第164話 それぞれの動き
「はぁ……はぁ……はぁッ!」
「くそ……どこに行ったッ!!?」
メルクロス魔術学院の近隣に存在する森林。
カフカの森ほどの規模はないが、それなりの広さを持つ場所である。
そこで現在、アルバートとエヴィは訓練をしている最中だった。
「……こっちだよ」
ボソリと音が上から聞こえると、その瞬間容赦ない攻撃が二人に降り注ぐ。
もちろん咄嗟に防御はしているので、後方に吹っ飛ぶだけで済んでいる。と言っても、これで何度目かは覚えていない。二人の体はすでにかなり痛めつけられている。
ルーカスが課した特訓。
それは、攻撃をもらわないようにするという簡単なものだった。
制限時間は三十分。その中で、一度も攻撃をもらうことがなければクリア。次の訓練に移行する。
一方で、一撃でもくらって仕舞えば時間はリセットされる。その度に、やり直し。
根気と体力のいるこの訓練を、連日こなしている二人は流石に疲れているのか……いや、そんなことは決してなかった。
「くそ……またもらっちまったか」
倒れ込んでいるエヴィに、アルバートが手を差し伸べる。
「ほら。次だ」
「あぁ」
グッとそのエヴィの体重を支えると、その場に立ち上がって体に付着した土などを払う。
「さて、どうしたもんか……」
「エヴィ。ルーカス先輩の動きは追えているか?」
「いや。俺には無理だな……声が聞こえたときに、咄嗟に防御するので精一杯だ」
「そうか」
「アルバートは見えているのか?」
「かろうじて、な。だが、エヴィよりも反応がわずかに早い程度でほとんど同じようなものさ」
ルーカスが課しているのは、森の中での戦闘に慣れろ。というものだった。
拠点占有では、カフカの森がフィールドとして設定されている。
そのため森での戦闘は必至。だが、森は様々な木々がある上に第一質料も乱雑に放出されている。
そのため、気配を特定するのは至難の技。
知覚感知系の魔術、それこそレイの絶対不可侵領域があれば、そんなものは些事に過ぎない。
だが、誰もが彼のような魔術を有しているわけではない。
慣れるまで続けるしかない。これはあくまで感覚的な話。それを一度身につけてしまえば、あとは無意識にでも反応できるようになる。
重要なのは、折れない心。愚直に繰り返す精神力。
ルーカスが求めていたのはそれだった。その心の強さがなければ、大規模魔術戦で勝ち抜くことなど不可能なのだから。
「よっしゃ。じゃあ、次にいくか!」
「あぁ」
グッと体を伸ばして、気合を入れ直す。
そうして二人は、木漏れ日の差す森の中を進んでいくのだった。
二人が求めているのは、レイ=ホワイト。
そして彼の実力は知っている。グレイとの戦闘をその目でしっかりと目撃しているから。
あの領域にたどり着けるとは、アルバートとエヴィは思っていない。思っていないが、その片鱗に届くことぐらいは、魔術師としての人生の中であり得るかもしれない。
目標は大きければ大きいほど、人はその圧倒的な大きさの前に心を打ち砕かれてしまう事もある。しかし、毎日の小さな積み重ねこそが、その目標を達成する唯一の方法。
二人はそれを心得ている。
だから今日も、彼らは戦う。
他でもない。自分自身と──。
◇
「あれ? 今日は平日で何もないはずなのに、なんでお姉ちゃんがいるの?」
ブラッドリィ家。
マリアは学校が終了し、部活動にも入っていないため、いつもすぐに帰宅する。
そうして彼女はリビングにやってくると……そこにはなぜかレベッカがいたのだ。
真剣な表情をして行っているのは……縫い物だった。
「……マリア?」
「ただいま」
「お帰りなさい」
と、一度だけ顔を上げてマリアにそう告げると、再び作業に没頭する。
マリアは乱暴にカバンをソファーの隅に投げると、レベッカの隣に座る。
「……何それ?」
