プロローグ
『プロローグ』ですが、『迷宮管理者と次元の魔女』本編のネタバレ要素があるので、それでも良いと言う方は、ご覧ください。
「ここ、どこ?」
「どこ、なんだろうな」
真っ白な空間に、少女と少年は居た。
少女は黒髪に茶色の目をしており、少年は少女と同じ黒髪に黒眼という見た目をしていた。
そんな時、二人の耳に、パタパタと駆けてくるような音が届いた。
「ごめん、喚んだ張本人が遅れたね」
そう告げた、少し天然そうな見た目の青年に、少女たちは互いの顔を見合わせた。
「えっと、喚んだというのは……?」
『呼ぶ』ではなく、『喚ぶ』。
普通、会話だけでは分からない表記が、何故か二人の頭に浮かんだ。
「僕はね。役目を全うしてくれそうな人たちを捜していたんだ」
「役目?」
「そう。そして、君たち二人が選ばれた」
それを聞き、二人は顔を顰めると、互いに視線を送り合う。
実は二人とも、互いに初対面であるのだが、目の前にいる青年が話し始めてから、考えや思いは一致していた。
言うなれば、胡散臭いの一言で終えられる。
「ちょっと待て。先に役目とかいう奴の内容を話せ。こっちも纏められない」
少年の言葉に、青年はそうだね、と頷けば、口を開いた。
「役目というより、頼みだ。その内容は、とある人物の救済だ」
「救済……?」
「そう。まだ生を受けていない、これから生まれて来るであろう人物でね。その子は輪廻転生しては、いつも似たような運命を辿っていた」
青年にとっては、大切な人物なのだろうか、と二人は話を聞きながら思う。
「もちろん、危険な世界ではあるから、武器も貸すし、魔法も使えるようにする。言語問題や常識問題にも困らないようにする。どの子が目的の人物なのかも、一目見れば分かるようにする。だから、頼む」
頭を下げる青年に、少女たちは困惑した表情を浮かべる。
ほとんど彼が一方的に話していた状態な上、優遇されるのなら、受けてもいいとは思うが、少女たちは一言も受けるなどとは言っていない。
というか、聞いていて気になった。
「で、武器に魔法? 俺たちを一体、どこに連れてくつもりだ?」
少年の問いに、青年は答える。
「リラデュイラ世界だよ。君たちに、もっと分かりやすく言うのならーー剣と魔法が存在する、異世界、というところかな」
「……」
「……」
二人は固まった。
二人とも、異世界トリップなど、そういう類の物語は読んだことはある。
だが、自分が体験することになるかどうかといえば、それは別問題である。
「待って。それ以前に、私たち、帰れるの?」
この場から、異世界に行ってから。
どちらからにしても、二人には家族や友人のいるのだから、帰りたいと思うは当たり前だ。
「難しいね。他の世界からは来られるけど、出られない。方法が無いこともないけど、無いに等しいと思っておいてくれればいい」
「それはつまり……戻れない、ってことですか」
少女が結論を告げる。
そんな少女に、少年は視線を向け、青年は顔を伏せる。
ーーああ、そうなんだな。
「……どっちか残って、どっちか戻るってのは、駄目なのか」
「っ、それってーー」
少年の言葉に、今度は少女が視線を向ける番だった。
少年は、自分のためにこの場に残り、青年の頼みを引き受けるつもりだというのを、彼とは初対面だというのに少女は分かってしまった。
「それは無理だ。君たち二人でないと」
少女は爪の跡が出来るほど握りしめ、少年は悔しそうに歯を食いしばる。
ーー何で、自分たちだったのだろう?
