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脆く儚い日常の果て

 近くでピッ、ピッ……とリズムよく何かが鳴っている。

(俺は何をしているんだろう……何も思い出せない。それにまぶたが鉛のように重い……目を開けるってこんなにも大変なことだっけ……?? なんか、前にもこんなことがあったような気がする。こういうのなんて言うんだっけ……? あっ、そう……デジャブだ)

 俺はゆっくりと目を開けた。見覚えのない天井にカーテンに囲まれた空間だった。

(これもデジャブってやつかな??)

 笑おうとしたらお腹の辺りに激痛が走った。

「痛っ……」

 その激痛のおかげで、とりあえず今俺は夢とかそういうのではなく生きているんだと実感した。

 体を動かすとまた痛みそうなので頭だけを動かして辺りを見回した。病室のようだった。

 俺の体には点滴の管やベッド脇の機器から伸びたたくさんのコードが繋がっていた。近くの小さな机には花瓶に花が飾られていた。

 そして、もう一つベッドの脇で椅子に座り、俺の手を握りながらベッドにうつぶせになって眠っている足や腕に見える包帯やギブスが痛々しい女の子の姿が見えた。

「美樹?」

 声を掛けたが静かな寝息を立てて起きる気配はなかった。俺はそのまま静かに美樹の寝顔を見守ることにした。なんだか美樹の全てが愛おしく感じた。

 しばらくして、美樹が目を覚まして体を起こして、俺の方を見た。そして、今にも泣き出しそうな顔になった。

「純平??」

「よう。おはよ。よく寝てたな」

 俺はからかうように言った。

「えっ……えっ!? てか、あんたにだけは言われたくないわよ!!」

 美樹は笑って返していたが、目にはうっすら涙を浮かべていた。俺もお腹の痛みをこらえながら一緒になって少し笑った。

「でも、よかった……目が覚めなかったらどうしようって思ったんだから……」

「はあ? 俺、そんなに寝てたの? てか、何で俺はこんなとこにいるの?」

「純平、あのね……2週間くらいずっと眠ってたんだよ。それより、本当に何も覚えてないの?」

「2週間!!??」

 俺は本気で驚いた。驚きのあまり大きな声を出してしまい、またお腹に激痛が走った。

「大丈夫? そう、2週間。ずっと意識が戻らなくてさ、すっごい心配したんだよ……」

 美樹は俺の手を強く握り締めながら話した。

 俺は必死に何があったか思い出そうとした。そして、少しずつ思い出してきた。思い出すと同時に恐怖も蘇ってくる。

「そうだ! 優子は? あいつはどうなったの?」

 俺の質問に美樹の顔が曇る。

「あの子は……今は行方不明らしいわ」

「行方不明???」

「うん……純平は、あの日何があったか分かる?どこまで覚えてるの?」

「えっと……帰りに駅で優子から電話かかってきて、振り向いたら優子が目の前にいて……あとは……何も……」

(あとは無音の世界で赤い染みが広がっていく光景……)

 このことは言いかけてやめた。言わない方がいい気がしたのだ。そして、あれは今思えば実際に見えたものや現実で起きたものではなくて、夢か幻か、それともまたそれとは別のものかは分からないけどそういう類のものだったのだろう。

「そう……純平はね、その後に刺されたの。きっとあの子に……」

「刺された???」

 俺は今さらながらにお腹の痛みの理由に納得した。そして、あの広がっていく赤い染みは血だったのかなと思った。

「それでいつの間にかあの子はいなくなってて、そのまま行方不明ってことらしいの……」

「警察は何て言ってるの?」

「「ただいま捜索しております」「進展があり次第連絡させていただきます」の繰り返し……あとね、純平……」

「まだ、何かあるの??」

「ごめんなさい……」

 美樹が頭を下げるが、謝られるようなことに覚えがなかった。

「なんで、謝るの?」

「あの日ね……私、純平に言われたように警官に話したんだよ。あの二人の警官は信じてくれて、上の人に掛け合ってくれたんだけど、たかが事故の犯人、実害の出てないストーカーは扱えないって相手にしてもらえなかったみたいなの。でね、一応、純平にメールはしたんだけどさ、やっぱり純平は見てないみたいだし、電話すればよかったなって思って……」

