第五話:勉強の時間Ⅱ~空間魔法編~
「まずは、『攻撃』。とにかく攻撃特化の空間魔法だな。代償は肉体変化。普通の人間では不可能な肉体の変化が目に見えて分かる」
「肉体の変化……」
「簡単に言えば、人間がゴーレムとかみたいにでっかくなったり、そういう体つきになったりするようなことだ」
クローネの脳裏に、かろうじて人の姿は維持していながらも、化物同然の姿になってしまった友人の姿が浮かぶ。
「もちろん、どんな姿になるのかはその時その時で分からないが、大体は人ではありながらも、人ではないような姿になる」
「……だから、『代償』ですか」
「そうだな。でも、最後に説明する奴よりはまだマシな部類だ」
「これで、マシって……」
他の能力者たちは、どれぐらい酷い代償が与えられるのだろうか。
「次に『防御』。『攻撃』同様にして反対の、防御特化の空間魔法だ。代償は『攻撃』同様に肉体変化ではあるが、こちらは肉体年齢の退行。若返るといえば聞こえは良いが、最終的には幼児レベルまで下がることになる」
「片や化物レベルへの肉体進化に、片や幼児レベルまでの肉体退行ですか」
「ああ、そいつらの代償認識はそれであってる」
次行くぞ、とクローネは説明を続ける。
「次は『封印と解除』。空間魔法による代償は『行動範囲の制限』」
「行動範囲の制限、ですか?」
ああ、とクローネは頷く。
「使えば使うほど、自分の行動範囲が狭くなっていく。だから、下手をすれば、旅に出ていると帰郷すら出来なくなる可能性もある」
「それは……」
望未のように世界を越えたわけでもなければ、どれだけの日数が掛かっても、いつでも帰れる場所にあるというのに、たった一つの魔法の代償でそれが不可能になってしまう。
「もし……もし、あと数歩で故郷が見えてるとかした場合だと、きっと悔しいですよね」
「まあ、そうだな。どれだけ限定されるのかを僕は知らないが」
さすがに知識として知ってはいても、その範囲まではクローネも把握できていない。
クローネの知る『彼女』は、何とか帰郷できたらしいことを、小型通信機(スマホや携帯みたいなもの)で本人や仲間たちから連絡が来たことで知りはしたし、彼女の元を訪れたことも何度かあった。
そのことを思い出したからだろう、どこか懐かしそうな目をするクローネに、望未も微笑ましそうにする。
「次はは『現と幻影』だな。空間魔法による代償は『認識の消失』ーーつまり、透明化だ」
「それって、透明人間になるってことですか?」
「まあ、簡単に言えばそうだが、そんなに良いものでも無いぞ?」
「そうなんですか?」
先程の『封印と解除』とは打って変わり、悩ましげにしながらクローネは説明する。
「一般的に、透明人間って言われると、どうなったりすると思う?」
「そうですね……他人からは見えなくなるわけだから、普通なら入れない場所とかに無断で入ったり、覗きをしたり出来ますよね」
「だと、思うだろ?」
では、何が違うのか。
「一番分かりやすくて、精神が疲弊する」
「……えっと?」
「つまり、そういうことも可能にはなるが、誰からも認識されないがために、食事なども用意してもらえなければ、ほとんど幽霊扱い、いないもの扱いされるってことだな」
「……」
「それが死ぬまで続くんだ。支え合うのが人だってのに、だれからも支えてもらうことさえ出来ずに、他人とまともに話すことすら叶わない。そんなの、寂しくないわけがないだろう?」
少しばかり、関わらなくても人は生きていけるだろう。
だが、それが一生続くとなればーー人に因っては発狂ものでは無かろうか。
「そう、ですね……」
望未は今もこうしてクローネと話してはいるが、彼から認識されず、話すことさえ叶わなければ、きっとあの洞窟で一人で餓死することになっていただろう。
「まあ、他の空間魔導師には視認してもらえるし、こいつに比べたら、次の奴らはまだマシか」
どうやら、次の説明に入るらしい。
