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魔術師は聖遺物と躍る  作者: 長蜂
chapter1『あと7日』
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決して逃げられない運命

「決して、逃げられない運命に組み込まれてしまった。ごめんなさい」

 申し訳なさそうなフィオナの声が、どこか遠くに聞こえる。

 ごめんなさい? 彼女(フィオナ)は誰に何を謝っているんだ? 聖槍? 担い手? 逃げられない運命? なんだよ、それ。

 まるでその意味を理解してしまうのを頭が拒否するように、彼女が発した言葉の意味が、上手く飲み込めない。ただ、彼女の言葉に混じった不吉な単語の数々が、やけに耳に残る気がした。

 やがて、恐らくだが、彼女が言い難そうにしている事情が、何となく分かりかけてきた。だが、もしかしたらという望みを掛けて、敢えて聞く。「どういう事なんだ?」の一言が、ひどく気怠かった。


   ◆


「どうゆう事なんだ?」

 頭を抱えるように俯いていた姿勢でソファに腰かける彼を見る。

 なんとなく察している部分はあるのかも知れない。

 それでも、自分の想像と違っているという一縷の望みを託した問いだったのだと思う。

 おそらく彼の想像は正しい。私は、彼の僅かな望みを砕く、残酷な現実を告げなければならない。それが、まず私がするべき義務であり、取るべき責任だ。

「まずは、コレについて説明するわ」

 そう言って私は指先に魔力を集め、1を描くように指を振るう。

 魔力が集まった指先は蛍のように淡く発光し、指の軌跡をなぞるように光が灯り、やがてカッターで紙を切ったように静かに空間が裂ける。その裂け目に手を入れ、目的のモノを掴み取るとこちら側へと引き摺りだす。これは魔術師が作り出す即席の金庫のような代物で『収納箱(アーク)』と呼ばれる中級魔術だ。各魔術師が内包する魔力に比例した規模の異次元空間を生み出す便利な魔術で、魔術師と認められるに当たって習得すべき魔術の一つともされている。

 ともあれ、今はそんな事より槍である。

 目的を失った今、流石に槍を持ったまま街を突っ切るのは躊躇われた為、一時的に『収納箱(アーク)』へと移していたのだ。それを今、再びこちら側へと取り出して見せる。

 見た目は非常に簡素な槍である。長さは2m程、先端の刃もよく見ると刃こぼれしてボロボロな上に元から粗悪品だったと素人目にも分かるくらいにくすんでいる。

 しかし、それでもコレはれっきとした聖槍だ。

 少なくとも、今年開催された(・・・・・・・)儀式において(・・・・・・)、この槍は正式に聖槍であるとシステムに認められている。

「さっき見たと思うけど、コレは『聖槍』よ。元々は日本(ここ)のとある教会に展示されていたそれなりに由緒ある代物(レプリカ)の一つだけど、巡り巡って今回、この槍が今年(・・)の『聖槍』に選ばれ、ここにある」

 祐一は身動ぎ一つしない。まるで、興味を持ってしまう事を恐れるように。こちらの話を聞いているのかいないのかイマイチ判断が付かないが、聞いている――と言うより聞こえているという体でこちらも話を続けさせて貰う。

 さて《奇跡の灯》が条件さえ揃えば毎年のように行使可能な点は先に説明した通りなわけだが、肝心の条件にして儀式を開始するに当たって面倒な点が、大きく分けて二つある。

 一つは、《聖域》。

 そしてもう一つが、『聖遺物』。

 とりあえず、この『聖遺物』に関して、はっきり言って真の意味で本物の聖遺物を見付け出す事は不可能に近い。そもそもが、処刑に使用した道具を懇切丁寧に――ましてや罪人として捕えて処刑を実行した側が保存している訳もないわけで、信者達の手に渡る前にそのまま処分されたか次の処刑に再利用されたと見るのが現実的である。従って、本当の意味での本物はおそらく現存していない。しかし、信仰の為に本物であると称して展示されている聖遺物は世界各国の教会に点在している。

