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魔術師は聖遺物と躍る  作者: 長蜂
chapter1『あと7日』
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大樹の防壁

 濃霧による目晦ましと、俊足によって走り去ろうとする少女――ツヴァイの背に、犬飼憲剛は懐から取り出した拳銃を向ける。

 それ自体は比較的入手し易い粗悪な拳銃だが、それに憲剛が魔術で強化を加えた特別製である。

 掛けられている魔術は『sequitur』。本来の語源で「後を追う」や「付き従う」といった意味の術名が示す通り、その魔術効果は『軌道補正』。いわゆるホーミング機能とでも言おうか。術者自身もしくは『sequitur』を付与した物が投擲および射出した物に対して、気流による軌道修正が可能となる。元々は弓兵の練度を高める目的で開発され、その目的に従い密かに軍事目的に運用されたという風属性の魔術である。

 その魔術が仕込まれた銃を撃つ。それは、つまり。憲剛は銃身を彼女の背後に向けて睥睨し、しかし口元は獰猛に吊り上げた。

 丁度、少女の方は角を曲がって、路地へと逃げ込んだ所だ。

 おそらく、また路地の入り組んだ道を逃げまわってこちらを撒こうというのだろう。

 だが、そう上手くは行かせない。鬼ごっこは十分だ。ステージは、狩りへ移行している。

 姿が見えなくなった彼女を狙って、憲剛はそうほくそ笑みながら引き金を引く。パンという爆竹でも鳴らしたような乾いた破裂音が響いた。

 人間の動体視力では捉える事が出来ない銃弾が標的の居ない虚空へと飛び出し、やがて、彼女が曲がった路地へと差し掛かった所で不意に軌道を急変させる。彼女が逃げ込んだ路地へと吸い込まれるように軌道を変えた銃弾が、その先に居るであろう標的を襲う。

「きゃっ」

 少女の短い悲鳴を聞き、満足げに悠然と憲剛も後を追って路地へ入っていく。

 その歩みは、あくまでもゆっくりだ。

 路地の先では、少女(ツヴァイ)が片膝を付いた状態で憲剛の方を睨んでいる。

 反れた銃弾が壁に着弾したらしく、その衝撃に驚いてバランスを崩したらしい。

「鬼ごっこは、もう飽きてるんだ。どうせなら、魔術合戦でもしようぜ?」

「周囲の事もちょっとは考えなさいよ」

 苦々しげにツヴァイが言う。

「周りなんて知ったことか。どうせ、後7日で全てが決まる。出し惜しみしてしくじるよりは、強引に道を切り開くのが俺のやり方だ」

「そんなのは、もう十分、分かってるわよ! 『albos』!!」

 吼えるように少女が術名のみの詠唱で魔術を行使する。その術に込められた膨大な魔力を感じた憲剛も眉を顰めるが、所詮はそれだけだ。

 さて、魔術の発動には、基本、補助詠唱と術詠唱の二つが必要となる。術詠唱というのは発動させる術の名称を指し、一方、補助詠唱とは魔術をどのように用いたいのかを抽象的にまとめた即興詞を指している。つまり、「術をどのように使いたいのかを明確」にし、それに適切な「術式」を組み立てる事で魔術は発動するのである。

 ここでまず術詠唱の方であるが、こちらはほんの僅かな例外を除いて術詠唱(これ)を省いての魔術発動は不可能である。だが、一方で補助詠唱の方は、術者の技量によって省略しても魔術の発動は可能だ。むしろ、ある程度、魔術を修めた者にとっては、最大限に素早い術展開が必要となる有事、例えば戦闘であったり緊急時によく用いられる割とポピュラーな魔術運用法(テクニック)の一つとされている。どうしても本来と比べて威力や効果の劣化といった代償を払わざるを得ないが、代わりに最速最短での術発動を可能とするこの技法は使えるのと使えないのとでは雲泥の差であり、熟練者同士の魔術戦闘においては如何にこの技法で相手を出し抜き、完全詠唱の術を放つかが勝負の分かれ目となる。それだけ非常に有用な技術なのだが、ちなみに、先ほどの2発目の『ignis』もこれに該当する。

「ほぉ」

 多くの魔力が込められた自分の知らない魔術が使われた事に、いくらかの期待感を滲ませる。

 いくら魔術の名門で、それを専門的に学んだ魔術師とは言え、人類が知り得た全ての魔術を修めているわけではない。扱える魔術には人それぞれ特性だとか、向き不向きは必ず出る。それらを自覚し、自分に合った魔術系統に絞った鍛錬を行うのが一流への第一歩とされているのだ。

 憲剛の場合、本人の性格的な影響も多分にあって火力を重視した攻撃的な魔術に適正がある。属性で言えば、攻撃魔術が多くを占める『火』と、火と親和性の高い『風』の魔術を比較的多く習得していた。ちなみに、『土』は若干苦手で、回復や攪乱といった傾向の強い『水』に至っては適正が全くないという清々しいまでの攻撃力極振りの適正である。

 兎に角、それらの中に、今の魔術は含まれていなかった。

 故に、憲剛はこの魔術が何かを知らない。

 そして、その答えは憲剛がそのような思考を巡らせるや否やの2・3秒でそれは発動された。

 地下からの謎の衝撃に地面は振動し、コンマのタイムラグでアスファルト舗装された道路が容易くひび割れ、その下に埋もれた土が沸騰した水のようにボコボコと噴き上がる。

 局地地震の魔術。……いや、こいつは。

 一瞬、地震を引き起こす魔術かと思った憲剛だが、それをすぐ改める。

 その揺れは始まりに過ぎない。

 粗暴であっても無謀ではない憲剛は、発動途中の未知なる術を警戒してバックステップで距離を取る。

 憲剛の考えは正解であり、ツヴァイの術はまだ完成していなかった。

 アスファルトを突き破って土を噴き上がらせたモノ(・・)が、地面から破竹の勢いで顔を出す。

「樹、だと!?」

 憲剛の言う通り、地面から突き出したモノの正体は、樹。それも大樹といって差し支えない幹の太さを持った樹が、何本も生い茂り、枝や蔓、さらに根に至るまでがお互いに絡み付くようにして成長し、やがて、分厚い障壁となった時点で動きは止まった。

