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侍者アーナンダ

 シャーキャ族の人であるゴータマ・シッダールタは成道を為した後、人々からさまざまな呼ばれ方をした。尊敬さるべき人、目覚めた人、明知と行いを具えた人、幸せな人、世間を知った人、無上の人、人々を調(ととの)える御者(ぎょしゃ)、神々と人間との師、仏陀、尊き師。それらはみな善き名声である。

 こうして初め鹿野苑で五人の修行者に説かれた教えは瞬く間に広がり、目覚めたる人[仏ブッダ)]と真理の法[法(ダルマ)]と、その法を求めて修行する人々の集まり[僧伽(サンガ)]に帰依する者が急速に増えていった。戒律も整えられ、ときに弟子たちの間に不和が起きることもあったが、智慧によってそれは治められた。異なった教えの人々が中傷し妨害することもあった。けれども争うことなく過ぎ、仏陀の教えを信ずる人々は布薩(ふさつ)の日に懺悔(ざんげ)告白を行って身を整え、出家者は雨期の滞在[雨安居(うあんご)]以外、諸国を巡り托鉢遊行の日々を送った。




 そして世尊成道から二十年が経つ。

 幼かったラーフラとアーナンダも、立派な若者となっていた。

 初めラーフラは仏陀の子であることを鼻にかけ、他を見下して悪戯をするため、たびたび父である師に厳しい教戒を受けていた。けれども成長するにつれ、彼を直接指導するシャーリプトラの偉大さが理解できるようになり、具足(ぐそく)(かい)を受けて比丘(びく)となってからは、細かな戒行をもよく守る[密行]修行者として知られていた。そして自らの立場をわきまえ、僧伽では目立たない、控えめな人となった。

 一方アーナンダは、明るく素直で大人しく、人の善さが透けてみえるような青年となったが、少し軽いところがあり、長老たちから叱られやすくできていた。けれども聡明な彼はそのすべてを(かて)として修行に励んでいた。

 やがて五十五歳となったその年、世尊はマガダ国の竹林精舎に入り、安居(あんご)のときに弟子たちを呼んで云った。

弟子(おしえご)達よ、私も歳を重ねて老境(おいのさか)に向った。これより常随の侍者(つきびと)を一人得たいと思う。(おんみ)()の中から、ひとりを(すす)め挙げてもらいたい」と。

 この師の言葉によって、シャーリプトラ[舎利(しゃり)(ほつ)]もマウドガリヤーヤナ[目連(もくれん]もアニルッダ[阿那律(あなりつ)]もカーティヤーヤナ[迦()旃延(せんねん)]もみな自ら進んで侍者となることを願ったが、世尊はそれを退けた。

(我が師の御心はアーナンダにあるのではないか)

 察しのよいマウドガリヤーヤナは、すぐに気づいた。

(目立たないが、アーナンダは幼い頃から熱心に修行しておる。裏表なく機転が利くところは近侍する者としてうってつけかも知れぬ。そして何より、明るく素直なのが良い。私やシャーリプトラでは世尊にかえってお気を遣わせてしまうこともあろうが、アーナンダならばお身内ということもあって御心安くあられよう。これはぜひ、アーナンダに侍者となってもらわねば……)

と、彼は他の弟子たちにも語った。

「アーナンダは若輩だが……わからぬでもない」

 親友のシャーリプトラが真っ先にうなずく。

「なるほど、あの者なら気が置けぬ人柄であるからな」

 アニルッダが微笑み、カーティヤーヤナも納得したようであった。

 そこでマウドガリヤーヤナは、アーナンダに侍者となるよう勧めた。

「とんでもないことです。(わたくし)のような未熟者が尊者方をさしおいて侍者になるなど……。私には、とてもその(つとめ)に堪えられるとは思いませぬ。どうか他の御方に」

 と、アーナンダはマウドガリヤーヤナが幾度勧めても断り続けた。

(光栄なことではある。しかし、具足戒を受けてさほどの年数も経たぬ修行中の私が、世尊のお役に立つとはとうてい思えぬ。阿羅漢の位を得た尊者たちの方はどれほど良いか……)

 彼はそう考えていた。けれども、マウドガリヤーヤナはあきらめなかった。アーナンダにこのことをしつこく勧めたため、彼は最後にはこう云うほかなかった。

「……それでは我儘(わがまま)を申すことをお許しいただけるのなら、これらの願いをお聞きどけくださるでしょうか」

「なんであろう」

 マウドガリヤーヤナは満面に笑みをたたえている。

 この偉大な先輩の強引ともいえる一途さと稚気あふれる様子に、アーナンダは密かにため息をつきつつ、答えた。

「一つは、世尊の供養を受けた衣や食はたとえ賜るともお断りすることが出来ること。二つに、世尊が俗人の家へ行かれるときには必ずしも随侍(おつき)する必要のないこと。三つに、いつでも世尊に拝謁が許されること。この三つであります」

「それだけか」

 と、マウドガリヤーヤナはすぐさま師の元へ赴き、返事をもらって帰って来た。そして、笑顔で告げた。

「お許しがあった。いや、良かった。私の目に狂いはない。世尊の御意思は初めからそなたにあったのだ。アーナンダ、心して励めよ」 

 マウドガリヤーヤナは我が事のように喜んでくれた。しかし、アーナンダは重責を負った自分に目眩(めまい)がしそうだった。

(私が師の侍者となるのか……)

 何度も自らへ言い聞かせ、彼は精神(こころ)身体(からだ)を引き締めた。そしてこの後、アーナンダは侍者(つきびと)として、影が形に添うように世尊に奉仕(おつかえ)したのだった。




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