「『天空』と『深海』。この二つは、『攻撃』と『防御』みたいに代償は逆になっている」
「逆ですか」
「『天空』は永遠に足が地に付かず、『深海は』永遠に空を飛ぶことは出来ない」
確かに、逆と言えば逆ではあるが、それのどこが代償なのか、望未にはいまいちピンと来ない。
「さらに詳しく説明するなら、『天空』は体重が軽くなりすぎて、ずっと空に浮かびっぱなしだから、何か仕事をしようにもほとんどの職種には不向きになる。逆に『深海』は体重が重くなりすぎて、飛行艇や空中浮遊系のダンジョンとかに乗ったり、入ったりすることが出来なくなる。酷くて床に穴を開けることになるらしいからな」
思っていた以上に、酷かった。
「それでも、日常生活に支障は出るんですね」
「そうだな。で、次行くぞ」
「はい」
クローネは告げる。
「ここからは空間魔導師の中でも上位に分類される能力な」
「上位に分類、ですか」
「ああ。次は『破壊と再生』だ」
文字通り、物を破壊し、再生させる。
それは、どんな『もの』にも発動可能で、もちろん人体にも影響を及ぼすことが出来る。
「全てのものが破壊でき、再生できる能力……」
「もちろん、出来ないものも存在するが、出来るものの方が圧倒的に多いな」
建物など、壊さなければならない物等といった『もの』に対しては効果は高いのだろうが、それを人に向けるとなると、それは殺人(もしくは殺人未遂)になるのではないのだろうか。
「こいつの代償は、術者の体の一部が破壊されること。分かりやすく表面に現れるのか、それとも臓器などに表れて、分かりにくいのか。これもその時その時だな」
「……」
「それじゃあ、次に行くぞ」
だが、そのまま話し始めると思っていたクローネの気が変わったことで、望未は半無意識に佇まいを直す。
「次は『生と死』ーー人の命を扱う、空間魔法だ」
何か言おうとした望未ではあるが、空気がそれを許さない。
「基本的には治癒能力だな。自身にも、他人にも、扱うことが出来る。ただ、能力者本人の回復力は常人とは比べものにならないほどの早さで回復する。そしてーー」
クローネは告げる。
「『禁忌』とされた魔法を扱える一つでもあるのが、『生と死』だ」
「その、『禁忌』って……」
問わずとも何となく、分かってはいる。
『生と死』と言っている時点で、それがそういうことが出来てしまうのではないかと。
神の御業とされ、『禁忌』とまで呼ばれるその名はーー
「『死者蘇生』」
ーーああ、やっぱりそうなのか。
望未は視線を下に向ける。
「けれど、これに関しては別に代償が必要となるからな」
「『生と死』としての代償だけではなく、『死者蘇生』としての代償ですか……っ」
『生と死』の代償だけではなく、それ以外にも何かを持っていくというのか。
「僕も本でしか知らないんだけどね。『死者蘇生』の代償は厄介だ。五感のどれかか全て、血、精神、記憶、時間、肉体の一部か全て。そして、魂のどれかが持っていかれるらしいからね」
「……っ、」
「対して、『生と死』の代償は不老不死だ。老いることもなければ、死ぬこともない。永遠の時を彷徨い生きる存在だ」
「……普通は、寿命が縮むとかではないんですか?」
強力な魔法を使うための代償。
『生と死』と言うからには、寿命を削るのかと思ったのだが。
「僕もそうかと思ったんだけどね。どうやら違うみたいだよ。『生』という時の牢獄に閉じ込める。生きることで、生き長らえさせることで、別の恐怖を与える。生きながら、死を与える。長い永い時間の中、友人も仲間も失っても尚、顔見知りも存在しない、たった一人になっても術者だけは生きている。それが、このーー『生と死』の代償だ」
「クローネさん。まさかーー」
他の魔法の説明よりも、少しばかり詳しい説明。
そこに込められた感情に、言い方に、彼が言わんとすることに気づかないはずがない。
「ああ、僕が今代の『生と死』の空間魔導師だな」
「……」
一体、何と言えばいい?
そもそも、この人はどれだけの時間を生きている?
