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ウドヤナ王の妃・サーマワテーの悲劇――1

 シャーリプトラやマウドガリヤーヤナは特に高名であったが、釈迦牟尼世尊には数多の弟子があり、その中にピンドーラ・バーラドヴァージャ[賓(びん)頭盧(ずる)頗羅堕(はらだ)]という者がいた。彼は恒河(ガンガー)をベナレスよりさらに遡った地にあるヴァンサ[ヴァツァ]国の帝師[国王の師]の子で、俗人であった頃には自らもバラモンの子弟の教育に携わっていた。その彼がラージャグリハへやってきたとき、仏陀とその弟子たちが手厚い供養を受けているのを見て出家したのであった。生来、欲深な(たち)のピンドーラは道を修める上で苦しむことが多かった。けれども、ついにその貪欲(どんよく)さを(なく)すことが出来た。そして彼は故郷の人々にも釈迦牟尼世尊の教えを伝えようと戻り、町や村を巡り歩いていた。

 そのようなある日、昼の暑い日盛りを避けてヴァンサの都コーサンビー[憍賞彌(きょうしょうみ)]の郊外にあるウダカ林へと入った。そこは王の所有する園林で、恒河(ガンガー)の堤に沿い、常緑樹の並木がどこまでも続いていた。

 河から涼風が吹いている。

 ピンドーラはこんもりと繁る並木の陰へ坐った。

 ところがその日は偶然にも、ウドヤナ[優顚(うでん)]王が妃たちを連れて林へ遊びに来ていた。筋肉質の体躯と鷹のような眼を持つヴァンサの王は愚鈍ではなかった。政務に励みながらも、人生を楽しんでいた。

 やがて管弦の宴に疲れた王が涼しい木陰に眠り込むと、妃たちは退屈しのぎにあちらこちら歩きまわった。そのうちに、ふと樹下に端座する出家を見て、彼女たちは説法を請い、その前に座った。

 しばらくして、眠りから覚めた王は妃たちの姿が見えないことを不審に思い、捜したのち、女たちに取り巻かれる一人の出家を見つけた。

(王たる(わし)を放って置いて出家にかしずくなど……いや、悪いのは、あの沙門ぞ)

 ウドヤナ王は、かっとなって叫んだ。

「出家の身にもかかわらず、婦人を近寄せて雑談にふけるとは不埒(ふらち)ではないか!」

 妃たちは王の剣幕に恐れをなし、悲鳴を上げて後ずさり許しを乞うた。しかし、鉢の開いた大きな頭をしたその出家は、(まなこ)を閉じ、黙然として一語も発しない。

 怒りに狂ったウドヤナ王は剣を抜き、それを出家の頭にあてて迫るのだが、なお声もない。

 さらに王は、蟻の巣を壊して赤蟻を出家の身体(からだ)へふりまいて噛ませたが、出家は端然として毛一筋も動かさなかった。

「強情なやつめ」

 ウドヤナ王はあきれて怒る気も失せた。そして、出家をよくよく見れば、国師の子ピンドーラであった。

 その大きな頭に見覚えがある。少年の頃、この師の息子と遊んだ思い出が蘇ってきた。

「……ぬしか。あまりの変わりように見ちがえてしまったではないか」

 無為徒食をし、教えが異なれば互いに悪口を言い合う沙門らを、ウドヤナ王は嫌いだった。けれども、眼前の出家が幼なじみであれば、話は別である。

「すまぬことをした」

 王は素直に詫びた。妃たちも安堵の表情を浮かべて王の後ろに控えている。

(短気であるが、ここが我が国王の良いところだ)

 ピンドーラも懐かしさがこみ上げてきた。

「大王さまにはお変わりなく、ご健勝の御様子、何よりでございます。私が留守にいたしました(なが)歳月(としつき)を経ましても、我が故郷(ふるさと)は昔と変わらず美しくまた豊かでありまするな」

