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遺跡①

サビア小王国の三つの町の一つにして、帝国との国境に近い町、ムゼタ。


良質な木材の採れる森林が町の西側に広がり、そのさらに先の峠が帝国との国境になっている。


俺はムフタル兄さんと一緒にこの町の宿の一つに滞在していた。おそらく数日中には帝国側から来賓用馬車が迎えに来るはずだ。


随行者の数に制限があるため、今回ラナーとジャンは王都で留守番だ。代わりに、ムフタル兄さんの護衛が二人、執事が一人、身の回りの世話をする従者が一人。それと何故か付いて来たカリフも合わせて、合計7人での旅だ。


今は宿の大部屋で、俺と兄さん、それにカリフの三人でお茶を飲んでいる。


日頃の王子としての食育のおかげで、お茶を飲めばそれが高級なものかそうでないかは分かる。高級な茶葉が必ずしも美味しく感じられる訳ではないが。幸い今日の茶は「高くて」「美味しい」ものだった。


口の中から鼻にぬける茶の香りを楽しみながら、俺はカリフに気になっていたことを尋ねた。


「それで結局どうしてカリフは付いて来たの?帝国嫌いだったよね?」

「帝国に用は無い。目的は、国境付近にある砦の遺跡じゃ。」


 ムゼタの北西、国境の峠の手前に古い砦があるのだ。サビア小王国の建国以前からあるもので、石造りの壁は殆ど崩れてしまっているが、その広い砦の中庭は今でも町民のイベントなどに活用されている。


「えーと、銀鎧将軍の砦、だったかな。」

「そうじゃ。先日、老朽化で砦の北の壁が崩れたらしい。そして崩れた壁の中に更に小さな壁と壁画が発見された。儂の目的はそれじゃ。」


 ロケットの一件でがっくりしていたカリフだが、新たな興味の対象を見つけて元気になったようだ。良かった良かった。


「予め手を回して、発掘のための人手は雇ってある。もう少ししたら出掛ける予定じゃ。」

「へえ。いってらっしゃい。」


 俺がそう言って茶を啜ると、カリフに肩を掴まれた。


「勿論、ファルク王子も一緒に行くんだ。」

「え?なんで?興味無いんだけど?」

「王子の知識が役に立つかもしれん。」


 俺は水浴びを終えた後の犬のように激しく首を横に振った。壁画の発掘など退屈と疲労の予感しかしない。


「いやいやいや。考古学の知識なんてないし!」


 しかし、ここでムフタル兄さんがカリフの肩を持った。


「そうだな。トラブルメーカー二人はまとまっていてくれると、こちらとしても対処しやすい。」


 酷い言い草だ。しかし納得出来てしまう自分が悲しい。


結局、昼食後にこの町の役人が用意した牛車で砦に向かうことになった。




※※※※※※※※※




 緑髪にそばかす顔、小柄で大人しそうな16歳の女の子は、遺跡に横たわる石材の上にちょこんと座って、ムゼダの町の露店で購入した団子菓子をゆっくりと頬張った。


「お、い、し、い~」


 うっとりと幸せ顔でそう呟くと、再び菓子にかぶりついた。


彼女の同行者らしき三人の老婆が、その姿を見てため息をついた。三者とも老いた魔女のような顔つきだが、旅装のローブ裾からのぞく腕の筋肉は若い男衆にも劣らないものだ。


「ヴァリ様。はしたのうございますぞ。」

「どんな時でも親善大使としての威厳を損なうような真似は許されませぬ。」

「儂らの分も買うてくれれば良かったのに…。」


 ヴァリと呼ばれた少女は、三人のほうを見ようともせず鼻を鳴らして答えた。


「大使だってバレちゃいけないんだから、買い食いするぐらいが丁度良いでしょ?それにこれから日雇い仕事なんだから今のうちにしっかり栄養をとっておかないと!」


 もっとも背の高い老婆が目を細める。


「ヴァリ様が旅費の入った財布を落とさなければ、このような仕事をする羽目にはならなかったのです!」


 ヴァリがちょっとだけ気まずそうに顔を背ける。しかし口はもぐもぐと咀嚼を続けている。


「それは悪かったって。もう謝ったでしょ!」



 言い争う4人のもとに、半そで短パンの中年男が近づく。男の五分刈り頭には不釣り合いな短い鍔の帽子がちょこんと乗っかっている。


「ほら、あんたらも向こうに集合だ!そろそろ責任者が来て挨拶するから、それから仕事開始だ。」


 するとヴァリがばっと右手を挙手して尋ねる。


「責任者って、町の役人さんですか?」

「いや、王都の学者様だよ。」

「へー、そうなんですかあ。」


 中年男が立ち去ると、三人の老婆がぱっとヴァリの周りに集まる。全員、額から冷や汗が流れている。


「これ、やばいんじゃ…。」

「王都の学者といえば、宮殿にいたカリフ様のことでしょう。先日、我らとスセリク王との面会にも立ち会っていた…。」

「向こうにしてみれば、教会の大使がこんなところで何をやっているんだと思うでしょうね。」

「あれは儂好みの爺さんでしたわ。」


 ヴァリはぺろりと指先についた菓子の粉を舐め、そのまま人差し指で己のこめかみをぐりぐりと押した。やがて、考えが整理できたのかぐっと姿勢を正す。


「とにかく。バレなければ良いわけ。顔を隠して、目立たない場所に立つようにしましょう。責任者といったって高齢の学者が長々と現場に居るはずがない。ちょこっと視察したら帰っていくわよ。」


 その言葉に老婆三人も頷く。


離れた場所から先ほどの中年男に手招きされ、不安げな面持ちを残したまま四人は集合場所へと移動した。

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