第二十話『目的に勝る手段』
お久しぶりです。工人……じゃなかった、病です。
中二 病です。初めての人は覚え……なくてもいいか。
また遅くなってしまいました。今回は単純に書くのに手間取っただけなので申し訳なさも一入なのです。本当に皆さんお待たせしました……待ってた人とかいるのかなぁ。
今回は遅くなったお詫びに少し長いです。なんと当社比1.5倍!
え、冗長になっても嬉しくない?
ご安心ください。話の進みはいつも通りです。
つまりあんまり進んでないです。
しかも時間が無かったので後書きとメモもカットです。
ご め ん な さ い。
そんな感じで良ければどうぞ、第二十話です。
――とある少年の話だ。
足を止めずに、歩いてきた筈だった。
何処までも続く、何時果てるとも知れぬ旅路の途中、気にも留めずに歩いていた筈だった。
そんな全てが変わったのは……そう、十年も前のことになる。
以来、少年は死ななくなった。否、死ねなくなった。
少年は思う。
日常の為に死を選んできたつもりだった。
けれど、今の自分は死ねなくなってしまっている。剣を抜き、敵に突き付け、運命を切り開く――そんな、いつか遠い記憶の中で力を振るっていた自分さながらに。
けれど遠かった――
今の自分からでは、余りに。
そして少年は想う。
死にたくないから生きる……それは、そんなものは、以前の自殺を繰り返す自分より、尚も病的ではあるまいか。
これは何だ? 惰性だ。
何故自分は生きている? 惰性だ。
目の前で全てを失ったから? 知らん、惰性だ。
ならば自身に、生きる価値はない。
価値が無いのに生きている。さも死人ではないか――
ただひたすら、死ねないことだけが煩わしい。
少年は今、平穏の為に死線を漂う、矛盾した自身の是非を問う。
取り返しのつかぬことになったような、漠然とした空孔を胸に抱えて。
――ある少女は想う。
少年の救いを。少年の幸福を。少年の死を。少年の後悔の断罪を。
一つの命を売り渡してでも、為すべき事を見つけたのだ。
少女は最初から気づいていた。今度の人生、かの少年が欠乏を抱えていることに。
元々が深淵染みた存在ではあったが、今はつまらない理由で人間時代に立ち返ってしまっている。
――完璧な超越者に、傷がついていた。
ほぼ全てが異常な人外に変質したあの少年にとっては、一片の常識や正常さはむしろ毒。
あるいは枷。
腹に空いた風穴。
しかし少女は生来に聡かった。
気づいていた。
それを埋めることは、今生では不可能であるとも。
矛盾。
それも、平穏を求めて火中に飛び込むような狂気染みた矛盾。
何かが狂っている。いつもの転生とは違う、致命の何かが。
埋まらない。埋めようが無い。
大切な家族の一部が。少なくとも、今生では。
――ならば、と。
少女は名案を、思いついた。
第二十話『目的に勝る手段』
「おい、離せ!! 唯貴を……弟を置いて行けるかッ!!」
階段に響き渡る声は紅色。
赤の魔女と呼ばれている女は、今まさに激昂しかけていた。
エレベーターホールに残したままの義弟を救い出しに行こうとする一方、明石やリアンヌに押し留められている。
「唯貴さんが大丈夫だといったら大丈夫なんです、だから上を目指しましょう」
リアンヌは、自身が師に選んだ転生者に絶対の信頼を寄せていた。ここ数日を共に過ごしただけの少年に、技術者として、転生者として、魔女として、そして何故か人間として、さながら肉親のごとく通じ合い感じるモノが有ったかの様に。リアンヌはその気持ちを瞳に込めてシルヴァに向ける。
うぐ、と。最強の魔女は、バツが悪そうにたじろいだ。
――ここの所、こうまで赤の魔女のブラザーコンプレックスぶりが悪化しているのには訳がある。余裕が無い、と言い換えても良い。
