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クラス丸ごと奴隷召喚 ~至高の黄金球使い~  作者: 濃縮原液
第1章 囚われの空中要塞
15/56

15 覚醒

 大空の下へと蹴り飛ばされたレンセは混乱の只中にいる。


 一瞬前、彩亜の最後の言葉を聞くまでレンセは完全に生をあきらめていた。そのまま要塞から落下していれば、レンセは混乱することさえなく意識を簡単に手放しただろう。


 だが今のレンセの頭は、意識を手放すどころではなかった。


 なぜ? どうして? なんで?


 頭に浮かぶのは疑問の渦。


 レンセは死ぬ。それはあきらかな事実のはず。


 高度五千メートルの上空からの落下。これに耐えられる人間はこの異世界においてもまずいない。


 くわえて腹の傷である。偶然かそれとも彩亜によってか、下腹にささったナイフはレンセの内臓を傷つけてはいない。だが出血は激しく、どうあっても死ぬのは確実としか思えない。


 にも関わらず、彩亜はレンセに「生きて」と言った。それも、思いを込めた必死の声で。


 だからレンセは死の淵にあってなお、全力で頭を回転させる。走馬灯を見る余裕すらないほどに、全力で彩亜の言葉の真意を求めて。


 そうして生きる方向へと全霊を傾けたその時、レンセの目に一筋の光が差し込む。


 それは……彩亜に刺された下腹からの物だった。


 レンセが光の方に目をやると、黄金色に輝くナイフの姿がそこにある。


 彩亜のスキル、《不可視化(インビジブル)》によって隠蔽されていた武器は、レンセが想像していた通りナイフだった。


 だがその輝きは、この世界おいて黄金色に輝くその武器は、レンセがこの世界において唯一操れるとされる鉱物オリハルコンで出来た武器だったのだ。


 その輝きを目にした瞬間――レンセは全てを理解する。



「後で……レンセに渡したい物がある」

「……この状況なら、こうするのが一番だから」

「……生きて」



 そう。

 初めから、彩亜にはレンセを殺すつもりなどなかった。


 あの絶望的な状況で、レンセが助かる確率をほんのわずかでも押し上げる。


 最初からそのことのみを考えて、彩亜は最善を尽くしていた。



 その真実にレンセは気付き、同時に彩亜の、その思いの真意にいたる。



 生きるのをあきらめ、これで良かったと彩亜に語りかけるレンセに、彩亜が本当に伝えたかった言葉。


 ――違う。わたしはあきらめてなんていない。わたしはレンセを殺そうなんて思っていない。だから、あきらめないで。そんな悲しい顔でさよならなんて言わないで。――お願い生きて!


 ただの悲しみでは言い表せない、彩亜の伝えたかった本当の思い。その全てをレンセは理解する。


 そしてレンセは、自分を呪った。


 目の前の光景をそのまま受け入れ、彩亜が自分を殺すと信じてしまった。一人であきらめ、最後まで自分を救うために最善を尽くした彩亜に、見えなくなるまでずっと生きるのをあきらめた顔を見せてしまった。


