第175話 アリアーヌとの特訓
放課後になったが、今日はいつものようにアリアーヌがやってくるのを待ってはいない。
いま俺は、ディオム魔術学院に向かっている最中だ。
今日はどうしても学院で外せない用があると言うので、俺が出向くことにしたのだ。
また、身体強化週間は終わっていないが、少しずつ個別指導にも移行している。アメリアの方はリーゼさんに任せているので、俺はアリアーヌを担当することになっている。
「着いたな」
合流するのは時間がかかる、と言われたので比較的ゆっくりと歩いてやってきた。
それからあるものを寮の人に預けると、待ち合わせ場所であるディオム魔術学院の正門の前でじっと待機しておく。
その際に、チラチラと通り過ぎていく生徒がこちらを見てくる。おそらくそれは、気のせいではないだろう。
これはエリサとクラリスから聞いた話なのだが、俺たちのチームは何かと有名らしい。それも、悪い方向に。
三大貴族の令嬢二人の中に混ざるのは、一般人であるレイ=ホワイトという異質な存在。
しかしその程度の注目は、一学期からずっと浴び続けている。今更そんなことには動じることはないが……流石にこれだけジロジロと見られると、少しだけ気分も悪くはなる。
と、そんなことを考えながら待機していると、彼女がパタパタと焦っている様子で走ってきた。
「レイ! お待たせしましたわっ!」
「いや。いま来たところだ」
「そうですの?」
「あぁ」
嘘であるが、女性との待ち合わせはそう言っておけ……と師匠に教育されている。
「では、いきましょうか」
「了解した」
アリアーヌと共に進むのは、ディオム魔術学院にある演習場。すでに大規模魔術戦に出場する生徒が、占有している場所もあるがなんとかスペースを彼女が確保してくれたらしい。
そして、互いに動きやすい軽装に着替えると改めて訓練へと入る。
「アリアーヌ訓練兵!」
「レンジャー! ですわっ!」
「本日より、個別訓練に入る」
「レンジャー!」
「よし。いい声だ。まずは、君の実力を改めて測りたい」
互いに身体強化をした上での徒手格闘戦を提案。
すると、再び「レンジャー!」と大きな声で敬礼をする。周りの生徒は何事かとこちらを見ているが、そんなことは気にしてはいられない。
「では、制限時間は十分だ」
腕時計で制限時間を設定すると、互いに向かい合う。
殺気、とまではいかないがアリアーヌには確かな闘気が宿っている。それは、周囲に溢れている第一質料を見れば一目瞭然だった。
「では、開始だ」
瞬間。
先手必勝と言わんばかりに、アリアーヌは突撃してくる。
「はああああああああああッ!!」
その勢いを乗せて、右の拳をそのまま俺の鳩尾めがけて振るう。それをしっかりと認識すると、バックステップのみでその攻撃を躱すが……。
「まだまだ、ですわああああああっ!!」
アリアーヌは左足をぐっと踏み込むと、そのまま右足を高らかに上げる。
そのまま、俺の頭上からかかと落としをしてきたのだ。
避けてもいいが……ここは、真正面から受け止めることにした。
「ふっ……!」
「なぁ……っ!!?」
流石に止められるとまでは考えていなかったのか、唖然とした声を漏らしている。
俺はそのまま、以前したように彼女の脚を掴むとそのまま遠方に投げようとするが……流石に学習しているようで、器用にそのしなやかな脚を俺の右腕に絡めてくると、そのまま寝技に持ち込んでくる。
「今度こそ、負けませんわっ!」
「ふ……いいだろう」
真正面から、寝技を受け止める俺だが、なかなかどうしてアリアーヌの寝技は熟達している。こちらが逃げようとしても、それを先回りするようにして腕と脚を使って器用に関節を決めてくる。
その柔らかい体がギュッと押し付けられるが、そんなことを気にしている暇はない。
ついにアリアーヌの技が決まってしまい、俺はそのまま首を締め上げられる形になるが……。
「なるほど。生粋の近接格闘タイプだな」
今までの戦闘での総評をボソリと口にすると、俺は決められている関節を一気に外す。