そんな質問が分かってしまうから、青年も口を挟めずにいたのだが、二人を説得し、納得させるには話すしかなかった。
「……君たちにね。さっきも言ったけど、助けてもらいたい子って、元々は君たちと同じ世界の出身であり、君たちのように、一度この場に来たんだ」
「だったら、その子に頼めば……」
だが、それが出来ないと訴えるかのように、青年は首を横に振った。
「聞きたい部分があるのは分かるけど、まずは最後まで聞いて欲しいかな。……それでね。その子は最初はある目的を持って、とある神に召喚されたんだけど、目的の人物とは違うからと次元の狭間の片隅へと追いやられたんだ」
けれど、その子を偶然というか、助けた人物が居た。
その子はその人物の元へと送られたのだ。
「だが、助けたのは、以前その子と同じ目に遭った女性でね。話を聞いた彼女は、その子を利用することを思いついた」
でも、相手にするのは神だから、その子に力を得てもらう必要があった。
「そして、その子は女性に召喚され、説明を受けた幼馴染とともに力を与えられると、リラデュイラ世界に送られ、女性に再び会うために旅を始めた。だって、その子には召喚主でもある神の元へ行くには、一度助けてくれた女性の元へ行く必要があったから」
「……」
「それが全ての始まりであり、次で四度目の転生となる」
「四度、目……」
異世界に来てから、その子(達)は女性と会うことが出来なかった。
途中、不信感を持ったこともあったが、その子たちは諦めなかった。
「凄いんですね。その子たち」
「本当にね」
青年からしてみれば、女性の元に訪れたときに聞かされた策にも驚かされたのだが、それほどまでに彼女たちの意志は強いのだろう。
ーー復讐なんかじゃない。だだ一発殴って、文句の一つや二つを言ってやりたいだけ。
そう、女性ーー次元の魔女は言った。
「そして今、僕は同じことを君たちに行おうとしている」
本来歩むべき人生を歪められた彼女たちのためだけに、関係のない目の前の二人を、こうして巻き込もうとしている。
「僕に対しては、同情とか付け込んでいるとか思ってくれても構わない。だからーー引き受けてくれないか?」
「……」
頭を下げる青年に、少年と少女は顔を見合わせる。
「……その子を召喚した神様は、個人的な用件で喚んでおきながら、貴方のように頭を下げることをしなかったんですね」
自分は神で、相手は人間なのだから、従うのが当然。
きっと、その子の召喚主だった神様は、そう思っているのだろう。
そして、違うからと謝罪も無く、放り出され、放置された。下手をしたら、誰かに助けられることもなく、死ぬ可能性があったかもしれないのに。
「私は、引き受けはしますが、これだけは約束してください。私の生命の保証を」
これからの運命を預けるのだから、保証ぐらいしてもらいたいものだ。
「正気か?」
「君は戻りたければ戻ればいい。私は行くって決めたから」
少女の言葉に、青年は少年に目を向ける。
「ったく、この子だけじゃなく、俺も必要なんだろ?」
「そうだね」
「どうせ戻れないなら、行ける方に行くしかないだろ」
少女が行くと決めてしまったからには、自分も行くしかない。
だって、目の前の青年は、それを望んでいるのだから。
「二人とも、ありがとう。それじゃ、遅れたけど、自己紹介と行こうか」
「じゃあ、私から。私は、久遠望未といいます」
「俺は常磐幸希だ」
「僕はリラデュイラ世界を統轄する神の一人、リオン。久遠望未さん、常磐幸希君。君たちを僕の力と願いを以て、ある人物の救済を頼みます」
この先、様々な障害や困難が有ろうと、必ず乗り越えられると信じて。
「離れ離れになっても、君たち二人を巡り合わせ、その生命も護ることを誓う」
リオンは真面目な表情でーーまるで、騎士が主に誓うかのようにーー告げる。
「いくら頼む立場であっても、神である貴方が、そう簡単に頭を下げては駄目ですよ」
望未に言われ、リオンはそっと顔を上げる。
「それより、これから行く世界の情報、くれるんでしょ? 言葉も文化も違うから、苦労しないようにしてくれるって、最初に言ってたよね?」
幸希の言葉に、望未とリオンは苦笑いする。
「もちろん」
リオンは頷くと、小さな光の玉を二人へと放つ。
ゆっくりと向かってきた光の玉は、二人にぶつかると、そっと二人の中へと入っていく。
「っ、」
そんな二人の中を駆け巡るのは、これから行こうとしているリラデュイラ世界の情報。
だが、あまりの情報量に、脳内の処理が追いつかず、途中でショートも仕掛けたが、何とか処理を終えれば、二人はその場に座り込んだ。
「頭、痛い……」
「経験は無いのに、知識だけはある、って、こういうことを言うんだろうな」
感覚も不安定な感じである。
「……リオンさん。情報はこれで全部ですか?」
「いや、まだある」
それを聞いたときの二人の表情は、「マジか」とでも言いたげに、引きつっていた。
「今、君たちに渡した情報は、言語・武器の種類や使用方法と感覚の植え付けだからね。国や歴代の王、歴史に魔法関係ーーつまり、一般常識と、覚えてもらわないといけないことは、まだまだ沢山あるんだよ」
それを聞いて、思わず無言になった二人は悪くない。
「まぁ、何だ。お互いに頑張ろう?」
「……そう、だな」
この時、二人には、リオンから送られてくる膨大な情報に耐えるべく、奇妙な友情が芽生えたとか、芽生えてないとか。
そしてーー
「それでは、リオンさん。行ってきます」
「とりあえず、行くだけ行ってくる」
