近衛騎士レアーレ
5月5日 午後1時
ネーポル・ガレリア 西棟 とあるカフェテリア
「公共交通やここの監視カメラの映像を確認し、ようやくたどり着けました。あまり公にできる事ではない為、近衛4人だけでの作業。どれ程苦労したのか、お察しいただけますね」
帝都の近衛騎士を名乗る女性、レアーレに見つかった2人は、彼女に半ば強制される形で、他に客のいない茶店に移動していた。テーブル2つとカウンター5席という、窓もないこじんまりとした店を、たった一人で切り盛りしていた初老の主は、レアーレに近衛の徽章と口止め料を見せられた後、閉店の札を戸に掛けて、奥へと消えた。
「お願いレアーレ。あと半日、いえ1時間で良いから、見逃してもらえないかしら!?」
怒っているというよりは、あきれ果てている様子の女騎士を、少女は拝み訴える。
しかし、嘆願はバッサリと斬り捨てられる。
「ダメです。あなたはこの街の現状を判っていらっしゃらないでしょう。何より、これは我が主、第一皇女オクタヴィア様からの勅命です」
「(そりゃそうだよ。お姫様)」
関係のない人間が見れば「母親に叱られる娘」という構図な2人を、傍のカウンター席から眺めながら、タキトは店主が置いていったコーヒーを啜る。(水道水かと思うほど薄味だった。他に客が居なかったわけである。)
営業を妨害してしまった事への罪悪感が消えたタキトは、道中にレアーレから説明された事情を、頭の中で反芻する。
「(帝国の第二皇女様が、周囲に断りなく出奔した上に、その行き先が情勢不安定な植民地じゃぁ、皇族の方々は大パニックだったろうなぁ)」
しかし一方で、レシーナへの同情も強まっていた。彼女が言っていた、継がねばならない家業が皇族としての公務だと判ったからだ。なるほど、それならば失った幼少の記憶を探す暇など無くなってしまう。
「ん?記憶……そういえば、レアーレ様、でしたか?貴女や第一皇女様は、お嬢さn、もといレシーナ様の記憶喪失について、御存じだったので?」
タキトはふと気になって問いかけたのだが、その答えが返ってくるまで、少し間が置かれた。
「……、……皇族の方々と、当時から近衛を務めていた古参の者達のみが知る秘密だ。故に、タキトといったか?貴様も他言しようとするならば、この場で口を封じねばならん」
「ッ!?いやいやいや、言いません、言えません。俺はしがない露天商ですよ。そんなヤバい話、今すぐにでも忘れますって!、ハイ、今忘れました!」
必死に助命を乞うタキトの様子に、レシーナはホウッと安心したようにため息をついた。
しかし……
パシャッ
その横顔に、飲みかけの水っぽいコーヒーが容赦なく掛けられる。やったのは、椅子が倒れるほどの勢いで立ち上がったレシーナだ。
「レシーナ……様?」
「……、……知っていたのですね。ずっと、ずっと前からっ!」
マグカップを握る手は震え、その幼さの残る顔は赤くなり、両眼尻には熱い滴が浮いていた。
「なぜ、なぜですレアーレ!?なぜ皆、私が尋ねた時、夢や勘違いだと、嘘をついたのです!?なぜ……私が思い悩んでいた時に、正直に教えてくださらなかったのですか!?」
「お嬢さん……」
タキトが呆然と見守る中、レアーレは滴る雫を拭おうとせず、静かに少女を正面に見据える。
「ご指摘の通り、我々は10年前のあの日から、レシーナ様の記憶喪失について、存じておりました。しかし、それを貴女様に秘密にするとお決めになったのは、姉君、オクタヴィア殿下です」
「お姉さまが……?」
唖然とするレシーナに、レアーレは当時を振り返るように目を閉じる。
「言い訳にしか聞こえないかもしれませんが、我々全員、貴女様の身に何が起こったのか、全く解らなかったのです。当時、貴女様は肺の病を患い、どこか遠方の名医の下で療養しておりました。しかし、政敵にそれを察知されぬよう、それがどこだったのかは、付き添われたオクタヴィア殿下と、当時の殿下の近衛数名しか存じておりませんでした。私と姉のレカーゼは、まだ見習いの立場で、帝都に残されておりました」
まっすぐにこちらを向いた青い目からは、嘘は感じられない。レシーナは静かに、椅子を起こして座り直した。
「……続けて」
「そして、帝国とヴェスヴィオスの戦端が開かれた数日後、混乱の続くバルディオナ城に、殿下と貴女様は戻られました。しかしその時すでに、貴女様は記憶を失くしておられた。驚く周囲に、殿下はただ『帰路で発した熱病の所為である』とのみ語られた。その後は皆、レシーナ様を慮り、その一件について口を閉ざすと誓いあったのです」
「お姉さまが……」
「思えば、あの時からでしたね。殿下が姫様を、我が身以上に大事になさり始めたのは。それまでは、と言ってもわずか2年ほどしか知りませんが、お転婆であった貴女様を、殿下はただ見守るのみでありました」
そして、全く手を付けていない自分のコーヒーもどきを、そっとレシーナの方へ差し出した。
「私からお教えできるのは以上です。それでもご納得できないというのであれば、もう一杯、御馳走していただきましょう。それほどの大事を、我々はしでかしたのですから」
じっと身構える近衛騎士。
しかし第二皇女は、代わりにそっとナプキンを彼女へ渡し、寄せられたマグカップをグイッと煽った。
「……服を汚してしまってごめんなさい。レアーレ」
「いえ。幸いにも、ほぼ水でしたので」
ナプキンと己のハンカチで水気を取ってゆくレアーレ。彼女の言う通りコーヒーと呼ぶには透明すぎるシミが、数秒で完璧に拭い去られる。
「でも、私に隠し事をしていたのは、まだ許しておりません。あと1時間、私を見逃してくれるのであれば、それも忘れられるのだけれど」
「そ、それは……」
「……だめ?」
静かな駆け引きが、数分間続いた。
その結果、
「……はぁ、解りました。ここに来ているのは私だけですから、せめて他の3人に発見の連絡はさせていただきます。皇城に帰ってからのお説教も、覚悟してください」
「ええ、もちろんです」
レシーナの満足げな頷きをもって、この一件は落着した。
「お貴族様も、苦労してんだなぁ」
住む世界の違いを実感したタキトは、コーヒー代をカウンターに置いて席を立つ。そして、追いやられていた哀れな店主にひと声かけ、先に出ていこうと戸を引いた。
すると扉の前に佇んでいたのか、目の前に突然人影が現れ、危うくぶつかりかけた。
「あ、すいませ……あれ?」
「いや、こちらこそ。店は開ぃ……ああ、君は」
「「お客様!!」」
タキトと同時に声をあげたのは、今朝ペンダントを高値で買ってくれた青年だった。




