発見
厩舎で母さんと妹に俺の愛馬となったカウィを紹介する。
カウィは黒い瞳でギョロリとこちらを見ると格好つけてフンと鼻を鳴らした。短い脚で見せびらかすように何歩か歩いてみせる。「どうだ、俺は自分の足で歩けるんだぞ」と言いたげだ。
まだ仔馬でも、草原の馬はそれなりの大きさだ。だが憶することなく妹のテレザはカウィに駆け寄る。
「お馬さん!可愛い!」
テレザの突進を受けてカウィはよろけたもののなんとか膝を付かずに堪えた。偉いぞ。
「ほんとに。可愛らしいし、白い毛並みが綺麗ね。」
母さんも賛同する。カウィは褒められたことが分かるのか、自慢げに俺を見る。俺もとりあえず頷いておいた。
三人で馬にかまっていると、厩舎に駆け込んできたのは家庭教師のカリフだった。
「王子!ここにいたか!すぐ研究室に来るんじゃ!…あ、レイラ王妃様にテレザ様もいらっしゃったか、ご機嫌うるわしゅう。」
「ごきげんよう、カリフ。今は家族団欒中なのですが…何事ですか?」
母さんが目を細くしてカリフを見る。カリフは白い髭を揺らしながら慌てて弁解した。
「ご、午前中に打ち上げた『ろけっと』の件でどうしてもファルク王子と相談する必要がありまして…。」
「今でなくてはいけませんか?」
そう問われたカリフが助けを求めるように俺の方を見る。割と傍若無人なカリフだが、母さんのことは苦手なのだ。若いころに世話になった人に似ているかららしい。
仕方なく俺が助け舟をだす。
「カリフがこれほど慌てているのですから、よほど重要なことなのでしょう。ちょっと研究室まで行ってきます。すぐ戻りますから、二人はここで待っていてください。」
ファルクがそう言うのなら、と母さんの許しを得た。カリフは明らかにほっとした顔をしている。そのまま二人小走りで研究室に向かった。静かな廊下に、足音が響く。
道中、カリフに尋ねる。
「で、何があったの?」
「ろけっとは世界の天井に当たって壊れた。だが、憑依していた精霊が天井に張り付いて生き残ったのじゃ。それで…まあ、その目で見るのが早い。」
カリフは研究室に入るや否や、真っ直ぐ水晶球に向かい、それを見つめた。例の双子精霊の片割れが入った水晶だ。
「ほれ!ほれ!!さあとくと見よっ!」
言われるがままに水晶球を見つめる。そこに映っているのは天から見下ろした中央大陸の姿。前世では人工衛星や宇宙ステーションからの映像として見たような景色だ。
カリフが鼻息荒く自慢げに語る。
「『ろけっと』は世界の天井にぶつかって破壊されたが、そこに憑依していた双子精霊は無事で、天井に張り付いたのじゃ!結果…結果、儂は人類として初めて神に近い視点から世界を見ることになったっ!!」
カリフの余りの興奮ぶりに思わず腰が引けた。いや、偉業だということは理解しているけどね?
「世界が丸く太陽の周りを回っているという説が識者の中で常識となって久しい。だが計算ではなく自らの眼で、世界を、『わくせい』を見るというのは…感無量だ…!」
「うんうん。凄い凄い。僕は、世界の天井が何なのかって方が気になるけどね。そっちは調べられないの?」
この感動が分からないのか、と残念そうな目で俺を見た後、カリフは答えた。
「結論から言うと難しい。双子精霊は好奇心が強く、自分たちの興味ある事柄だけ、人間の指示を聞いてくれる。今回、『ろけっと』と水晶球に分かれて憑依し、儂の指示を聞いてくれたのは、彼らが空の向こうに興味を持っていたからじゃ。今、精霊の関心は空から地上を見下ろすことに向いている。」
「精霊の興味が天井そのものに移るまで待たないといけない訳か。精霊術ってのは難しいね。」
この世界の魔法は、前世で俺が持っていたイメージに近い。けど精霊は、違う。もっと曖昧で複雑ではっきりしない存在だ。
そもそも精霊に関する情報の殆どは精霊教会が握っていた。その教会勢力が帝国によって大陸北方に追いやられてしまったために、世間に出回る精霊に関する知識が少なくなってしまったというのもある。もともと北方出身のカリフは精霊についてかなり詳しいが、他人に精霊術を伝えるつもりは無いようだ。
「とにかく」カリフは話を戻そうとする。「儂らが発見したこれは世界的偉業じゃ。発表すれば儂と王子の名前は歴史に刻まれることになる…!」
「え、僕も…?何もしてないんだけど。」
俺が顔を歪めると、カリフは右手を振り回して断言する。
「とんでもない!王子の知識を元に行ったことじゃろうが!これを儂一人の結果として発表するのは学者の沽券にかかわるわい!」
「うーん…。」
俺は右手の人差し指で頬をぽりぽりと掻いた。
「でも、公表は出来ないよ?」
「は?」
「そりゃそうでしょ。水晶球をよく見てよ。中央大陸全域の出来事が上空から分かっちゃうんだよ?帝国がこれの存在を知ったら、この国を滅ぼしてでも奪おうとするよ。父さんは絶対秘密にしろって言うよ。」
カリフの顔が蒼白になっていく。発見の喜びに夢中になってそこまで考えが至っていなかったようだ。
「なん…じゃと…。いや…でも…。」
暫く呆然としていたが、やがて諦めの表情になって椅子に座り、がっくりと首を垂れた。可哀そうではあるが、これ以上母さんとテレザを厩舎に待たせておく訳にもいかない。
俺はそろりと静かにカリフの研究室を後にした。