それは他ならぬ夜城唯貴本人の責任なのだ。先日彼が自宅に残した遺書じみた書き置き。書いた本人さえ忘れていたそれは、実は既に、ひそかに発見されていた。
かつて夜城唯貴本人を先回りしてみせた様に、弟の事など知っていて当然とばかりに遺書をあっさり発見してみせたシルヴァ。当然夜城唯貴は隠していた訳ではないが、それを最速で見つけたのは間違いなく彼女個人だった。
そしてそれは、今に至るまで他の仲間の目には入っていない。内容を読んだ彼女は心配を窮めながらも、隠すことを選んだからだ。
それも仕方のないこと。夜城唯貴本人はそんなそぶりこそ見せないでいたが、その書き置きには死をも辞さない悲壮な決意が、筆者自身が図らずしても滲んでいたが故に。
「ねぇねぇそこなお姉さん、ちょーっといいかにゃー」
と左門真遊が軽い口調で尋ねると、不機嫌そうな表情ながらもシルヴァは暴れだしそうな身体を落ち着かせた。
「……何だ」
その様を見るや心中にやりと笑み、藤紫色の長髪にレトロな魔女帽子を身につける希体な少女は口を開く。
「唯ちゃん……もとい唯貴ちゃんなら、アレ程度には負けないよ。それに、相性的にも私達の中で一番良い。どうせ適当に言いくるめて逃げてくるにゃー」
『コイツ、名前知っててワザとそんな呼び方をしていたのか』と、もし夜城唯貴がこの場にいたならば言及していただろう。奇しくもこの場で唯一その事実を知って……もとい“読んで”いた火無月に至っては、そこを突っ込んで聞けば自分が“お姉様”と呼ぶことについてまで飛び火しかねないからと不干渉を貫いていたのだった。
「それに、大丈夫だにゃー。唯ちゃんはもう屋上にいるだろうから」
やれやれと演技染みたモーションに合わせて語るが、そこには核心が含まれている。
「それは……どういう意味ですか?」
と、明石。
明石が疑問に思ったのは『どうやれば一瞬で先回りが可能なのか?』という部分なのだが、左門はさりげなくそれには答えない。
――と、いう訳でもなく。
「唯ちゃんは屋上に転移魔法仕込んでたからねー。多分、それで飛んでった」
うむ、としたり顔で頷く《召喚体質》こと左門。あまりにも白々しい。唯貴に頼まれてそれを仕込んだのは、左門本人だと言うのに。
それを見る火無月が『《召喚体質》……余計なことを……やはり最前線の経験が薄い所為でしょうか』などと少し苦い表情になっているのには誰も気づかない。
もっとも、彼女達“百回越え”の転生者二人は、この場で誤魔化しがきかない事実を理解してはいるので、黙して語らない火無月と、『夜城博士なら有り得る』程度の内容を大雑把に口にした左門のどちらが正しいかは追及できない。
強いていうならば、情報が漏洩することにより、仮想敵として考えられる槙名博士が対抗策を持ち出してくる可能性を否めない程度か。左門は槙名博士との戦闘において相性が抜群に良いと推測される上、未だ本人同士が対面したことがないので左門が博士の危険度をやや軽んじている傾向にある。
「――うん」
不意に、赤の魔女が顔を上げた。今まで何やら外套型魔動機でプログラムを走らせていたらしい。
「ああ、いま俺も感じた……成る程、いつの間にか回線を準備してやがったのか、唯貴くんめ」
一人納得するが、リアンヌと明石には何のことか分からない。
「(転移魔法で今すぐ跳んで行きたいってのに……唯貴くんが、俺はついて来るなって意味で『先に行け』って言ったんだろうからな……いけずめ)」
それを不審な者を見る目で眺めるリアンヌと明石。
「何で顔を赤らめて拗ねてるんでしょうか、シルヴァさん……」
「はて……私には分かりかねます」
『F9第一修練儀式場』と示されたドアを開けながら――無論警戒は怠らず――そんな話をしていると、部屋の中心から声が投げ掛けられた。
「――へえ。ならそれって、リヒドの旦那にとっちゃ万々歳、ってことかな」
