青年、エル・コラーノ
午後1時7分
ネーポル・ガレリア 西棟
自分の商品を高値で買ってくれた青年との再会に、タキトはドアノブを握ったまま固まる。
「奇遇だね、少年。ところでこの店、開いているのかな?マスターと知り合いでね。一言挨拶を、と思ってたんだけど」
青年の方は、タキトの事を特に気にしていない様子だった。買い物の途中なのか、釣具店のロゴが入った袋をぶら下げている。
「あ〜えっと……ちょっと貸し切りにしてもらってまして。もう終わったんで、これからは普通に開きますよ」
そう言って、青年を中へ入れようと下がるタキト。しかしその前にレシーナとレアーレが来てしまい、青年と鉢合わせた。
2人の姿が目に入ると、今度は青年の方が体を強張らせる。
「……なんで、こんなところに居るんだ?」
「……?タキトのお知り合いですか」
レシーナは青年の顔には心当たりがないらしく、はてな、と首をかしげる。だがレアーレは、己の記憶を探るように少しうつむいた後、はっ、と青年を見返す。
「貴様は、エル・コラーノか!?殿下に無礼を働いたオーラシアの生意気小僧!」
「(オーラシア……あぁ、だから日焼けを)」
「はぁ……その節はどうも、レアーレ・ボスコ嬢」
天敵を前にしたかの如く身構える近衛騎士に、エルは肩をすくめ苦笑すると、くるりと踵を返した。
「今日は都合が悪いみたいだね。日を改めさせていただくよ」
「逃がすかっ!」
冷や汗を浮かべ逃げようとしたエルだったが、素早く迫ったレアーレによって羽交い締めにされる。
買い物袋が落ち、リールとてぐす数個がばらまかれる。
「貴様、何を企んでいる?昨夜の騒ぎは貴様も関わっているのか?」
「じゃ、邪推が過ぎるぜ、妹の方のボスコ嬢。俺は休暇で里帰りしてるだけだ」
なにか探り合いをしているような剣呑な雰囲気が、二人の間に漂う。
それを見かねたレシーナが、慌ててレアーレをエルから引き離す。
「レアーレ、止めなさい!武器も持たぬ一般人を拘束するなど、近衛騎士のやることですか?」
「いえ、レシーナ様。この者は一般人では……」
「やべっ……あ、あのぉ!そんなに叱らないで上げてください。以前、俺の方から無礼を働いた所為なので。いやほんとに」
レアーレの言葉を遮り、エルはレシーナに頭を垂れる。
「しかし……」
「ほんっとに、俺は大丈夫なんで。どうかこの通りっ!」
ほぼ直角に頭を下げた懇願に、レシーナは折れるしかなかった。
「はぁ、仕方ありません。貴方に免じて許しましょう。レアーレ、エル殿に感謝してください」
「…………申し訳ない。くっ」
不服そうに、レアーレは目を合わせずに、口だけの謝罪をした。
するとエルは、買った品を素早く拾い、話題を切り替えるように3人に訊ねる。
「ところで、皆さんはどのような理由でレガリアヘ?少年は地元だとしても姫さn……もといそちらのお嬢さんは、察するに帝都辺りのお貴族様でしょう?こんな遠くまでお越しになるほどの催しなんて……あっ、もしかして『ラーネウム』?」
「はい、これからこちらのタキトに案内して頂こうと」
「そうだ、お客さん……エルさんも一緒にどうです?ペンダントを買ってくれたお礼をしたいので」
唐突なタキトの誘いに、エルはしばし思案する。
「……じゃあ、お言葉に甘えて」
エルはどこか思うところがある様子だが、承諾して同行する事となった。
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午後1時15分
西棟3階 特別催事場
フードコートから歩いて数分。ヒーローショーが行われている1階フロアから、螺旋状のエスカレーターで繋がる吹き抜けを3階まで登ると、広いイベントフロアに行きつく。
『特別展 イ=ヴ戦争の闇 知られざるラーネウム義勇兵団の真実』
重苦しい印象の看板が入り口にたてられ、仕切り板で順路が組まれている大ホールには、20人近くが入っていた。
戦争という重い内容から、来場者の年齢層は高めで、タキトたちのような若者はほとんどいない。興味本位でふらりと入ったらしいカップルがいるぐらいだ。
入場料は無料との事だったので、タキトたちは受付でパンフレットを貰うと、そのまま順路に沿って展示を見ていく(有料だと思っていたタキトが、お礼をし損ねたと落胆したことを、こっそりと付け加えておく)。
最初に目に入ったのは、ハイヒールのような形をしたロメ半島全体の立体地形図と、その上に掲げられた戦前から戦時中までの、ヴェスヴィオス共和国の概略だった。
『ヴェスヴィオス略史:
帝国歴2000年ごろまで、ロメ半島の原住民であるヴェスヴィ人による国家が複数誕生し、吸収合併を経て、9つの都市国家群が形成される。後にこれらが共和国9領へと発展する。
帝国歴2500年ごろ、9カ国の1つ、カンパニアが勢力を拡大。ロメ半島全土を統一し、カンパニア帝国を宣言する。
帝国歴2760年、大陸全土へ進出したイーディア帝国ティヴェレ朝と衝突。反戦勢力による革命によりヴェスヴィオス共和国へ改名。帝国北方のアルケーディア、南東のオルメクと共に朝貢関係を築く。同時期、オーラシア連合国~イーディア帝国間の交易の中継地となり、南部ラーネウム、中部ネーポルの両都市が栄える。
帝国歴3003年、イーディア帝国にて、シャーナ教が国教に設定される。
帝国歴3110年、オーラシアで発生した大規模火山噴火の影響により、全世界規模の冷害が発生。
帝国歴3115年、イーディア帝国、食料の輸出を無期限停止。同時に移民制限政策を開始。
帝国歴3119年、ヴェスヴィオス共和国で食糧難からの暴動が多発。軍部が鎮圧行動を開始し、発言権が強まる。
帝国歴3125年、ヴェスヴィオス共和国にてクーデター未遂事件。親帝国派要人の半数が死亡。