「美樹が悪いわけじゃないじゃん。謝ることないよ」

 俺は美樹の頭を撫でながら話す。しかし、警察は動いてくれなかったということには少なからず失望した。俺自身も動くとは限らない警察が動いてくれるものだと過信した挙句、連絡を取ろうとした美樹からのメールくらい読んでいればこんなことにならなかったかもしれなかったと思うと、自分の浅はかさが腹立たしかった。

「でも、まあ……こうして生きてるわけだし、別にいいじゃん。それに、なんとか無事に美樹のところに戻ってこれたんだしさ」

「そうだけど、純平……その体で無事っていえるの?」

 俺と美樹は顔を見合わせて笑った。そして、何度もキスをした。


 その後、意識が戻ったことで医者や看護師が怪我のことも含め様子を見に来た。簡単な検査や問診が終わると入れ替わるように警察がやってきて話を聞かれた。

 ちょっとバタバタして疲れたが、静かになって落ち着いてきて、美樹が俺に眠っている間のことを色々話してくれた。

 俺が運ばれてから、3日くらいは毎日のように警察関係者が来たそうだ。未然に防げなかったことへの謝罪と、事件についての話を聞くためだったそうだが、謝罪の方は事情を聞いた両親が怒って追い返そうとしていたそうだ。美樹が「あんなに怒ってるおばさんとおじさん見たことなくて、正直怖かった」と言っていた。

 警察関係者であとは、あの二人の警官も来てくれたそうで、若い警官の方が上の対応に腹が立ったから勢いで情報を少しだけリークさせ、上層部のケツに火をつけたんだと言っていたそうだ。その責任を初老の警官も一緒になって受けることになり、話が分かる上の方の役職の人の命令でしばらく病院の警備の担当になったという話を聞かされたそうだ。そのために病院の角の個室が用意され、さらにドアの前には警備のために人を立たせ、関係者以外は病室に入れさせないほど徹底してるらしい。初老の警官はもっと柔軟に対応したいらしいが、上からの命令が厳しいらしく仕方がないと息をついていたそうだ。

 他にも、マスコミ関係者が病院に押しかけて大変だったそうだが、そっちも警察関係者が事情が事情なので責任を感じて完全にブロックしてくれたらしく、病院側にもあまり迷惑にならずにすんだらしい。

 美樹は自分も怪我をしているにも関わらず、ずっと付き添っていてくれたらしい。正確には、美樹と俺の母親を加えた3人で、交代で付き添ったりしていたそうだ。

 母親たちは美樹から付き合いだしたことを聞いて、それが嬉しかったらしく、俺の心配は二の次で病室でその話題で盛り上がっていたと、苦笑い交じりで美樹が話していた。

 学校の友達や担任なども来たそうだが、病室には入れさせてもらえなかったようで、ロビーで母や美樹が相手をしたそうだ。その後も担任は何度か花を持ってお見舞いに来たと言っていた。

 圭太も一度だけ美樹がいるときにお見舞いに来たらしい。圭太は一人だけで来たそうだ。美樹はそこで圭太とじっくり話し合ったらしく、美樹が別れを告げた理由、俺と付き合いだしたこともちゃんと話して、完全ではないが納得してもらえたと言っていた。

 さらに、圭太には優子のことを話したらしく、かなり顔が青ざめていたそうだ。

「それで圭太がね、純平が目が覚めたら伝えてくれって言ってたんだけど、「あの時は事情も知らず、勝手な思い込みで殴って悪かった。退院したらゆっくり話したい。あと美樹のこと支えてやれよ」だって……」

 それを聞いて、俺は圭太と普通に話せるくらいには仲は戻せるかもしれないと思った。しかし、どうやっても以前と同じ関係には戻れないだろうとも思った。親友にはもう戻れない……それだけのことをお互いにしてしまったのだから……


 それから俺は順調に回復していき、退院の日取りも決まった。

 あの日以来、優子からはメールも電話も一切なかった。俺の前に姿を現すこともなかった。時折、話し相手になってくれたあの二人の警官も優子のことはまだ分からないと教えてくれた。それと俺にとって今の病院は警備も厳重でこれ以上ない安全な場所だから、襲われる心配なんてないと話していた。


 退院の前日……

 俺は病室で一人、荷物の整理をしていたら通学に使っている鞄がでてきた。鞄には所々血のような染みが付いていた。鞄は事故直後に一旦、警察が預かっていたそうで、後で返してもらってそのまま放置していた。