 《奇跡の灯》の場合、レプリカも含めたそれらの聖遺物の中から無作為に一点を『本物』として選出しれるシステムとなっていた。つまり、去年『聖槍』だった物が、今年の『聖槍』ではないという事だ。

 そうゆう理由で、大掛かりな為に数が少ない『聖架』や『聖骸布』はともかく、『聖槍』や『聖釘』となると候補となる品数が多い為、実際に揃えるのは骨だ。運や偶然で集まるにしても、意図的にしても確率的にかなり低いことは間違いない。

 そんな経緯で、今年の『聖槍』に選ばれたのがこの槍だ。

「聖遺物には、それぞれに権能と呼ぶべき特別な力が宿っているの。この槍の場合、あらゆるものを破壊する力。『破壊の権能』と呼ばれるこの力は、御子にとどめを刺した槍の役割に由来しているとされていて、要するに「(主神の次に)偉大な神の子さえ殺した槍に壊せないモノはこの世に存在しない」という理屈になるのかしら」

 どちらかと言えば保守的な権能を宿す他の聖遺物と異なり、聖槍の持つ権能は攻撃的である。それは他と違って、本来が戦いを想定した武具である事からも想像に難くない。『聖遺物』の中で唯一、攻撃手段を持つその槍を手にするアドバンテージは戦争とも称される《奇跡の灯》において絶大で、「槍を手にした者がこの戦いに制する」との見解を示す魔術師も多い。

 もっとも、目の前の少年にとっては優位どころか迷惑以外の何物でもないだろうが。

 案の定。

「そんな槍なんて要らないし、わざわざ、そんなわけのわからない儀式で叶えたい願いもない。槍は返すし、そもそも俺の物じゃないんだから、もう放っておいてくれ!」

 ぎろりと、彼はこちらを睨みながら言い募る。

 そんな彼に、私は更に追い打ちを掛けなければならない。

 正直、罪悪感が胸に突き刺さる。

「残念だけど、それは無理なの」

「なんでさ!? 元通り、君が引き取ってくれたらそれで解決することじゃないか!?」

「確かに、槍を私が代わりに保管しておく事は可能よ。だけど、あまり意味はないと思う。聖槍の担い手であるあなたが、この聖槍を手にした事で条件はクリアされてしまったから」

「また、それか!? そもそも俺は、そんなモノになった覚えはないぞ!」

「担い手は儀式を司るシステムによってランダムに決定される。この選定に、人が関与する事はまず不可能とされているわ」

 ちなみに担い手というのは、『聖遺物』の暫定的な所有者(オーナー)を指している。

 通常、この担い手だけが聖遺物の力、つまり先ほどの権能を自在に引き出す事ができる。

 5つの『聖遺物』に、それぞれ『担い手』が選任され、選ばれた5人がそれぞれの願いを賭けて争いに身を投じるのが昨今の《奇跡の灯》の在り様だった。

 そして、この巨大な儀式魔術(システム)を前に、人間が歯向う事は不可能。蟻地獄の罠に嵌まった蟻の末路の様に、一度システムに選ばれてしまえば個人の独断でリタイアする事はできない。逃れる術があるとするなら、争いに勝ち残るか、逆に敗退(ドロップアウト)するしか手立てはない。

 さらに付け加えるなら。

「願いを叶える権利が与えられるのは、あくまでも担い手の内の誰かに限られる。つまり、あなたを差し置いて、槍だけ手に入れても願いは叶えられない。敵は必ず、あなたから槍の所有権を奪いにやってくる」

「だから俺はそんなものは要らないって言ってるだろ! 所有権なんていくらでもくれてやるよ!」

「担い手から所有権を奪い取る方法は一つ。「担い手を殺して(・・・・・・・)聖遺物を奪い取る(・・・・・・・・)」事だけよ。あなたを殺すだけでも、この槍を奪うだけでも駄目。その両方を実行して初めて、元々の担い手からその聖遺物の所有権奪取が認められ、殺して奪った者が新たな担い手として再選定される仕組み。この意味、わかる?」

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