第156話 勝負ですわ!
「……え?」
ポカンとしているアリアーヌ。
しかし無理もないだろう。誰だってこんなことを言われれば、同じ反応になるに違いない。
「ちょっと待ってくださいまし。わたくしの聞き間違いかもしれませんので、もう一度お願いしますわ」
「俺が当代の【冰剣の魔術師】だ」
「……」
「信じられないか?」
そういうと、アリアーヌはチラッとアメリアの方を向いた。
「アメリアは知っていましたの?」
「私はその。知ったのは偶然だったけど」
「いつ頃ですの?」
「一学期の終わりくらい。魔術剣士競技大会の前かな」
「……ですわ」
ボソリと何かを呟いたアリアーヌだが、俺とアメリアはそれを聞き取ることができなかった。
「すまない。アリアーヌ、もう一度言ってくれ」
と、俺がそういうのと同時にアリアーヌはその場に勢いよく立ち上がった。
「ずるいですわ!」
アメリアを指差して、彼女は一際大きな声で糾弾を始める。
「アメリアがレイと訓練していたのは、噂に聞いていましたわ。でもどうして、レイに教えを請うたのか。わたくしはそれがずっと、ず〜っと、気がかりでしたが、そういうことなら納得しましたが……改めて言います。ずるいですわ!」
「えっとその……ごめんね?」
たじろぐアメリア。
一方のアリアーヌはかなり興奮していた。
そして彼女はさらに声を荒げて糾弾を続ける。
「七大魔術師の中でも、最強と名高い冰剣。そんな魔術師に教えを請うとは……それはわたくしもアメリアの成長に納得しました。しかし! それはずるいですわ! 七大魔術師に教えてもらうなど、普通はありえないことですのに!」
「あはは……その。レイも乗り気というか、あの日を思い出すと……ちょっと吐き気がするけど」
アメリアが思い出しているのは、きっとエインズワース式ブートキャンプのことだろう。あの時は、何かと理由をつけて逃亡を図っていたからな。
思えば、あれからもう数ヶ月が経過するのか。
文化祭も終了し、時間が過ぎるのはあっという間である。
「アリアーヌ」
「なんですの?」
「少し、俺の過去の話をしよう」
そうして俺は自分の過去をアリアーヌに語った。
きっとそれは、今までの俺だったら決してできないことだった。
だが……この学院にきて、少しずつにはなるが、変わることができた。
自分の過去とも、向き合うことが今ならできている。
数十分だが俺は自分の過去を語ると、アリアーヌはその場で涙を流し始めた。
「レイ……あなたは、そんな辛いことが……うぅ……なんていうことでしょう……ぐす……」
その反応を見て、なんて言えばいいのか分からなかった。
しかし、アリアーヌがとてもいい人間だということは改めて分かった。
「極東戦役は初めて魔術を実戦に投入した戦争。それも史上最悪の戦争だと聞いていますわ。その最前線に幼い頃からいたなんて……」
「……仕方がない。俺は巻き込まれて、生きるのに精一杯だった」
「それで、終戦と同時に冰剣の座を継いだんですの?」
「あぁ。能力は魔術領域暴走でまだ全てを引き出せるわけではないが、冰剣としての地位を俺は継ぐ事になった」
冷静に話を続ける。
今となっては、こうして他者に語るのも慣れてきた。
「そうでしたの……レイのことは、ずっと思っていたんですの。一般人でありながら、その噂は大きなものばかり。それに、魔術協会のパーティーに夏休みのあの時に来ていたのも……」
「そうだ。七大魔術師の一人として、俺は招待されていた」
「なるほど……分かりましたわ」
うんうんと頷いて、アリアーヌは腕を組み始める。
一方でアメリアはそんな様子を黙って聞いてくれていた。
そして、アリアーヌはその場に再び立ち上がった。
「レイ! 勝負ですわ!」
高らかに宣言する彼女に反応したのは、アメリアだった。
「え? ちょ、ちょっとどうしてそうなるの!?」
「アメリア。これは乙女の宿命ですの」
「乙女の宿命?」
キリッと表情を締め直すと、アリアーヌは次のように語る。
「強大な相手がいれば、乙女は自分を試さずにはいられなのですわ!!」
「えぇ……それって、乙女っていう括りにするには大きすぎない……?」
「いいのです! それで、レイ。受けてくれますの?」
「……」
別に殺し合いをしようってわけではない。
アリアーヌは純粋に知りたいのだろう。
【冰剣の魔術師】の実力というものを。
「分かった。構わない」
「では、早速やりますわよ!」
ということで俺たちは、三人で移動する事になった。
日が暮れるのが早くなり、今はすでに夕暮れ時。あと一時間もすれば、日は完全に沈んでいるだろう。
肌寒い風が吹いて、冬がもうすぐやってくるのだと感慨深くなる。冬にはいい思い出はない。だがきっと、この学院にいることで好きになれるのかもしれない。
俺たちがやってきたのは、カフカの森の前に広がっている草原。
学院との間にあるそこは、この時間帯には誰もいないのでうってつけだった。
「ルールはどうする?」
「参った、と言ったほうが負けですわ」
「なるほど」
柔軟体操を始めるアリアーヌ。
それをみて、俺もまた自分の体の状態を確認する。
「アメリア。審判を頼めるか」
「いいけど……その、あんまり無茶しちゃダメよ? 最近はその、レベッカ先輩の時にも力を使ったんでしょ?」
「あぁ。今回は能力は解放しない」
「え……解放しないで、アリアーヌに勝つつもり? それはいくらなんでもレイでも……」
「ま、やってみないと分からないさ」
そうして互いに準備を終えると、アメリアが開始の言葉を宣言する。
「じゃあ……始めッ!!」
勢いよく右手をアメリアが振りかぶった瞬間、アリアーヌの姿がその場から消えた。
「はああああああああああッ!!」
雄叫びをあげながら迫ってくるアリアーヌの四肢は赤黒く変化していた。
鬼化。
魔術剣士競技大会で彼女が見せた、物理攻撃に特化した固有魔術。
拳が眼前に飛んでくるが、それを躱すと次の瞬間には、かかと落としが迫ってきていた。
これは流石にガードが間に合わないので、俺はそれを真正面から受け止めた。
「うっわ……!」
と、声を漏らす彼女は流石に真正面から受け止められると思っていなかったのだろう。
俺はその脚をしっかりと掴むと、思い切りアリアーヌを投げ飛ばした。
もちろん彼女の実力ならば、すぐに受け身を取ることができるのは想定済み。
投げ飛ばした瞬間、俺は地面を駆けていた。勢いよく踏み締めると、すぐに内部コードを足に集中させる。
駆ける。駆ける。駆け抜けるッ!