「お守りよ」
依然として作業は続ける。マリアの方を見ることなく、ただ一心不乱に縫い物をする。
「誰にあげるの?」
そう言った瞬間。
レベッカの手が止まる。そして徐々に顔が赤くなっていく。それは横顔だけでなく、その耳を見れば明らか。
マリアはそんな姉の様子を見て、ニヤリと人の悪い笑みを浮かべる。
「あ〜。もしかしてそれって、レイにあげるんでしょ?」
「わ、悪いっ!!?」
姉の恋心をよく知っているマリアは、まずは牽制とばかりにからかい始める。
「レイが大規模魔術戦に出るからあげるの?」
「そうよ。レイさんはいつも無茶をするから。だから、こうしてお守りを作ってるの。私は出場はできないから」
少しだけ寂しそうな声で、レベッカは話す。
本来ならば、レベッカも出場したい気持ちはあった。だが、レベッカの魔術領域は一部が封じられている。医者にも魔術の使用はしばらく控えた方がいいとも言われているのだ。
自粛するのは当たり前。
しかし、何もしないというのはレベッカとしては心配というか……手持ち無沙汰なので、こうしてお守りを作っているのである。
「ん? そういえば、どうしてレイさんが出場することを知っているの?」
きょとんとした表情で尋ねるレベッカに対して、マリアは率直に応える。
「いや、本人から聞いたから」
「いつ、どこで?」
声色はすぐに真剣なものに打って変わる。これは質問ではない。すでに詰問に変わっていた。
「一昨日、偶然中央区で会って……」
「へぇ……」
「お、お姉ちゃん……か、顔が怖いけど……」
「あら、失礼」
じーっとマリアの顔に迫っていたレベッカだが、すぐに距離を取る。
「思えば、マリアとレイさんって仲がいいよね」
「まぁ……気が合うというかね」
「友人の範疇で収まっておくことをお勧めするわ」
「ど、どうして?」
つい聞きたくなってしまった。友人の範疇を超えた先に、何が待っているのか興味本位で知りたくなってしまったから。
「……それは、きっと良くないことが起きるわ」
「良くないこと?」
「戦争」
「ん? 戦争?」
「はい。巻き込まれたくは、ないでしょ?」
ぞくり。
背筋が凍るとはこのことか。
マリアは初めて、その言葉の意味を自分の体を持って学んだ。
レベッカはいつものように、麗しい顔と美しい声音で、話をしている。
だというのにどうしてだろうか。
マリアがこんなにも恐怖心をいただいてしまうのは。
思えば、兆候はあった。以前から溜め込んでいた反動なのか、レベッカは意外と負けず嫌いな上に、容赦がない面もある。
優しい顔が目立つだけで、実際はそのようなところもあるとマリアは知っていた。
「ま、まぁ……気をつけるよ」
「はい。いい心がけね」
ニコリと微笑むその姿は、まるで天使のようだった。
そしてマリアは思い切って、話題を変えることにした。
「でもさ、手作りって重くない?」
「……」
ポトリとその場に縫い物を落としてしまう。そうしてしばらくフリーズしていると、ガッとマリアの肩を掴み始める。
「く、詳しく!」
その顔は真剣そのもの。というよりも、焦っている感じだった。
「いや。私の意見だけど。まぁ……レイが拒否るなんてあり得ないと思うから、いいと思うけどさ」
マリアはそこから、レイの物真似を始める。
「レベッカ先輩。ありがとうございます。本当に恐縮です……とか言いそうじゃない?」
「……まぁ、そうよね。レイさんはきっと喜んでくれるわよね!」
「うん。そうだと思うよ」
「よし! もっと頑張ろうっと!」
ブラッドリィ姉妹。
レベッカとマリアの関係は変わった。
だがそれはもちろん、いい方向に。
お互いの率直な意見を交わせることができるようになった。
しかし、その弊害なのか……二人の喧嘩が多くなっていくのは、まだ先の話である。




