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記録23 尽きない苦悩と葛藤

 23話目です。

 前作の22話でめでたいことに累計PV回数が1000回を突破しました。とてもありがたく、うれしい限りです。私の当作品、『あの日のように』はこれからもまだまだ続きます。ここまでご愛読してくださった方には感謝してもしきれません。これからも、当作品をお楽しみいただけると幸いです。

 それでは、本編スタートです。

 二人は研究者二人を後にして外へ出る。すぐさま正面の木造の武器屋が目に入り、そこには『開店』と行書体で書かれた黒字の看板は中にいた店員によって裏返され、『閉店』という黒字を見せた。店員はこちらの存在に気がつき、一瞬視線が合ったが、すぐさま外れ、店の奥へと姿を消した。

 地の間の軒並みは和を意識したものが多く、木製の縁側や格子状の枠組みのある障子(しょうじ)と引き分け戸、薄灰色の瓦屋根などはどの建物にも共通して見られた。時折、瓦屋根は月光に照らされ、眩い光を反射させた。

 黒い枠と軸の街灯からガスのにおいが微かに香り、暖色が揺らめき、レンガ造りの帰り道を照らす。その炎の揺らぎを見ていたノース。幼い子供が初めて見るかのように一つ一つ真剣に見つめていた。


 ――――やはりこの子は中身はまだ世界を知らない幼い少女なんだ。見た目は僕より少し上だけど、仕草がまさにその通りだ。それほど世界を知らないとなると、生まれて間もないか、もしくは、本当に外を出歩いたことがないのかもしれない。話し方も心もある程度成熟しているとはいえ、この感覚は少し違和感を感じてしまう。だが、それでもこの機械に妙な感情が出てしまうのはなぜだろうか...。これまで機械に対して愛情を持つことはあっても、このようなことは絶対になかった。

 確かにこの機械は、通常の人型の機械と比べてもかなり人間に近いフォルムをしている。まるで人間というある一定数を極限まで求めたかのような姿だ。柔らかで肩までかかる長い白銀の髪、女性らしい緩やかな曲線を描く胴体、しなやかで華奢な四肢、不対の色の瞳だが宝石のように深みのある瞳。肌の質感も爪の硬さも魔法も、感情でさえも再現しているこの機械は一体何なのか......。探求するにつれて謎と疑問は深まる一方だ。

 今のところ、いくつか可能性や候補は挙げられるが、実はつい先日、戦闘員育成部門のチーフである破浪(ポーロン)によると、

「戦闘未経験であの戦いぶりは異常っス。魔法も使えるのもわけわかんないっスよ」

 と言っていた。つまりある程度戦闘用のプログラムは既に組み込まれていたということになる。ただ、現在流通しているメイドロボットも護身程度の戦闘力を持っているのはごく普通のことでもある。だが、魔法はさすがに不可解ではある。魔法が使える機械には、必ず魔法の原動力である『魔粒子』を溜めておく専用のタンクと特定の魔法を発動するための魔法陣の刻印が施されている。だけどこの機械にはそれらがない。しかも、何も改造していないのに変形機構まで設計されているとは一体どういうk――――



  ――――あれ?なんであのタイミングで疑問に思わなかった?

  どうして僕はあの機構を全て平然と受け入れて使いこなしていた?

  また『勘』か?

  とうとう無意識にまで影響を出すようになってきたのか?



 絶えない疑問に苦悩混じりの険しい顔をしてしまうユスティティア。その姿に気がついたノースがすかさず気にかける。

「ユスティティア様、どうかなさいましたか?どこか優れないのですか?」

 覗き込んだ蒼と黄色の瞳の奥にはカメラのレンズが微かに透き通って見えた。足を止めてその瞳を見つめ返したが、すぐに視線をそらした。

「――いや、大丈夫」

 そうして止まった歩みを再び動かした。

「――その発言は『偽り』だと推測します」

「――失礼しました、付け加えます。『心配をかけないための偽り』と推測します」

 振り返るより先に訂正された彼女の発言。その言葉に胸の奥で引っ掛かるような感覚を覚える。

「復元されたデータの一部とまだ短期間ではあるものの、これまでユスティティア様と過ごしてきた日々の行動パターンから判断すると、現在のあなた様は心配をかけないよう振る舞っていらっしゃると推測しました」

 図星と言うほどではなかったが、なぜかノースの発言には少し不快感を抱いてしまった。せっかく彼女は自身のことを気にかけてくれているというのに、それに対して嫌気を感じている自分をどうかしていると思いながら返す言葉を考える。

