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ピッパラヤーナ、ナーラダ

 長爪梵士が(りょう)鷲山(じゅせん)を訪れる少し前、ラージャグリハの富商が修行する仏陀の弟子たちの(しず)かで厳かな姿に感激し、竹林園へ精舎を建立し始めた頃のことである。ナーラダ村からラージャグリハへと至る道を、ひとりの頑健な体躯の出家が歩いていた。

 四十すぎと見受けられるその男は、道の分かれにさしかかったとき、しるべとなっている多子塔にふと眼をやった。傍らに()拘盧陀樹(グローダじゅ)があり、根元には自分より若い沙門が静かに坐っている。

 その姿を見たとたん、男の身の内には歓喜が湧き起こった。

(バッダーよ、師となる人をついに見つけたぞ!)

 彼はこの空の下のどこかにいる、心の友ともいうべき妻に向かって快哉(かいさい)を叫んだ。

 樹下の沙門は、黄金の光を放っているかのように神々しく厳かに見えた。その沙門こそはゴータマ・シッダールタ、男の名はピッパラヤーナ(畢波羅耶那)という。

 彼はマガダ国のマハーチッタ・バラモン村の富豪の家に生れた。母が臨月のある日、()()を散歩していて()波羅樹(ッパラじゅ)の影で休んだときに生れたので、その名がつけられた。

 豊かな暮らしの中で、あらゆる学術を教えられ、聡明で弁才に()け、大人も舌を巻くほどの少年だったが、幼い頃より世の快楽(たのしみ)(いと)い、崇高なものを求めていた。

 成人して、漆黒の巻き毛と瞳を持った美丈夫となったピッパラヤーナだが、早くから出家の望みを持っていた。しかし父母の勧めも断りがたく、いわれるまま遠い北方のマツダ国のサーガラ市の生れで、コーシャ家出身のバッダー・カピラーニー(跋陀比羅貳)という美しい娘と結婚した。

 婚礼の日に彼が花嫁へ出家の願いを持っていることを打ち明けると、思いがけず彼女もまた五欲を(いと)い清らかな生活を願っていたので、二人は誓って枕を交わすことはなかった。

 そして十数年の歳月が過ぎ、両親も亡くなったある日、ピッパラヤーナは畑に出て、農夫の鋤にかかる虫をみ、命のはかなさをつくづくと感じた。同じ頃、バッダーもまた家の中庭にいて搾られる胡麻に湧く数知れぬ虫をながめ、それと知らずに殺していた自分の浅ましさを感じていた。何かの犠牲の上に成り立ち、何かを殺さねば生きていけぬこの身、この世を憂い、ふたりは相談のうえ出家することにした。そして家財を使用人に分け与え、自分たちは衣と鉢のみを手に西東(にしひがし)(たもと)を分って旅にでた。それは奇しくも、ゴータマ・シッダールタ成道の日であった。

(家を出て一年近く、さまざまな大沙門の教えを聞き、その人物を見てきたが、心にかなう人はいなかった。しかし、この方こそは)

 ピッパラヤーナは樹下の沙門の前へ、がばとひれ伏した。

「貴方より他に、私の師はおりませぬ。どうか私を弟子にして下さい」

 彼の黒い瞳は、心の奥底まで射抜くかのように鋭かった。

 釈迦牟尼世尊は快諾し、その場で四諦の教えを説いた。師のもとで精進したピッパラヤーナはそれから八日目に(さとり)を開き、家系から『偉大(マハー)なるカーシャパ[マハーカッサパ・大迦葉(だいかしょう)摩訶迦葉(まかかしょう)]』と呼ばれるようになった。




 アシタ仙人の甥ナーラダ(那羅陀)が出家したのも、この頃のことである。

 アシタ仙人はシッダールタ太子の未来を予見し、甥にもそのことを言い置いていたのだが、跡を継いだナーラダは伯父の遺言も忘れ、人々の大きな供養を受けていた。しかし、

「世に仏陀が現れた」

 との噂を耳にしたとき、彼は目が醒めたような思いをした。

(伯父上……我が尊師の予言通りとなった)

 彼は衝撃の想いとともにアシタ仙人を(しの)び、急ぎ雪山(ヒマラヤ)の庵を出て竹林園へと赴いて教えを請うた。そこで欲を離れる道を聴き、弟子となって間もなく(さとり)を得ることができた。




 

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