだった」
「むぅ……難しいですわね」
どうやら、彼女なりに受け止めている様子だった。
「戦闘をしている最中でも、周囲の情報は視界に入れる必要がある。それこそ俯瞰的な視点が欠かせないだろう。俺も戦闘中は適宜サポートするが、最低限は自分で動いてもらう」
「レンジャー! ですわ!」
そう。
カフカの森で行われる拠点防衛では、俺とアリアーヌが主軸になって戦う必要がある。
おそらく二人の完成度が大きく影響を及ぼすのは間違いない。決してアメリアが必要ないわけではないが、防御と攻撃の両方をこなす必要のある俺たちには、最低限の戦闘技術は必要だ。
しかも、戦いの舞台は森の中。
つまりは木々を壁にしながら、相手と対峙するのだ。
魔術の射線管理、さらには近接戦闘。加えて、拠点に入っているアメリアの防御も念頭におく必要がある。
ただ闇雲に戦えばいいというわけではない。
戦闘において、かなりの頭脳戦も要求されてくるのが今回の大規模魔術戦。
これを考えた人はおそらくアビーさんだろうが、本当にあの人らしいルール設定である。
「よし! では次はステラとやってもらう!」
「レンジャー! ですわ!」
「レンジャー! 私も頑張っちゃうよー!」
次はアリアーヌ対ステラということで、俺は客観的に戦いを見ることができる。
「では制限時間は三十分。始めッ!」
と、声を上げた瞬間に動き始めていたのはステラだった。
アリアーヌは俺との一戦があるので、まだ微かに疲れが残っている。一方のステラはこれが初戦なので、フレッシュな状態だ。
しかし、アリアーヌも中々に成長しているようだった。
「む……やるね!」
「負けませんわ!」
ステラの近接戦闘技術は俺と師匠が教えたこともあり、すでにかなりのレベルに仕上がっている。それこそ、以前のアリアーヌと比較するならばステラの方が強いと俺は思っていたが……。
今は完全に実力が拮抗している。
驚くべきはアリアーヌのその成長速度だろう。もともと荒削りな才能ではあった。だが、こうして指導をしてみると実力がかなり伸びていることが窺える。
ステラもまた理解しているのか、完全に攻めあぐねている。体格ではアリアーヌの方が圧倒的に有利だが、ステラにはその小さな身体ゆえに敏捷性がかなり高い。
気がつけば背後に回られている……なんてことは、ざらにあることだ。
しかし、アリアーヌはステラの攻撃を完全に捌いている。ステラもなんとか攻撃しようと、撹乱を試みるが……それも完封。
互いに拳、そして蹴りを繰り出す。
アリアーヌが拳を繰り出し、それを屈んでステラが躱すと、脚をバネのようにして思い切り腰に抱きついて寝技に持ち込もうとするが……それもまた、あっさりと流されてしまう。
その二人の戦いを俺はじっと見つめる。
まずは分析。俺が先ほど教えた通りにアリアーヌは動けているのか。
こればかりは、やはり慣れの部分が大きくなってくる。人間は頭では理解できていても、咄嗟の判断では本能的な行動に出てしまう。
幾度となく繰り返すことで、頭ではなく反射で最適解を出せるように訓練するべきなのだが……。
こればかりは、どうやらもう少し時間がかかるようだった。
「よし。そこまでだ」
二人に終了を告げると、互いに丁寧にその場で一礼をする。
「今のはどうでしたの?」
「そうだな。悪くはない。だが、ステラの敏捷性を恐れて弾き過ぎたな。あの距離感での戦闘になると決定的な攻撃はできないだろう」
「ぐ……まさにその通りですわ……」
苦虫を噛み潰したような顔をするが、本人も自覚しているのだろう。だが、不必要に飛び込んでしまえば、ステラの返り討ちに合うのは自明。
その葛藤の中で戦っているのは、俺も理解していた。
「アリアーヌちゃん! マジで強いよ! お兄ちゃんの次にはやばいかも!」
「そ、そうですの?」
「うん!」
一方のステラはといえば、素直に褒め言葉を口にしていた。今となっては、すっかりアリアーヌに懐いてしまったようだ。俺としても嬉しい限りなのだが。
「よし。では次は俺の番だな。あらゆる敵を想定して、俺は戦闘スタイルを変えていく」
「え……そんなことできますの?」
「あぁ。だから気合いを入れて臨むと良い」
「レンジャー! ですわ!」
その日もまた、俺たちは日が暮れるまで訓練に励むのだった。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「よし。では今日はここまで」
そういうと、アリアーヌとステラはその場で敬礼をする。
「レンジャー! ですわ!」
「レンジャー!」
今となってはステラもまた、完全に訓練に参加して今日もヘロヘロになるまで体を動かしていた。
まずはステラを背中に背負うと、アリアーヌの腕を俺の方に回して寄り添う形で歩みを進める。
「う……レイ。申し訳ありませんの……」
「気にするな。動けないくらい追い込んだからな。家に戻ったら、食事をとって風呂にでも入ると良い。明日も訓練だからな」
「れんじゃ〜、ですの……」
完全に意気消沈している。
今日といえば、ひたすらに俺とステラと戦い続けたからな。その度にアドバイスをされて、修正しつつ戦闘を行い続ける。
ただ体を動かせば良いというものではなく、適宜自分の立ち位置なども確認した上での戦闘。
加えて魔術も使用しているのだ。その疲労はとんでもないことになっているだろう。
「すぅ……すぅ……すぅ……」
背中から寝息が聞こえてくる。
「ステラは寝てしまったようですわね」
「どこでも寝ることができるからな。きっとかなり疲れていたんだろう」
ギュッと俺に抱きついているが、ステラは完全に眠っていた。そして、隣でなんとか歩みを進めているアリアーヌもその声から疲労感が伺えた。
「レイはずっとこのような日々を?」
「そうだな。師匠に拾われてからは、生きるために必死だった。幼少期からこの手の訓練は日常茶飯事だった」
「……とんでもないですわね。でも……」
「? どうかしたのか?」
少しだけ間を置いて、アリアーヌはこちらに顔を見せずにこういった。
「レイのことが少しだけ分かってきたような気がしますの」
それは優しい声音だった。今までの中でも一番、何か感情がこもっているような……そんな声色だった。
「そうか?」
「えぇ。レイってば、ちょっとおかしな人と思っていましたけど……やっぱりあなたはとってもすごい人ですわ」
「恐縮だが、おかしな人は言い過ぎだろう?」
「ふふっ。そんなことはありませんことよ」
と、さらに体を俺の方に寄せてくる。その際に、女性特有の甘い香りが鼻腔を抜けていく。そして、柔らかい体がギュッと押し付けられる。しかしまぁ……疲れているのだろう。
俺は彼女の体もしっかりと支えながら、共に歩みを進める。
「レイ。勝ちましょうね」
「もちろんだ」
俺たちはきっと優勝してみせる。改めてそう誓い合うのだった。