 信じて欲しいと必死に願っていたはずの彩亜を、最後まで信じられずにその視界から消えてしまった。


 その自分の全てを――レンセは呪う。



 そして、絶対に生き延びると心に誓う。



 死ねない。このまま死ぬなんて絶対に許せない。


 最後まで自分を救うおうとしていた彩亜に、あんなくやしい顔をさせたまま終わるなんて絶対に許せない。


 このまま死んでしまっては、レンセは自分で自分が許せない。



 レンセは下腹へと深く刺さったナイフを勢いよく両手で抜き取った。激しい痛みが全身に走る。だがそんなもの今のレンセはなんとも思わなかった。


 そのまま両手でナイフを掲げ、レンセは心の底からナイフに念じる。



 レンセはこれまで一度も《オリハルコン操作》の能力を使ったことがない。だがそんなこと、今のレンセには関係なかった。


 レンセはただ一心に手にするナイフへと命令する。



 浮かび上がれ――と。



 レンセの体は要塞から既に千メートル近く落ちている。その加速度は凄まじく、空気との摩擦でレンセは全身に激しい痛みを感じていた。


 当然その加速度を相殺するにも、相当な力を必要とする。


 その力を得る為に、レンセはありったけの魔力をオリハルコン製のナイフへと注ぎ込んだ。



 絶対に――これで終わりになんてさせない。



 レンセの脳裏に浮かぶのは、悲痛で、くやしく、そして淋しさをにじませた彩亜の泣き顔。


 レンセは最後まで彩亜を信じることさえ出来ず、彩亜に悲痛な思いをさせたままこうして地へと落ちている。


 彩亜の《不可視化(インビジブル)》が解け、レンセは彩亜の本当の思いに気付けた。


 だがその事実を彩亜が知ることは叶わない。


 彩亜は自分の思いがレンセに伝わったことを知るすべもなく、レンセの安否すら知ることが出来ないまま、悲痛な思いであの要塞へと取り残されてしまっているのだ。



 だから――


 決して、レンセはここで死ぬわけにはいかない。



 生きてあの要塞へと舞い戻り――彩亜の本当の気持ちが伝わったこと、彩亜のおかげで、自分は死のふちから生還出来たことを彩亜に伝える。


 それのみを達成するために、ただそれだけのために、レンセがここで死ぬことなど決してありはしないのだ。



 その強い思いに答えるように、レンセの両手から金色こんじきの光が溢れ出す。その光はオリハルコンのナイフを包み込み、そこから粒子となって上へと噴き出した。


 《オリハルコン操作》の力により浮力を得たナイフはレンセを体ごと引っぱり上げ、その落下速度を少しづつ下げようとする。



 だが足りない。



 レンセの全ての魔力をもってしても、高度五千メートルからの落下には抗しきれなかった。たった一本のナイフを操る力では、すでに加速してしまった落下の力に追いつかない。



 このまま終わる?



 そんなことは許さないとレンセの魂が否定する。レンセの意志が、限界を超えた魔力を無理やり全身から引きずり出す。そしてその意志が体の限界を凌駕した時、レンセの中に声が響いた。



『――魔族への転生条件が満たされました。転生を実行しますか?』



 レベルアップの際に頭に響く声と同じである。だがその謎の声が回答を求めてくるのは初めてだった。


 普段のレンセであれば、この質問に対して熟慮したであろう。


 だがレンセは一瞬も迷うことなくイエスと答える。理屈などなく、これに答えることが生き残る唯一のすべだとレンセは理解した。



 レンセは頭の中でイエスと答える。同時に視界が真っ赤に染まった。そしてレンセは全身の神経を直接侵されるような強い痛みに襲われる。


 普通なら、この痛みに耐えかねて死ぬことさえあるほどだ。


 だがレンセは痛みに耐えた。いや、常人なら死んでもおかしくないこの痛みでさえレンセはなんとも思わなかった。


 彩亜が感じただろう心の痛み。愛する者に自分を信じてもらえず、最後まであきらめた顔で去られた引き裂かれるような心の痛み。


 彩亜のその痛みに比べれば、今自分が感じている体の痛みが一体なんだと言うのか。


 どんなに激しい痛みが全身に押し寄せようと、レンセが意識を手放し死んでしまうことなどありえない。



 もう一度彩亜に会って、伝えなければならないことがある。



 その絶対の意志が、レンセの意識を強くこの世に繋ぎとめた。


 レンセはその意識を保ったまま、体の中から人とは違うモノへと生まれ変わる。



『魔族化により各種基礎能力値の上昇、及び関連スキルの変更が行われます』


『《HP強化》《MP強化》《攻撃強化》《防御強化》《魔力強化》《魔耐強化》《敏捷強化》を習得しました。ステータス強化系スキルが統合され、《全能力値強化》へと変更されます』


『魔族化の影響により《全能力値強化》が《全能力値超強化》へと進化しました』



 レンセは体の底から、今までとは次元の違う魔力を感じる。


 レンセはその全てを手にするナイフに注ぎ込んだ。


 魔族となったレンセの膨大な魔力により、ついにレンセの体が減速を始める。


 魔力が多すぎて逆に減速が早過ぎるくらいであった。


 レンセは溢れ出す魔力の量を調節し、地上に降りるのとほぼ同時にその速度をゼロへと落とす。



 レンセは深い密林の中へとゆっくりその体を下ろした。


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