「まったくだ」

 王は屈託なく、からりと笑う。

「我の狼藉にも動じぬとは、ぬしも立派な聖者になったものだ」

 ピンドーラは、この颯爽(さっそう)としたウドヤナ王の姿を見て思った。

(ご幼少の頃、後宮の争いを逃れて市井(しせい)でお育ちになったせいか、豪放な性格でありながら人の情の機微を汲むお優しさ、思いやりの深さもおありになる。(ちまた)では子供のときに大鷲にさらわれ、聖者に育てられたという噂がまことしやかに流れているほどである。とはいえ、王独特の鮮烈な倫理観とこの気の短ささえなければ、聖王ともお呼びしたい方なのだが……)

「さて、聖者(ひじり)よ」

 と、王は真顔に戻って云った。そして礼に従い、彼を拝した。

「私にも、説法を願いたい」

 ピンドーラは快くうなずき、語り始める。

(ああ……やはり、世尊の御教(みおし)えは信ずるに(あたい)する……)

 この一部始終を見ていた妃のひとりが、歓喜に顔を輝かせ、そう心の中でつぶやいていた。彼女は、サーマワテー(娑摩婆帝)というクシタ(瞿師多)長者の養女(むすめ)であった。

サーマワテーの実父バッダヴァティヤ長者はクシタ長者の友人だったが、かつてこの地が飢饉に襲われた際、夫婦揃って亡くなってしまった。そのため、クシタ長者が彼女を引き取り育てたのである。やがて心優しく可憐な女性に成長したサーマワテーは後宮へ入ったが、その後も釈迦牟尼世尊の熱心な信者(よろこびて)である養父の影響を受け、仏陀に心寄せる者であった。そして彼女は、この一件によってますますその信を篤くしたのだった。

 それからウドヤナ王は、幾度もピンドーラが住まいとしている林を訪れ、問い掛けた。

「大徳よ、若い出家が青春の身でありながら緑の黒髪を切り、与えられた五欲の楽しみをも味わわず、生涯清らかに身を保っているのは何の力によるものでありますか」

 幼なじみとはいえ、世を捨てたピンドーラに対しては王も世間の人々と同様に敬意を払い、丁重な物言いをする。

「大王よ」

 と、一方のピンドーラも出家者として王とは対等に語った。

「世の(まなこ)にまします仏は私どもに教えられました。『弟子(おしえご)等よ、長じたるをば母とみよ。中なるをば妹とみよ。若きをば娘とみよ』と。それゆえ若い弟子は青春の身でありながら五欲をおわず、清らかに身を保っているのです」

「大徳よ、心は(むさぼ)りである。母ほどの人にも卑しい(おもい)を起こし、妹ほどの婦人にも(けが)れた思いをよせ、娘ほどの女にも淫らな心を起こすものである。どうして若い出家が温かい血潮を身に盛りながら、五欲に行かず、清らかに身を守ることが出来るであろうか」

「大王よ、世の光である仏は私達に示されました。『弟子(おしえご)等よ、この身体(からだ)は足の(きびす)から頭の(いただき)まで不浄(けがれ)に満ちている。毛、爪、歯、(よだれ)、血、膿、痰、汗、涙、脂、尿(いばり)(くそ)などで一杯になっている』と。それゆえ、若い出家は若い身でありながら、清らかな(ぎょう)(たも)つことが出来るのです」

「大徳よ、身を練り心を練り智慧を磨いた出家には、それはあるいは容易なことかも知れぬが、未熟な出家にはたやすいことではないと思う。不浄を観じようとして何時(いつ)しか浄想を思い、醜い方面を見ようとして何時(いつ)しか美しいものに心を寄せるものである。若い出家が身を清らかに(たも)つにはなお、別の理由があるのだろう」

「大王よ、知者(ちしゃ)見者(けんしゃ)(まし)ます仏は私達に仰せられました。『弟子(おしえご)等よ、五官の戸口を守らねばならぬ。眼にて色を見、耳にて声を聞き、鼻にて香を嗅ぎ、舌にて味をあじわい、(からだ)にて物に触るるとき、(すがた)を取るな。(もの)に執着するな。五官の戸口を守れ。(むさぼ)り悩みの思いはすぐその五官の守りのないときに入り込むのである』と。それゆえ、若い出家は青春の身でありながら、五欲に行かず、清らかに身を(たも)って居るのです」