そして、まるで蛇のように抜けて出していく。
その後は外した関節を再び元に戻して、トントンと地面を靴で軽く叩く。
「……本当に化け物ですわね。わたくし、寝技は得意中の得意なのですわよ?」
「そうみたいだな。しかし、本当の寝技というものを教えてやろう」
「望むところですわっ!」
再び俺たちは、戦闘を開始するのだった。
◇
「ぐ……ぐぇ……ギブ、ギブですわぁ……」
完璧にキメられているアリアーヌは、そう言いながら地面をタップした。それを合図に、ゆっくりと寝技による拘束を解除していく。
流石に本気でキメたりはしていないが、それでも絶対に抜けることはできないように要所要所は完璧に押さえつけていた。
何も力だけが全てではない。技術もまた、こうした戦闘には必要になるのだから。
「はぁ……はぁ……はぁ……本当に、強いのですね……はぁ……勝てるビジョンが、全く浮かびませんわ……はぁ……はぁ……」
その場で大の字になって寝転がっているアリアーヌのもとに、近寄っていく。
「いや。アリアーヌはかなり筋がいい。これはきっと、将来はとんでもない魔術師になるかもな。近接戦闘に限っていえば、すでに学生ではトップレベルだろう」
「……お褒めいただき、光栄ですわ」
スッと右手を上げてくるので、それをぐっと掴んでその場に彼女を起こす。その際に、わずかにバランスを崩してしまうので、倒れないようにしっかりと抱きとめる。
「あ……その、申し訳ありませんわ」
「いや、疲れているようだしな。大丈夫だ」
それからは今回の戦闘に関しての反省会を開いた。
「そうだな。筋はいい。しかし、アリアーヌは直線的すぎるな」
「もっとフェイントを混ぜたほうがいいんですの?」
「あまり極端にやりすぎると、せっかくの良さが消えてしまうが……その良さを活かすために、いくつかバリエーションを持たせておくのが最善だろう。それこそ、戦闘に特化した魔術師は一つのことを極めている人もいるが、それを活かすために別の魔術を覚えたりもする」
「そうなんですの……なるほど。それは考えたことは、なかったですわ」
アリアーヌの強みは、もちろんその近接格闘術にもあるだろう。
だが俺は、彼女の一番の強みはその精神力だと思っている。そもそも、超近接距離で戦うことは恐怖が付きまとうものだ。
普通は物怖じしてしまうのも、無理はない。
アメリアもまた、初めはその恐怖心に打ち勝つのに時間がかかった。
一方でアリアーヌは常に攻めの姿勢を忘れずに、猪突猛進に攻めてくる。おそらくこれは、天性のものだろう。
その才能、さらにはそれに適応する性格。
その全てが噛み合って、今のアリアーヌが構成されていると考えたほうがいい。
「よし。ここから先は、食事でもしながら話すか」
「食事……? 一緒にするのは構いませんが、どこで食べるんですの?」
「俺が振る舞おう。アリアーヌの部屋には、キッチンはあるよな?」
「まぁ……使っていないですけれど、ありますわ」
「そうか。では、行こうか」
「え……材料はわたくしの部屋にはありませんけど……?」
「実はすでに用意してある。寮の人に預けてあるんだ」
「はぁ……用意周到ですわね」
呆然としているようだが、俺としては一緒に食事を取るということも重要だと思っている。
コミュニケーション。
チームで戦う上で、互いの信頼関係を築くというものは欠かせないものである。軍人時代も、初めはバラバラだったが後に互いを知ることで、俺たちはまとまることができた。
その経験から、アリアーヌとはもっと距離感を詰めていきたいと考えている。
「よし。では、行こう」
「分かりましたわ。でも、何を作るんですの?」
「ふ。ここは相場が決まっている。カレーだ」
「カレー! それは美味しそうですわねっ!」
「だろ? 任せろ。俺のカレーは抜群に美味い。師匠にも太鼓判をもらっているからな」
彼女は隣で、「カレー、カレー、晩ご飯は、カレーですわ〜♪」と歌いながら楽しみにしているようだった。
これは、気合を入れて振舞う必要があるな。