「――...いつの間にそんなデータがあったの?」

 これは考えて発言したというより、ユスティティアの素朴な疑問に近かった。

「はい、ルナ様にお会いしに行くよりも前の段階で復元作業をしてくださったはずです。その時点で復元されたデータです」

 一切無駄のない返答には機械らしいところだと感じたが、声色、視線、口角は感情がこもっていた。その仕草一つ一つが幼い少女のような愛らしいものだった。

 これもあの機械の影響なのだろうか。初めて会ったあの日よりも感情的な気がする。もし本当になんの変哲もないメイドロボットのような友好的な機械なら、こうした多少感情的なくらいが普通なのかもしれない。だが、あの研究室での一連の会話を聞いたことやノースの構造を調べる限り、そんな平和的なものだとは思えない。

 もし殺戮目的で作られた物だとすれば、感情なんてものはただの邪魔でしかない。より効率的に多くの生物を殺戮するなら『情』ほど不必要なものはないだろう。しかし、このノースには感情(それ)がある。

 ――全くわかる気がしない。それとも暗殺対象で僕は狙われているのか?けれど、もし暗殺をするなら今まででもたくさんの隙をノースの目の前で晒している。それなのに何もしないということはそう言うことなのだろう。修理段階でも、自爆装置らしきものも、通信端末もなかった。だとすればその可能性は限りなく低いはず。


 そうやってありとあらゆる可能性を挙げては排除してを繰り返していると、彼の頭はオーバーヒート寸前だった。すると、突然冷たくて硬い感触が額全体に伝わってきた。

「――37.6℃、微熱を検知しました。おそらく疲れによるものでしょう。本日は早く基地に戻り、就寝することを推奨します」

 彼女は手を放し、左手を軽く掴んで先導し始めた。その後ろ姿は臨戦態勢でも警戒姿勢でもなかった。彼ならこんな背中を見せた敵が現れたら、すぐさま脳天を後頭部から打ち抜けるだろう。

 ユスティティアは右手で腰にぶら下げた変形銃にゆっくりと手をかけた。

 しかし、その手は何かに引っ張られる感触を感じた。背後から手首を掴まれ、動きを止められるような感覚だった。彼はその感覚に抗わなかった。大人しく、まるでその感触に従うように手を無力に下げた。


 やがていつもの炎の間の炎組の基地が見えた。基地の大扉を開けるや否や、完全武装した数名の団員が目の前にいた。一時は唖然とした表情を保っていたが、徐々に感情が露わになっていき、ついには怒り混じりの言葉を発した。

「どこに行っていたんですか、副団長!せめて連絡の一つくらい入れても良かったじゃないですか!」

「そうですよ!副団長まで毎日いなくなったら、俺たち終わりっスよ!終わり!」

 次々と団員は集まっていき、玄関付近は大勢の団員であふれかえっていた。中には就寝中であったのに、寝間着を着たままわざわざやってきた者もいた。

 何度も謝礼の言葉を言い、その場を何とかしのいだユスティティアはエレンがやるはずだった書類仕事を押し付けられてしまった。大量に山積みされた書類を抱えながら自室へと向かった。扉をノースに開けてもらい、すぐさま書類をノートパソコンが既に置いてある上にさらに乱雑に置いた。

 疲労のあまり頭だけでなく、全身が強い倦怠感に襲われ、とうとう力なくベッドに倒れ込んだ。ふかふかな羽毛布団が優しく彼を包み込み、彼を眠りへと誘い始める。

「――.............なんか.....すっごい疲れた......」

 声にならないため息をついて死んでいるかのようにピクリとも動かなかった。ノースは彼の腰にかけられた銃を丁寧に取り除き、机の引き出しの中にしまった。

「それでは、いつもの音楽を――」

 その言葉を聞いて、何とか腕を立ててゆっくりと鉛のように重くなってしまった体を起こした。

「.........いや、寝る前に、一つだけやっておきたいことがある......」

「書類仕事でしたら後日に回すことを推奨します」

「ああ...、それとは別のことだよ。......どのみち、それはやる気なんてさらさらないから」

 疲労混じりの活気のない声だけでも彼の今の状態が察せられる。瞳は完全には開かず、髪もだらしなくボサボサになりかけていた。天井につけられた電球の明かりを消し、ロウソクの火も消すと、三日月よりさらに細い月の明かりが窓を通る。窓を開けているわけでもないのに、カーテンが僅かに揺らぐ。