帝国歴3129年、シャーナ教過激派によるヴェスヴィ人排斥運動が活発化。
帝国歴3130年1月15日『毒葡萄酒事件』発生。反帝国運動が、ヴェスヴィオス共和国内で頻発。帝国軍、国境付近に治安維持出動。
2月13日、両国国境にて軍事衝突が発生。同日、軍部によるクーデターによりムッソ・リー政権が樹立。帝国に対し宣戦布告を行う。
2月20日、帝国軍、ロメ半島南端ラーネウム領に奇襲上陸。南北からの挟み撃ちを開始。
12月31日、首都ネーポル陥落。共和国臨時政府、降伏文書に調印。
1月1日、ヴェスヴィオス共和国消滅。イーディア帝国ヴェスヴィオス自治州となる』
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「……僅か1年足らず、だったんだよね」
戦争孤児である16歳の少年は、当時を思い出しながらつぶやいた。
そして目の前の模型地図のとある場所を指さした。
「ここ、半島のちょっと下側の東の端。パグリア領のターラントって街に、俺と両親は住んでいたんだ」
そこは踵の付け根辺りで、湾に面した港町。そこから南西にラーネウム領が広がっていた。
タキトの両親は、そこで自分たちで加工した宝飾品を商っていたという。
「春先、3月の終わりぐらいだったかな?ラーネウムに上陸した部隊が、陸路でパグリアに攻めてきて。住民は皆、トラックやバスにぎゅうぎゅう詰めにされて、首都の方まで避難しようとしたんだ。入れ替わりに、銃や大砲を運ぶ兵達たちが街に入って行った」
「…………」
「直前まで、何の情報もなかったんだ。北の国境で戦争が始まったってニュースはあったけど、南から攻められてるなんて、新聞もラジオもテレビも、教えてくれなかった。まぁ、湾の向こう側から黒い煙や爆音が聞こえていたから、みんな逃げる準備はしていたんだけどね。でも、逃げても意味がなかった」
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先んじて自主的に避難した者もいたとはいえ、街の全体二千人以上の大所帯での移動だった上、他の町や州からの避難民とも途中で合流してしまったタキトたちウース一家の逃避行はカメの歩みだった。
対する帝国軍の進撃は凄まじかった。戦車と航空機が主体の共和国軍に対し、帝国は開発されたばかりの新兵器、<ドロゥズ>を投入したのである。
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一行が順路に従って進んだ次の展示に、ヴェスヴィ人が悪魔と呼んだ兵器の写真と模型があった。
3x2x5㎥の直方体をした胴体部分に、逆関節の2脚が付き、胴体側面には機関砲とミサイルランチャーを備えた高機動有人機。
柔軟な地形への対応力と細かい動き、対地対空の両方に優れた武装によって、共和国軍を、そして彼らに守られながら(あるいは盾とされながら)逃げていた一般人たちを蹂躙した。
『イ=ヴ戦争における一般市民の犠牲者は、およそ100万~150万人と言われているが、その大半が避難の最中の事故、あるいは戦闘に巻き込まれた事によるものだった。特に後者については、共和国軍が『人間の盾』作戦を行った、帝国軍の一部兵士がわざと市民を狙った、など現在でもその責任を巡って主張が分かれている』
タキトがそっと閉じた瞼の裏に、両親の最期の姿が浮かんだ。
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疎開を始めて5日目。左右を機銃付の装甲車に守られながら、深夜の暗闇を進んでいた避難民の車列が突然吹き飛ばされた。
寝ていたところを荷台から放り出され、ぬかるんだ地面に落ちたタキトは、自分の両隣にいたはずの両親を探した。
しかしようやく見つけたのは、眠るように横たわった母親と、背中に無数の破片を受けた父親がそれを守るように覆いかぶさっていた光景。2人とも、すでに息は無かった。
その後、どうやってその場から逃げ延びたのか、タキトは覚えていない。気が付いたときには、傷だらけの知り合いたちと一緒に、どこか小さな町で、イーディア軍の炊き出しの列に並んでいた。手元にあったのは僅かな金銭と、家から唯一持ち出せた家族写真だけ。
それから約9ヶ月後、首都ネーポルの無血降伏をもって、戦争はヴェスヴィオスの敗北に終わった。
タキトは一時、臨時に造られた戦災孤児の収容施設に入れられたが、その劣悪な環境から自力で脱走。空腹によりネーポル市の河川敷で行き倒れ、そこをリコラ達、河川敷集落の面々に拾われて、現在に至る。
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「……タキト」
2つ目の展示の前で立ち尽くす少年に、レシーナはためらいがちに声をかける。
「……ん?ああ、ごめん。ちょっと色々思い出しちゃって。……ああ、次がお嬢さんのお目当てでしょう?早くいきましょう」
暗い気持ちを振り切るように、レシーナを急かすタキト。その後ろについていきながら、レアーレとエルは、それぞれ思案の表情を浮かべていた。
「……圧政を敷く軍事政権から国民を開放する、我々はそう正義を掲げて戦ったのだと認識していた。だが実際、彼のような被害者を出してしまっていたのだな」
「それは誤解だ、ボスコ嬢。少年のような被害者を生んだのは、間違いなく共和国軍だ。選民思想云々に関係なく、な」
「エル・コラーノ?それはどういう……」
その物言いを不審に思ったレアーレだったが、エルはそれ以降口を開かず、皇女と少年を追いかけた。
……テロ事件発生まで、残り15分




