第32話 拠点を少し拡張
フェンリルの子供について、神獣ドラゴンのエクレスクが親のフェンリルの元を訪れて、さきほど拠点へ来てくれた。
「結果はどうなったのかしら」
気になっているのか、レネがすぐに声をかける。
「結論から言えば、怪我が完治するまでフェンリルを預かってくれ」
「それは構いませんわ」
「俺も問題ないが、ポーションの効果でみための怪我は治っている」
親ならすぐにでも会いたいと思ったが、怪我がひどいと勘違いしたのだろうか。
「怪我の心配ではなくて、魔物を駆除する時間がほしいだけだ。子供が無事なのを伝えたから、すきなときにフォリンタ森へ送り届ければ問題ない」
きっと森の頂点に立つ幻獣として、力を見せつけるためだろう。森が落ち着くまでは近寄らないほうがよさそうだ。
「しばらくの間、拠点でフェンリルの子供を預かるが、レネも構わないか」
「もちろん平気ですわ」
フェンリルの子供はレネに懐いているし、レネも積極的に面倒をみているから、すぐの別れにならなくてよかった。
「キュウヤとレネなら魔物の心配もないから、フェンリルの子供も安全だ。何かあればわしに言ってくれ、親との交渉は引き受けよう」
「短い間でも一緒に過ごすのなら、名前が必要かしら」
レネからの提案で名前がないことに気づいた。
「すでに名前があるかも知れないが、俺たちが預かっている間は何か名前があったほうが便利だ。俺に名前をつけるセンスがないから、レネがつけてくれないか」
少なくとも、俺よりもレネのほうが名前のセンスはあるだろう。
「分かりましたわ」
「ちなみに子供はオスだ」
名前の参考にと思ったのか、エクレスクが教えてくれた。
レネはフェンリルの子供をなでながら、名前を考えているようだった。しばらくすると顔を上げて俺のほうへ向く。
「名前はシロガネですわ。銀色の毛並みから名付けました」
「銀色から白金を連想して、そこから考えたのか。見た目と名前があっていて、すてきな名前だと思う」
プラチナは白金とも呼ばれていて、その場合はハッキンと読むがシロガネとも読める。鉱物好きな俺にとっても馴染みやすい名前だ。
「キュウヤも喜んでくれてうれしいです。あなたはこれからシロガネですわ」
「ウォーン」
シロガネが名前を肯定するかのように吠えた。
レネは俺からシロガネへ視線を移しながらシロガネをなでた。シロガネも名前を気に入ったのか、目を細めて幸せそうな表情をみせる。
「キュウヤとレネの世界の言葉らしいが、わしも似合っていると思う。わしの用事も終わったから住処へ戻るが、何かあったらまた来てくれ」
「わざわざありがとう。今度会いに行くときは宝石でももっていく」
「楽しみにしている」
エクレスクは簡単に塀を乗り越えて姿を消した。
シロガネは俺たちでしばらく預かると決まったので、今日の予定をレネに聞く。
「先ほど朝食は済ませたが、このあとはどうする? どこかで冒険者ギルドへ行って依頼完了を報告するが、レネの植物収納があれば急ぐ必要はない」
「シロガネが走れる安全な場所と、薬草を植えたいですわ」
レネが積極的に要望を述べるようになって、うれしく思えた。現状の拠点は50メートル四方に塀を作っているが、これだと走り回るのには狭くて薬草を植える畑も作れない。最初に実施する行動が決まった。
「それなら今日は拠点を拡張しよう。今の拠点は手狭だから、外側に塀を作ってシロガネが走り回れる広さと畑を作る空間を確保したい。それと拠点の中央には神殿を作りたいから、中央には空き地を作って前後左右に歩きやすい歩道を作ろう」
大まかな構成を述べた。
「神殿まで考えているのはうれしいです」
「神殿に必要な神器だが、レネの女神像にしたいが構わないだろうか」
神殿の土地で考えていたら、自然と頭の中へ浮かんできた。
「うれしいですが、武器などにはしないのかしら」
「レネの神殿なのでレネの女神像を作る予定だから、神器には適していると思う。姿も元の世界にすれば、より神秘的になるはずだ。せっかくだから、この拠点自体を神殿として、中央には女神像のみを建てたいと思う」