「ああ、うん……」
無理矢理というか半強制的に知識を植え込んだためか、幸希だけではなく、やや冷たい望未の反応に、リオンは苦笑いする。
「あと、君たちには、これを渡しておくよ」
「これは?」
「剣や槍といった様々な武器にもなるーー“『万能』の杖”なんだけど」
「『万能』、ですか」
見た感じ、“核”があるだけで、そんなに万能そうにも見えないのだが、神であるリオンが言うのなら、本当なのだろう。
「本当なら、本来の持ち主に返すべきなんだろうけど、もう返すことが出来ないからね。だから、君たちに使ってもらいたいんだ」
リオンはそう言うが、彼がその気になれば、使用者を代えながら、返そうと思えば返せなくもない。
「分かりました。それでは、使わさせていただきます」
「うん。使ってれば分かることだけど、個々だけでもそれなりに優秀だけど、『二つで一つ』みたいな使い方も出来るから、試してみると良いよ。あと、『使用者認証・登録』だけは絶対にしておいて。他の人間に渡ったら、厄介なことになるから」
「『使用者認証・登録』?」
「そう。まあ、そのシステムにも穴はあるみたいなんだけど、基本的に認識させた使用者以外に使わせない、ってことだね」
ふむ、と望未と幸希は杖を見ながら思案する。
「登録方法は?」
「血を一滴垂らして、名前を名乗るのもあれば、魔力で登録するものもある。まあ、後者に関しては、『馴染ませる』って言った方がイメージしやすいかな?」
「ああ、なるほど」
けど、どうしたものか。
血か魔力か。
どう使用者だと認識させるべきか。
「血の場合、どこに垂らせばいい?」
「“核”だね。魂ほどじゃないけど、血にはその人の情報が含まれているから」
「そうか。血を出せるものは無いか?」
そう告げる幸希に、望未は目を向け、リオンはそれなら、とどこからかナイフを取り出す。
「はい」
「どうも」
リオンからナイフを受け取ると、特に気にした様子もなく指に刃を当て、血を出し、核に垂らす幸希。
「『使用者登録申請:常磐幸希』」
『申請者:常磐幸希様。『使用者登録』承認、完了しました』
「はい」
「ああ、うん……」
核の確認を聞いた幸希からナイフを受け取る望未だが、その表情は引きつっていた。
(ええぃ! こうなったら妥協、開き直りだ!)
だが、固まってる暇も時間もないので、勢いと開き直りで刃を指に当て、核に当てる。
「……『使用者登録申請:久遠望未』」
『申請者:久遠望未様。『使用者登録』承認、完了しました』
幸希と同じようにやってみたが、どうやら上手く行ったらしい。
「それじゃ、二人とも『使用者登録』も終わったことだし、今度こそ、だね」
「はい」
「もう、忘れてることは無いよな?」
幸希が疑いの眼差しを向けるが、リオンは頷く。
「それじゃ、リオンさん」
「杖、持ってくから」
「……礼を求めるつもりは無いけど、君は、もう少し素直に言えないの?」
「会って数時間の奴を相手に丁寧に接するほど、出来た人間じゃないんで」
そんな二人のやりとりに、望未は苦笑する。
そして、思うのだ。
ーーもう、戻れない。
戻ろうと思えば戻れる位置には、まだ居る。
けれど、自分たちは選んだのだ。
異世界に行くことを。
「ほらほら、さよなら間際まで喧嘩じみたことしないの。常磐君も、リオンさんが寂しがってることぐらい、理解してあげなよ」
「あれ? 望未さん? 何か幸希君より、地味に僕を下に見てない?」
「まさか」
望未の言葉に、もしやと思って恐る恐る尋ねるリオンだが、否定するような返しに安堵できたのは、一瞬だけだった。
「もう帰れないと思うと……ねぇ?」
ーー怒ってる!
瞬時にそう判断したものの、そうだとばかりに幸希の方を見てみれば、望未から「言ってる意味、分かってるよね?」とでも言いたげな目と、なるべく合わせないようにしていた。
「そういえば」
「うん?」
「さっき、俺のこと、名字で呼んでただろ」
幸希に問われて、そういえば、と望未は頷く。
「……幸希でいい。どうせ一緒に居て、そう呼ぶことになるなら、最初から名前の方が良いだろ」
「そう、だね。なら、私も望未で良いよ」
「ああ、分かった」
そんな「青春だなぁ」と微笑ましくも見える光景を余所に、リオンが急かす。
「ああもう、また行くのが遅れ始めてる。境界が切れちゃう」
「……誰のせいなんだか」
ぽつりと吐かれた幸希の呟きは、近くに居た望未やリオンにも当然届いていたのだが、突っ込むとキリがないので、そのまま放置である。
「約束、絶対に守ってくださいよ?」
「分かってるよ」
境界を通り、人間界へと向かう二人に、リオンは手を振るのだが。
ただ一つ。望未も幸希も神であるリオンでさえ、予期していなかった出来事があった。
「あのバカ神。あれだけ慎重に喚んでおきながら、送るときに目立ってどうすんのよ。こうなったらーー援護射撃、してやろうかしら?」
次元の狭間で、全ての状況を見ていた女性は呟く。
「異世界だと、“黒髪黒眼”は良くも悪くも目立つって、せっかく教えたのに……」
けれど、無視も出来ない。
「私に出来るのはこれぐらいだから、後は頑張りなよ。お二人さん」
ーーだから、早く私に会いにおいで。
目的はまだ達成できていないが、そのための『鍵』はもう、世界に与えてある。
先に真実を知るのは誰なのか。
神か人か、それとも魔女か。
その答えは、数十年後に明らかになるのだがーーそれはまた、別の時にでも話すとして、彼女は笑みを浮かべて言う。
「さぁて、カウントダウンは始まったわよ?」