 鞄の中には教科書やノート、筆箱が入っていて、他にも読んでいた小説に音楽プレイヤーとそれに挿しっぱなしのヘッドホンなど見覚えのあるものが出てきた。小説と音楽プレイヤーが入ってるならもっと早く中を見ればよかったと少し後悔した。

 しかし、見慣れないというか、見覚えのないものが入っていた。綺麗にラッピングされた箱が入っていたのだ。

 あの日は、バレンタインデーでクラスの女子が配っていた義理チョコはもらったがそれは市販の板チョコでそれはちゃんと鞄の中にある。もしかしたら、知らないうちに誰かが鞄の中に入れた可能性も全くないわけではない。

 俺はその記憶にない箱を開けてみることにした。ラッピングの内側に手紙らしきものも添えられていて、少し驚いた。ラッピングを開ける前は手紙の存在すら分からなかったからだ。箱には手作りっぽいチョコが入っていた。

 手紙は2枚重ねて四つ折りにされていて、開くと写真が床に落ちた。拾うだけ拾って手紙を読み始め、書き初めの時点で誰からのものか分かってしまい手が震えた。


『純君。付き合ってはじめてのバレンタインだね。がんばってチョコを手作りしました。

純君がおいしいと思ってくれたら嬉しいかな。

あと、私と純君の子供の写真も一緒にいれておくね。もう3ヶ月になるんだよ。

これからも、ずっと純君を愛しています』


 1枚目を読み終わり、書いている意味が本当に分からなかった。

(子供? 俺は優子とそういうことはしてない。だから、子供だなんてありえない。ありえるはずがない……)

 しかし、嫌な胸騒ぎがする。

「そうだよ……写真を見ればいいんだよ。そうすればはっきりするじゃないか……」

 俺は震える手で写真を手に取って見てみる。全体的に黒っぽい白黒の写真で真ん中辺りに白いものがぼんやり映っていて、右側にはなにやら文字が印字されていた。

 俺は何の写真か分かった。だけど、恐怖と違っていて欲しいという思いから、病室から飛び出したが、足がもつれてこけてしまった。病室のすぐ外にはあの若い警官が立っていた。若い警官は何事かと血相を変えて駆け寄ってくる。

「どうしたんだい? 純平君???」

 俺は若い警官にすがりつくようにしながら写真を見せた。

「あの……この写真がなんだか教えてください」

 若い警官は写真を手に取り。じっくりと観察する。俺は自分が思う写真ではないと否定されることを祈りながら待っていた。

「この写真はエコー写真じゃないのか? なんで君がこんな写真を持っているんだい?」

 何かが自分の中で崩れ去る音が聞こえた気がした。

「……エコー写真ですか……?」

「ああ。妊婦のお腹にいる赤ちゃんを写した写真のことだよ。それより何でこんなものを?」

「そう……ですよね……やっぱりエコー写真ですよね」

 俺は力なく写真を返してもらいゆっくり部屋に戻る。若い警官はずっと何か言っていたけど耳に届かなかった。部屋の鍵を後ろ手に閉めて、その場にへたり込んだ……

 俺はもう1枚の手紙に目を落とし、内容を読み終ったところで完全に壊れた……


 その後、何があったかはもう何も覚えていないし、もう分からない……


『追伸  きっと純君には身に覚えも、記憶にもないことだろうから教えてあげるね。

私と純君はね、カラオケで一つになったんだよ。

純君の飲み物に睡眠薬を入れて眠らせた後だったから、気付かなかったかもしれないね。

だから、写真の赤ちゃんはまぎれもなく純君の子供だからね。


最後に、私はこれからはこの子と、純君を見続けていきます。   優子』

最後まで読んでいただきありがとうございました。

この作品は因果関係というものを意識して書いたもので、プロローグから最後に向けてのネタフリを散りばめています。

そういうことを意識しながら最初に戻って読み返していただければと思います。


そして、ラストシーンですが別の場所で投稿した際、「終わり方が腹立つ」と評されてしまいました。

今回加筆修正するに至り、ラスト時の純平の心理状態を踏まえ、続きを数パターン考えていましたが、結局はハッピーエンドにならず、全てバッドエンドに自然に向かってしまいました。

それならと、間延びさせないで切る方を選んだので、結局は変更するまでにはいたりませんでした。


後書き含め、ここまで読んでくれた方には再度お礼申し上げます。

それでは、また次の作品ができたときはよろしくお願いします。

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