本来なら神殿という建物が必要かも知れないが、神アコトカの話しでは土地が重要で、建物の有無は言われなかった。
「分かりましたわ。楽しみにしています」
「レネが満足する女神像を作る。話を戻すが、塀や歩道は俺が作るから、レネはシロガネの世話と畑作りの準備をしてほしい。拠点の大きさと畑の場所だが――」
具体的な内容をレネに説明した。
まず拠点の広はさ200メートル四方と今の4倍として、今ある拠点に対して前方と左右へ拡張する。新しい拠点の中央に神殿予定地を20メートル四方確保して、そこから前後左右に自動車が2台通れるくらいの幅広い歩道を作るつもりだ。
今ある塀はそのまま残して、外周部の塀は同じ作り方で高さが2倍の4メートルにして、出入口は今ある拠点の反対側の塀にひとつだけ設置したい。
レネの植物を植える場所は、今の拠点がある近くが楽なはずだ。入口から中央までの左右をそのままの状態にすれば、シロガネが遊ぶ広さとしては充分だろう。
「材質は何で作るのかしら」
「塀はミスリルで作りたかったが量を確保できないので、安定して強度のある炭素鋼にするつもりだ。歩道は石畳で風情を出したいから、長石を考えている。拠点の拡張が終わればレネが使う農具を炭素鋼で作るが、重さは大丈夫だろうか」
ルーペンで農具を買えるが、俺なら強度のある炭素鋼で作れる利点がある。
「農具の重さは平気ですわ。農具よりも拠点を優先してほしいです。私も手伝いますので、キュウヤの鉱物スキルに期待しています」
「分かった。昼までを目標に周囲の塀と歩道を作ろう」
レネと相談しながら拠点の詳細を決めて、最初は拠点を守る塀から作り始めた。今回は大量に炭素鋼を使うので、鉱物合成の技を使って量を確保した。
「塀作りは危険ですから、シロガネは今ある拠点の中で遊んでほしいかしら」
「ウォーン」
レネがシロガネに向かって声をかけると、シロガネは頷くように鳴いて今ある拠点の中へ走って行く。出入口の塀は取り外しているので、出入りは簡単にできた。
「幻獣だからか、俺たちの言葉を理解しているみたいだ」
「シロガネは利口ですわ」
シロガネを見送ってから塀作りを開始した。塀の高さは前回の2倍だが作業方法は変わらないので、前回よりも早く塀を作っていく。
歩道を作る前に、拠点の中央に神殿用の空き地を確保して、境目が分かるように長石で作った平たい石を敷き詰めた。平たい石を衝撃に強くするために、鉱物加工の技を使うときに面取りするのも忘れない。
中央の位置が決まったので、家と新しい入口を結ぶ歩道とそれに直交する歩道を作り始める。まっすぐな歩道にするために、黄銅で作った針金を伸ばしながら目印となる直線を引く。あとは長石で作った平たい石をきれいに並べるだけだった。
最後の平たい石を並べると塀と歩道が完成した。
「やはり鉱物スキルは優れている。これだけの塀や歩道を4時間くらいで完成させるのは、日本でも建築機械や人手が必要なはずだ」
「すばらしい仕上がりですわ。植物を植える場所も広くて、シロガネが走り回るのにも問題ありません。空飛ぶ魔物以外には、シロガネも襲われないでしょう」
さすがに空からの侵入を防ぐことはできないが、シロガネが遊ぶときには俺かレネが近くにいれば平気だ。
「俺自身も満足のいく完成度で、レネも喜んでくれてうれしい。区切りがよいからこのあとは昼食にして、午後はいろいろな農具を作るか」
「楽しみにしていますわ」
俺とレネはシロガネを連れて家の中へ入っていく。シロガネの食事を用意して、昼食を済ませてから農具作りを始めた。レネの希望を聞きながら、農作業で必要なジョウロ、スコップ、シャベル、クワ、カマなどを作った。
俺たちが農具を作る間はシロガネを好きに遊ばせた。シロガネは広くなった拠点をうれしそうに走り回って、怪我の影響はもうなさそうだ。
薬草を植える道具がそろったところで、今日の作業を終わりにした。