「大徳よ、仏の(のたも)うところは(まこと)に奇特である。誠にそれが若い出家の身には、温かい血潮をたぎらせながら生涯清らかな(ぎょう)を行う所以(ゆえん)であろう。大徳よ、私の経験でも、身口意(しんくい)を守らず正しい思いに任せず五官の戸締りをしないで後宮(みや)に入ると、すぐに卑しい欲に囚われる。その反対に身口意を守れば、決して欲の(とりこ)となることはない。誠に明らかに御説き下されたことである」

 と、このようにウドヤナ王はピンドーラからさまざまな話を聞き、仏陀に会いたいと思うようになった。

 やがてこの地でピンドーラは(さとり)を得た。そして彼の()いによって世尊は各地を遊行したのち、コーサンビーに入った。

 ヴァンサはコーサラの南西、カーシーの西に位置し、緑の多い土地であった。都のコーサンビーは恒河(ガンガー)とヤムナー河の合流点近くにあり、郊外にはクシタ長者が新しく精舎を建立していた。

 世尊はそこに滞在していたのだが、弟子たちが托鉢のために街へ入ると、聞くに耐えない(そし)りを受けた。

(クシタ長者は篤く我等を遇してくれるが、この地では仏の教えが忌まれているのか。それとも出家は嫌われているのだろうか)

 同朋(なかま)が困り果てているのをみ、アーナンダは世尊に申し上げた。

「世尊、何もかような町に滞在するには及ばぬと思います。他に数多(あまた)の町があります。ほかへ行った方がよいのではないでしょうか」

「アーナンダよ、もし他の町へ移ってもその町にまた非難が起こったらどうするか」

 彼の師は静かに問い返した。

「また、他の町へ移ります」

「アーナンダよ、それでは何処(どこ)まで行ってもきりがないではないか。私は讒謗(そしり)を受けた場合には、じっとそれを(こら)えてその讒謗(そしり)が終るのを待って他へ移るのが善いと思う。アーナンダよ、仏は(みのため)(そこない)(そしり)(ほまれ)(たたえ)(あざけり)(くるしみ)(たのしみ)という世の八法(やっつのもの)()って動かされるものではない。この讒謗(そしり)も七日を過ぎて終わるであろう」

 はたしてその言葉通り、釈迦牟尼世尊を信ずる者が増すとともに(そし)りも跡を絶ったのであった。

「口惜しい。あの禿げ頭は、なんと悪運の強いことか!」

 街の様子を聞いて、後宮ではひとりの婦人が顔を憎悪で醜く歪ませていた。

「落ち着くのだ、マーガンデヤー」

 仏陀の近況を報せた初老の男がうろたえた。彼は宮廷で養われているその妃の叔父であった。

「でも、叔父さま。憎っくきかの出家が我が手中にきたこの好機、(のが)したくはありませぬ」

 ウドヤナ王には多くの妃があったのだが、その中で特に三人の女性を寵愛していた。それは隣国アヴァンティの王女で正妃のヴァーサヴァダッターとクシタ長者の娘サーマワテー、そしてこのバラモンの娘マーガンデヤーであった。彼女はかつて仏陀に「(けが)れた血膿の盛れる者」といわれ、それを怨みに思っていた。父母は仏陀の説法によって信者となったが、真理の教えも自らの美しさを誇る彼女の耳には届かず、かえって見棄てられたように感じたことも憎しみを増すこととなった。後に叔父の伝手(つて)を頼ってウドヤナ王の後宮へ入った彼女は、その美貌と豊満な肉体で王の愛を得、今では第一の寵姫であると自負している。富貴の身になってもマーガンデヤーは怨みを忘れず、世尊がコーサンビーに来たと知って報復の機会をうかがっていた。世尊とその弟子たちに対する悪口にしても彼女が街の悪者たちへ賄賂(わいろ)を送り、言わせたものであった。

「……まだ(おり)はある」

 復讐に燃えるマーガンデヤーへ、叔父は慰めて云った。


 


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