視線の先には、すぐに体勢を整えようとするアリアーヌの焦る表情。彼女も理解している。すぐに対応しなければ、俺の攻撃が先に触れるのだと。
周囲の景色が見えなくなるほどに、加速をしていく自身の身体。魔術の通りは、今まで以上によくなっている。軽くコードを流しただけでも、これだけの性能を発揮できるほどに。
彼女が自分の体制を完全に整える前に、その喉元に手刀を突きつける。
アリアーヌの眼前を起点として、風が起きる。
刹那。フワッとその白金の髪が後ろに靡く。それがゆっくりと重力に従って降りてくると、彼女は自分の敗北を認める。
「……ま、参りましたわ」
「ありがとうございました」
その場に尻餅をつく彼女の前で、俺は丁寧に一礼をした。
「……何か特別な魔術を?」
「いや。内部コードでの身体強化のみだ」
「う、嘘ですわ! 内部コードだけで、あんな動きは! それこそ、わたくしの鬼化を上回るほどなんて……!」
「分かっているだろう? 事実だと」
「……! まぁ……そうですわね。完敗、ですわね」
明らかに落ち込んでいる様子。おそらくは、もっと肉薄した戦いができると思っていたのだろう。
しかし、蓋を開けてみればアリアーヌの完敗。
もちろんそれは、俺が彼女の弱点に気がついているからだ。ただ真正面から力任せにぶつかっていれば、俺の敗北もあり得た。
魔術剣士競技大会での試合を通じて、すでにその弱点は露呈していた。だからこそ、ここまで完封できたと言ってもいい。
「アリアーヌ。君には、まだまだ伸び代がある」
「本当……ですの?」
手を差し伸べる。
グッとその体重を支えると、アリアーヌはその場に立ち上がる。
互いの視線を交わす俺たち。
「あぁ。強くなりたいか?」
「もちろんですわっ!」
「いいだろうならば……」
一呼吸おいて、俺はあの夏の時のようにこう言葉にした。
「エインズワース式ブートキャンプ。それも特別メニューを二人に課そう」
すると、近寄ってきていたアメリアがビクッとその体を震わせる。
「れ、レイ? う、嘘でしょ? 私は修了したからいいよね? あの夏に終わってるよね? アリアーヌだけだよね、やるのは……」
「アメリア訓練兵。エインズワース式ブートキャンプには、まだ先がある」
「さ、先……?」
「あぁ。今のアメリア、それにアリアーヌならきっとできる。アリアーヌはもともとかなりのトレーニングを積んでいるようだしな。強化版をしてもいいだろう」
アメリアは依然として慄いているようだったが、アリアーヌは目を爛々と輝かせていた。
「エインズワース式ブートキャンプ。名称だけは聞いたことがありますわ。なんでも……軍人でも逃げ出す、地獄のトレーニングだとか」
「そうだ。大規模魔術戦に向けて、まずは体力作りから始めよう。大丈夫だ。俺がついている。それと返事は、レンジャー! だ。分かったか、アリアーヌ訓練兵」
「レンジャーッ! ですわッ!」
「いいだろう」
ビシッと敬礼をするアリアーヌを尻目に、アメリアはあの日のように逃亡を図ろうとしていた。
しかし、逃亡兵を逃す俺ではない。
「アメリア訓練兵! 何をしている! 返事はレンジャーだと言っただろう! 逃亡にはペナルティだぞ!」
「あ……あぁ……あ……ぁ……レイ。お願い、私は、私だけは許して? ね?」
すぐにその肩を掴むと、彼女は潤んだ瞳で見上げてくる。
その目は完全に絶望に染まっているが、仕方がない。別にアメリアを虐めたいわけではない。しかし、俺は心を鬼にするしかない。あの夏の時のように。
なぜならば俺は、二人を導く教官なのだから。
「アメリア訓練兵」
両手をギュッと握りしめて、懇願するような仕草を見せるアメリアだが……現実とは非情なのだ。
「な、何……? 許してくれるの……?」
「アリアーヌと共に頑張っていこう」
「そうですわ! アメリア、一緒に頑張っていきますわよっ!」
「いやああああああああ! 脳筋が二人になったよおおおおおお! うわあああああん!」
懐かしい悲鳴を聞くと、俺たちは早速トレーニングに励むのだった。




