19.暗黙の了解
なんだか、スランプって感じです。
まだ、2章の改稿が途中なんですが……出しました。
時は、中等院認定試験の終了後にさかのぼる。
中等院認定試験は、あっけなく終わった。もっと、難しい問題が出るって話だったのに……とマリスは思った。試験内容は、新聞が読めるレベルの標準的な読み書き、それに常識的なこの国の地理と歴史、計算だけだった。
試験が終わった日の晩餐のときに、マリスはイピサに中等院認定試験についてたずねてみた。
「おばあさま、中等院認定試験は思ったより簡単でした。今年だけ簡単だったのでしょうか?」
イピサは、ふふっと笑って答えた。
「いえ、いつも簡単なのですよ。―― 一生懸命勉強した人にとってはね。でも、油断したら『もしかしたら』失敗してしまうかもしれないでしょう。もう一回受けるという手もあるけど、将来に傷がつくわ。だから大人たちは皆、まだ試験を受けていない子どもに『中等院認定試験はとても難しい』といって脅すの。」
「もしかして、『中等院認定試験はとても難しい』と言って脅す事は、暗黙の了解になっているのですか?」
「そうなのよ。実は、この試験の合格率は99.8%だそうよ。」
すっかりだまされたとマリスは思ったが、嫌な気はしなかった。
この中等院認定試験は国民が最低限の読み書きができるように作られたものである。この試験を通過しないことには、あらゆる保障や資格が得られないことになっている。試験は一度失敗した場合、次の年に受けなおすこともできる。しかし、めったに試験に落ちる人はいないため、『試験に落ちた』というレッテルをずっと貼られて生きていくことになる。
「だから、中等院認定試験が簡単だと言うことは、まだ試験を受けていない人には言ってはいけませんよ。」
「はい、おばあさま。」
中等院試験に関する疑問点は解消されたが、まだイピサに聞きたいことは残っている。
マリスは、試験後の出来事を思い出していた。
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この試験は、不正を防ぐため、貴族・庶民関係なく指定された場所で行われる。試験が終わった後、同じ試験を受けに来た人たちの様子を見回してみた。
「……なんだか、簡単すぎない?……」
「……助かった。」
「ありえない。」
「だまされた。」
「よかった。」
拍子抜けだったのは、マリスだけだったわけではないようだ。
ふと、後ろを振り返ると、この国では珍しい漆黒の肩まである長い髪の少女がいた。マリスが周りの人と話していないのは、知り合いがいないのと14歳の彼らの雰囲気についていけないからである。しかし、彼女の深い藍色の目は冷たい光を宿していて、周りを拒絶していた。
マリスは、なんとなく声をかけてみることにした。
「こんにちは、試験どうだった?」
「普通。」
「私の名前は、マリス・カトリーヌ・シュタイン。あなたの名前を聞いてもいいかしら?」
セカンドネームがある名前は、貴族あるいは準貴族の証だ。周囲で会話を聞いていた人が少しざわめく。しかし、彼女がこの後答えた名前に対して程では無かった。
「……ロゼ・オールディー・ローズ」
オールディー・ローズ……どこかで聞いたことのある名前だとマリスは思った。しかも、2つ目の名前であるセカンドネームは、自分と同じ準貴族以上の地位を持っている証でもある。マリスには、親しい同世代の友人、特に貴族の友人が少ない。屋敷の人間もいて、さびしくはないのだが、人脈を増やすためにもここで、「お知り合い」になっておこうと思った。
「ロゼって呼んで良いかな。」
「なんでもいい。……私のこと嫌じゃないの?」
「なぜ?今日あったばかりなのに。」
「……そうね。」
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「おばあさま、試験会場でロゼ・オールディー・ローズという子と知り合いになりました。ローズという名前をどこかで聞いたことがあった気がするのですが、思い出せません。」
「マリス、我が家はローズ家から除草剤や殺虫剤を仕入れているでしょう?」
……思い出した。
ローズ家といえば、薬の一族だ。他にも薬を生業とする一族はいるのだが、ローズ家は特に『毒薬』が有名である。成分の抽出に特に長けているといわれている。
建国当時、オールディー・ローズという老婆が『毒殺香』という香水を作り出し、多数の敵を倒したといわれている。目に見えない『香り』という兵器のため、敵味方関係なく恐れられたといわれている。現在でも、毒物に関係のない一般庶民には忌避されている。
マリスのシュタイン家にとっては殺虫剤や除草剤でお世話になっているところだ。
「あの良く効く除草剤や殺虫剤を作っているところですね。どうして、すぐに思い出せなかったのでしょう。」
「だれにでもあることですよ。マリスはもう少し貴族の名前を覚えた方がよさそうね。これから入る高等院には、貴族が多くいるから、覚えておかないといけませんよ。」
イピサは、少々心配だった。
マリスは、難関といわれる国立の高等院を受験予定だった。マリスの実力なら受かると信じている。問題は、人間関係だ。
マリスの交友関係は、とても狭い。一日のほとんどを屋敷内ですごしている。貴族としての気品とマナーは身に着けているが、自分が避けてきた貴族間の軋轢に慣れていないのだ。
イピサは、マリスに最低限の貴族間の家の交友関係は覚えさせる必要があると思った。
「はい、おばあさま。でもその前に高等院に受からないと。」
「そうですね。次は、国立高等院の一つのレアンデールの入学試験ですね。その前に、コメの特許申請を済ませておきなさい。実は、あまり知られていないことだけれど、特許や開発技術や研究があると入学に有利になるといわれているの。」
マリスが入りたいと思っているのは、正式名『レヴィ=レゾンディアール王立高等学院』通称『レアンデール』『技術院』と呼ばれているところである。
技術院という通称の通り、技術面を重視した学院である。イピサもここを卒業している。
「試験前に申請が間に合うでしょうか?」
「申請を出したという事実があれば、大丈夫ですよ。」
こうしてマリスは次の日、コメの特許申請を慌てて出しに行ったのだった。
試験があまりにもアッサリ終わった種明かしです。
それにしても、新キャラロゼちゃんがしゃべってくれません。
マリスも饒舌な方ではないので、会話に困りますね。
次回は、新たなキャラが出るかも!?
更新は年明けになりそうです。来年もよろしくお願いします。
では、皆様良いお年を。