私を見つけたとき、どう思ったのだろうか。
ーーそんな様々な疑問が、望未の中に表れる。
「ほらほら、まだ勉強の時間は終わってないから、続けるぞー」
まるで望未の反応なんか気にしてないかのように、クローネは告げる。
「でも……」
「あのなぁ、お前が気にしたところで、これはもうどうにもならないんだから、気にする必要なんか無いし、誰かがどうにか出来る問題でもない」
「神様でも、ですか?」
人間が起こせない『奇跡』を起こせるであろう神であれば、彼の、彼らが抱いていた苦しみを無くすことが出来るのではないのか。
そんな望未の希望も、クローネは打ち砕く。
「そもそも空間魔法自体がいつ頃この世界に発現して、存在していたのかも不明なんだ。それこそ天上の神々が使ってて、その子孫を通じて、僕たち人間が使えるようになったのかもしれない。そもそも、神々が存在するよりも以前に存在していたのかもしれない」
「……」
「しかも、だ。空間魔法は他人を見下すーーそうだな、分かりやすく『貴族』としよう。その貴族には地位や権力、それなりの武力もあって、道行く平民たちを日々見下していた。当然、権力や戦う力を持つ貴族に、逆らえるほどの『力』が無い平民たちは、日々耐えるしかない」
「……」
「王族はそのことを知っているはずなのに、口出ししてこない」
クローネの語り口調に、望未は黙って聞いている。
「でも、ある日。一人の人間がその扱いに耐えきれなくなり、貴族に刃向かった。当然のことながら、貴族はその者に怒り、護衛たちにその者の始末を命じた」
「……」
「でも、その者は護衛たちを全て返り討ちにしてしまった。おそらくそれがきっかけだったんだろうな。今度は貴族の屋敷で一対多の戦いが行われることとなった。もちろん、その者を始末するために」
けれど、結局その者は勝ってしまった。
化け物、と罵る貴族に、その者は言う。
「『我々の能力は、貴方のような理不尽を押し付けてくる者に対して、執行されるのですよ』とーー」
「理不尽……」
ただ表向きそう演じているだけなら良かったのかもしれない。
裏では、民を思い、こそこそと辛い目に遭わないように働いているのならともかく。
「『平気で人を見下し、持ちうる全てを使って相手を叩きのめす。貴方が今までしてきたことを、何故自分に返ってこないと思ったのですか?』ーーそう聞いたらしいよ。ただ、その問いの後、その貴族がどうなったのかは知らないけどね」
「……そこまで、しますか」
「まあ、これはほとんどたとえ話だ。要するに、逆らうことができない存在に対して、逆らうことができる術の一つが、空間魔法ってわけだ。故に、王族と対等、またはそれ以上の権力者とされているわけ」
「でも、そうなると、先程の貴族ではないですが、そういう人たちが出てもおかしくはないですよね?」
自分たちを助けた存在が、今度は自分たちに危害を加えてくるとなれば、その民たちは悲しむだろうし、何より絶望的だろう。
「まあ、普通はそう考えるだろうが、空間魔法が発言するほとんどの奴らは平民・庶民だ。となれば、必然的にほとんどが見下すことも無くなるってもんだ」
「そういうものですかね?」
「そりゃ、中には見下してた奴も居たみたいだが、基本的に他人に対して素直になれなかっただけだとか、そうしなければならない状況だったとか、そんなのばかりだな」
それはつまり、前者がツンデレ、後者は演技と言うことだろうか。
「……何というか、どう言えばいいのやら」
「何も言う必要は無いぞ。あくまで当時は、って話だ」
クローネがぐぐぐ、と伸びをする。
勉強など(それも教える方)、一体いつぶりだろうか。
「っと、話が逸れすぎたな。次が今のところ最後だな。『有と無』。文字通りの能力であり、物質だけではなく、この世のありとあらゆるもの全ての存在を自在に操ることができる、『生と死』と能力的な強さでは並ぶ空間魔法だな」
「『有と無』……」
「使用による代償は『存在の消滅』。『現と幻影』はまだ空間魔導師たちから姿は見えるが、こっちは完全に見えなくなるから、どれだけ呼び掛けたところで反応はない」
「悲しいですね」
望未はそう返すが、だから『現と幻影』の時にマシだとか言ったのかとも思う一方で、実はクローネが『有と無』に関して、まだ言ってないことがいくつか存在していた。
だが、もしそれを言って、彼女が知って。その能力が自分にあると知った場合。
(こいつは、どうするんだろうな)
だからこそ、『有と無』に隠された『生と死』の関係を、今この場で口に出すことは憚られた。
だって彼女には、まだ生きていてもらわなければならないのだから。
「っ、そうだな」
彼女に話すのは『その時』が来てからでいい。
その時が来るまではーーその秘密を、胸の内側に隠しておけばいいのだから。
「まあ、座学としてはこんなところか。他の能力も無いこともないが、現状存在している面々はこれぐらいだから、今はこれだけ覚えておけばいい。次は実際に動いて、確認。魔法の方は魔力コントロール、武器関係はまずは体力作りからスタートな」
「はい!」
座学と言っても、ほとんど確認のようなものだ。気になったら調べるなり、何なりすればいい。
結局、何をするにしても、やりながらだったり、動いて覚えた方が早いだろうから。
「明日からはもっとキツくなるから、覚悟しとけよ?」
「もちろん、覚悟は出来てます」
自分から頼んだのだから、始まったばかりの今、退くわけにはいかない。
「よし、いい心意気だ。僕もビシバシと行くからな?」
「は、始めからハードルを上げすぎるのは止めてくださいね。段階的にレベルを上げてもらえるぐらいなら良いんですが」
「何だ。僕がいきなり詰め込んでくるとでも思っているのか? その方が良いのなら、出来なくもないか」
「いえいえいえ、こっちは初心者なんですから、順番にお願いします」
望未の必死さに、クローネは噴き出すが、どうやら望未が要望を口にしなくとも、彼は彼でそのつもりだったらしい。
まだまだ道程は長いけれど、きっと会いに行けるだろうから。
(だから、待っててね。幸君)
こうして、彼と再会するための第一歩を、望未は踏み出したのである。