 元々広くはない路地だが、生い茂った木々がその全幅を完全に塞ぎ、高さも10mは越えている。

「くそっ! バリケードのつもりか!?」

 忌々しく目の前の樹を睨み、憲剛は魔力を練り上げる。

 威力を犠牲に発動した即行魔術とはいえ、それでこの規模という事は術レベルとしてはおそらく中級から上級の魔術なのだろう。

 なら、それを突き破るにはそれ相応の魔力と術が必要となる。

「この俺を舐めるなよ、小娘が!」


   ◆


 『albos』なら、いくらなんでも直ぐには後を追えないはず。

 意訳で「大樹の防壁」と呼ばれるこの術は、その意訳に相応しく頑強な大樹を密集させて強固な防壁を築き上げる魔術である。防御に優れた『土』の属性に類する魔術で、その術レベルは最上級に匹敵する。かつて戦場において、破城槌による突破も槌の方が先に壊れ、投石器による投石やその後の大砲ですら破砕できず、火矢による火攻めを試みるも焦げを作るのが精々だったと記録に残る、まさに樹とは思えぬ鉄壁の堅牢さを誇った術なのだ。それは例え補助詠唱を省いた即行魔術であっても、上級を下回ることはあり得ない。

 自身(ツヴァイ)が放てる最強クラスの防御魔術を発動させ肩で息をしながら、踵を返して再度、走り出す。念の為、俊足の魔術『levis』は継続させる。魔力と体力がそろそろ危ういが、この場を離脱する事が最優先である。

「この俺を舐めるなよ、小娘が!」

 背後から聞こえる敵の怒号に、思わずギクリと足を止めてしまう。

「踏み荒らせ業火の猛獣、猛火を噴いて薙ぎ払え――――『salamandra』!!!」

 まさか、即行で発動させたとはいえ地属性でも最上級に分類される『albos』をもう破れるの!?

 ツヴァイの驚愕は一瞬。

 しかし、その一瞬の後、彼女の魔術『大樹の防壁(albos)』は破られる。

 刹那の出来事であった。

 直撃を受けたわけではない周囲の建物のガラスというガラスが全て粉々に吹き飛ぶ程の衝撃波を生んだ轟音が轟く中、『albos』によって出現した樹が根付いた地の更に奥底から火柱が噴き上がる。その光景は、まさに噴火といってもいい壮絶な光景。あまりの火力に、彼女が生み出した大樹は炭すら残さず塵となって消えた。残されたのは焼き尽くされて黒く塗りつぶされた跡地のみ。術自体は『albos』を焼き尽くした時点で治まり鎮火しているが、それでも立ち昇る熱気で空気が歪んで見えた。

 その歪む視界の奥に居る人物が、悠然と歩を進めるのが見える。

 ツヴァイは悪寒を通り越し、恐怖する。

 この場において絶対的な強者である――憲剛。

 魔術師のタイプとして『トリックスター』に分類されるツヴァイに、憲剛を真正面から撃ち破る術はまず無い。

 戦術には攻撃と守備があり、『トリックスター』とはその内の守備。更に言えば、相手の動きをのらりくらりと受け流す柔法に特化した者達の事を指す。

 つまり、魔術師としての彼女は守備に長けるが、攻撃は不得手なのだ。

 威力等を若干犠牲にした即行魔術だったとは言え、そんな彼女が発動した最大級の魔術を、さらにその上を行く攻撃魔術で撃ち破って見せる憲剛。

 勝敗など火を見るより明らか。即ち。憲剛の勝ちで、ツヴァイの負け。

「小細工はもう終わりか?」

「…………」

「……そうか。もっと楽しめるかと思っていたが、大した事はなかったな」

 憲剛の顔から愉悦も激情も消えた。ゴミをゴミ箱に捨てるような、なんの感慨もない冷めた面で、掌に火を灯す。

 その火を私に向けて、とどめを刺すつもりだろう。

 逃げ切れないと悟った時点で、力が抜けてしまった。

 身体が麻酔を掛けられたように弛緩して動かない。

 例えこの場を凌いでも、すぐに追い詰められる。

 まるで詰将棋。勝ち目がない。

 逆転の目は――ない。

 敗北はもはや確定的だが、正直言って無念だ。

 まだ自分のやるべき事は終わっていない。

 しかし、考え方によってはコレで良かったのかも知れない。

 この争いの最中、決して手放さなかった手荷物。布に包まれた細長い棒をギュッと握りしめる。

 これがあいつの手に渡って勘違いに気付かないままあの日が来れば、もしかしたら目的は達せられる可能性はある。少なくとも現状、奴は、憲剛はその勘違いに気付いていない。

 最期の目論見は成功する可能性が高い……かも知れない。

 だが、もう成功に賭けるくらいしかツヴァイに残された選択肢はない。

 それを受け入れ、目を閉じる。

「燃え尽きろ――」


   ◆


「うわっ!? なんだよ、コレ……!?」

 第三者がこの場に迷い込んだのは、そんな時であった。

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