 ユスティティアは静かに目を閉ざし、無音と暗闇が部屋を包み込む中、機械の排熱とせわしなく動き、時を刻む音だけが微かに鳴り響いていた。


「――――...来たね。待っていたよ」

 ゆっくりと目を緋色の瞳が開く。その先に映るのは、心配そうに見下ろすノースの姿と、その背後に既にいたかのように立つ漆黒の戦士がいた。

「.........ついに決心したか?」

 先日とはまた異なる機械の音声。その声に勢いよく背後を向き、臨戦態勢に移行するノース。やや半身になった彼女は、一瞬だけ手から火花を散らした。

「――...そういうわけじゃないんだよね。ただ、一つ聞きたいことがあるんだ」

「先日の件のことか?」

 詳細を話すより先に、漆黒の戦士は言い当てた。腕を組み、壁にもたれかかる。

「...そうだよ。あの時、なんで僕たちを逃がしたんだ?あそこは君の拠点の一つなんだろ?」

 目は相変わらず完全には開かず、眠くて疲れてはいるものの、まだ頭は回るのか冷静な問いかけだった。返ってきたその返答は、

「あんな()()()()と一緒にしないでくれ。そいつは俺の敵だ」

 怒り混じりのものだった。圧はより一層増していき、手は固く握り締める音が耳を突き刺し、戦士の鎧の隙間からは内部で不完全燃焼でも起こっているのかと錯覚する黒い(もや)が漏れていた。凍てつくような視線も感じ、重い瞼もしっかり開くようになった。

「――......火に油を注ぐようで悪いけど、今僕たちの手元にある情報だと、そう判断をせざるを得ないんだ。もしそのことを否定したいなら、そっちもそれなりの証拠を出してもらわないと」

 早くも慣れてきたユスティティアは圧に押し負けず正論を突き出す。反論ができなくなってしまった戦士は手を緩め、鎧の隙間からあふれ出る靄も止まった。そして、手を兜の下あたりに当てる。

「――.........わかった。ならこういうことにしよう。俺たちにしかわからないことを作ろう」

「僕たちにしかわからないこと?」

「そうだ。例えば、合言葉とか、秘密とか、そう言うのだ」

「......なら、ちょうどいいものがある」



「――――......よし、それで決まりだな」

「.........聞いてもきっと答えてはくれないんだろうけど、本当に君は何がしたいんだ?」

 まだ眠いのか、特別というほどではないが鋭い目つきをした緋色の瞳が輝く。燃え上がるような瞳に、情熱はなかった。

「......そう言うお前も何がしたいんだ?」

 返されたのは回答ではなく、質問だった。先ほどの鋭い目つきとは打って変わって、眉間にはしわ、下がった口角、内側の眉は吊り上がっていた。

「もし俺がお前なら、俺は今すぐにでもこのことを報告して何か仕掛ける。だが、お前はそれをしない。一体、何を企んでいる?」

 睨み返すように見つめていた視線でさえもよそへとそらしてしまい、とうとう寂れたような表情へと変わってしまった。

「――――...............自分でもよくわからないんだ。だけど、なぜかこれが正しいって誰かが言ってるみたいなんだ。なんの根拠もないし、推測ですらあやふやなのに、なのに、そんな気がするんだ............」

 彼とは思えない答えだった。経験、論理、統計、分析、推測。彼の思考は常にそうしたロジカルなものだった。ありとあらゆる事象を統計や論理で明らかにする彼が、それとは全く異なるどころか、最も好ましく思わないはずのものを受け入れている。それが彼の中での葛藤でもあり、彼を縛る鎖でもあった。やるべきことは誰であっても明らかなはずだった。

 それなのに、Enterキーを押す勇気がなかった。それで結論づける理由になれなかった。それが恐れによるものなのか、彼の本質的な性格なのか、彼であっても知る由もなかった。

「――――そうか...」

 冷淡な一言を漏らした。そこに冷笑も、疑問もなかった。ただ肯定するような感情を漏らした。

「――――......それじゃ、これで...」

 そうして彼は深い闇の中に包まれ、最初からそこには誰もいなかったかのように姿を消した。


 あれからずっと臨戦態勢をとっていたノースだったが、ようやく緊張の糸が解けた。

 月光に照らされた長い白髪を揺らして振り返り、労いの言葉を言いかけた。だが、そこに映った光景を見た彼女は、すぐさま口を堅く閉ざした。顔面から枕に突っ込み、隙だらけで無防備な背中にそっと毛布を掛けた。その上から硬くて冷え切った手で優しく撫でる。その時の彼女に瞳は空虚なものだった。

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