敵対する者たち――2
新しい教えを説き、貴人・富商から篤く遇される出家たちを、当然のことながらバラモンたちは面白く思っていない。釈迦牟尼世尊も、そのような人々から怒鳴り込まれることがたびたびあった。
竹林精舎にいたときのことである。
そのバラモンは、悪鬼のような形相でやってきた。
「この禿げ頭の出家め! 何故、我が由緒あるバーラドヴァージャ姓の若者を出家させたのか。汝は我が一門の栄光に泥を塗るつもりか!」
そして世尊の応えも待たずに、野卑な言葉で罵り始めた。
「お前は盗賊だ! 愚か者だ! お前は正気を失っている! お前は駱駝だ! お前は牛だ! お前は驢馬だ!」
バラモンの悪口は、止まるところを知らない。
そのとき世尊が問い掛けた。
「バラモンよ、そなたはこれをいかに思うか」
バラモンの口が初めて閉じる。
「そなたの家にも友人、親戚など客の来訪することがあるであろう」
「もちろん、私の家にも客の来訪はある」
バラモンは、今さら何を聞くのだ、という顔をした。
「ではバラモンよ、そのような時には、そなたの家でも客に食事をふるまうようなことがあるだろうか」
「もちろん、その通りである」
(くだらないことを聞く出家だ)
バーラドヴァージャ姓のバラモンは、いらだちを抑えきれなくなってきた。
「バラモンよ、そういうときに、もし客がそのご馳走をいただこうとしなかったら、それはいったいどういうことになるであろうか」
客に出した料理を客が食べなかったら……。
「それは仕方がない。また私のものになるよりほかないではないか」
バラモンは怪訝な面持ちで答えた。
そこで世尊は、彼に対して静かに語りかける。
「バラモンよ、いまそなたは私に向って悪口雑言を浴びせかけてきた。しかし私は、それを頂戴しない。すると、その悪口雑言は翻って、もう一度そなたのものとなるよりほかにないではないか」
そういわれて、バーラドヴァージャ・バラモンは頭を垂れた。
「もし私がそなたの悪口雑言に対して相手になり、私もまた悪口雑言をもって酬いたならば、それはちょうど客がそなたのご馳走をいただいて、主客が相対して食い、酒杯をまじえるに似ている。しかし、私はそなたのご馳走をいただかない。するとそなたのご馳走は、いや、そなたの悪口雑言はもう一度そなた自身に返るよりほかにないではないか。
いかるものに いかりかえすは
さらに悪しきことと知らねばならぬ
いかれるものに いかり返さずして
人は二つの勝利を得るのである」
このバーラドヴァージャ姓のバラモンは、愚かな人ではなかった。
バラモンであることを何よりも誇りとし、リグ(神々への讃歌)、サーマ(歌詠)、ヤジュル(祭詞)の三ヴェーダに通じて正邪の理を知る者であった。彼は眼前の沙門の寂かな姿と今の我が身を引き比べ、己が浅ましく思えて赤面した。
そして、彼は次に語られる言葉を待った。『二つの勝利』とは。
「他人のいかれるを知りて
正念におのれを鎮むるものは
よくおのれに勝つとともに
また他人に勝つのである」
バラモンは世尊の偈に感じ入り、やがて出家して弟子となった。
ところがそれを聞いた彼の弟が、阿修羅のごとく憤怒に燃えて、竹林精舎へやってきた。
「汚れた者め! お前は我が一族を根絶やしにするか!」
そのバラモンもさんざん罵ったあげく、沈黙している世尊に対し、
「汝、敗れたり!」
と、叫んだ。
しかし、シャーキャムニ・ブッダは云う。
「怒りに対して、怒り返さないのが真の勝利なのだ」
人を損なう三つの毒、むさぼり[貪]、怒り[瞋]、無知[痴]、その中の瞋りについて、勝つ方法を示した。仏陀は、怒りを知る人でもあった。
そこで教え諭されたバーラドヴァージャ姓のバラモンは兄と同様、世尊の弟子となる。