そこにいたのは、名も無き通り魔だった。
全員が一呼吸遅れて武器を構える中、『ROM』の技能射程距離ギリギリで思考を察知した火無月が敵味方に先んじて防壁を張る。
「そう身構えるなよ、殺しにくいだろ?」
しかし哂う通り魔は仕掛けない。以前は恐れていた赤の魔女と相対してなお、その余裕じみた態度を崩さずにいる。
「ちっ……コイツが唯貴くんが言っていた“通り魔”とやらか……俺と弟の間に立ち塞がるってことは、その面を消し飛ばして芥子粒に変えちまっても構わねぇってことだよな」
「さっすがお姉さん! よっ、ブラコン世界一ィィィィィ!!」
「(これが……ツッコミ不在の恐怖……なんでしょうか?)」
『赤の魔女』シルヴァスタが焦燥から眉尻を吊り上げて問うと、通り魔はようやく多少警戒しながらも、半笑いで告げた。
「ああ、そいつは無理だ。見ろよこれ、槙名博士謹製の『相殺装置』だ」
通り魔が得意気に懐から取り出したのは、見る人間が見れば分かる携帯端末サイズのカード型魔動機。その装甲は深蒼に染められ、表面では橙色の蛍光を放つ電子基板のようなラインが何本も走り、脈動のように明滅を続けている。
……しかし、特筆すべきはそこではない。
その魔動機は、魔力というエネルギーを糧とする機械としてあるまじきことに、手の平の上でフワリと浮いていた。
「あ? なんだそりゃ?」
「おもしれぇだろ? 何でもコレ、大気中の魔力素をかき集めて稼動し続けてるらしくてな……んで、機能はほぼ『何も無い』んだとよ? 遊びで造った第二種永久機関モドキなんだそうだが、燃費が凄まじい。
近くの魔力を掻き集め、その魔力を使って更に広範囲から魔力を掻き集める悪循環システム。浮いてんのは周囲の魔力素を枯渇させた空乏層が重力子や電子なんかの質量をある程度弾いちまうからだとか何だとか言ってたかな……あれ、そうだっけ?
……まあそれは置いといて。基本役に立たない機械だが、動かし続ければ『いずれは世界そのものをも枯渇させる』んだとよ……ああ、安心しろよ。さっき起動し始めたから今の所はまだ、人間には害はないそうだ。
いやしかし、こんなヤベーのを俺なんかにぽん、とくれるんだからあの博士も気前がいいねぇ。流石はリヒドの旦那の知り合いだぜ」
最悪の展開だ、と火無月は思った。夜城唯貴――お姉様が最も恐れていた事態が、起きてしまっている。転生者達が集まることによる相互作用的な事態の多重構造化――つまり、基本的にスタンドプレーしかしない転生者の、『一部の連中が手を組んでしまう』という事態。危惧されていた、事件の複雑化だ。
「成る程……これは……お姉様のお姉様封じ……ですね」
敵の狙いに思い至った……あるいは敵“が”狙いに思い至ったのか、火無月が覚ったように呟いた。
「何? どういう意味だよ、弟の友達」
「……それがですね、お姉様のお姉様……あれはもう此処に来る前から起動していた……みたいです……もう魔力の枯れたこの空間では普通の魔法は使えませんし、このまま放置してしまえば……」
「――嗚呼、成る程。敵の親玉までたどり着いても、俺が戦えない」
「ご明察! ……ちなみに安心していいぜ、魔力炉は槙名博士謹製だ。不本意に外部に魔力を持って行かれることはねえ。だからコレは、儀式とやらの邪魔には……」
すぅ、と一息、
「ならねぇんだとさ――ッ!!」
弾けるように駆け出す通り魔の少年。
散開する五人。
まず敵が狙ってくるのは赤の魔女。最大戦力を無効化出来ている内に叩こうとする。次点の脅威は、つい先日自分の手首を切り落とした少女。
そんな思考を読んだ火無月は、先んじて隙を突いて仕留めようと――
『注意力散漫だな』
「――!?」
「ぐげっ!」
不意に通り魔の首を掴み後ろに引き戻して、代わりに飛び込んでくる影。
「(通り魔だけなら何の問題も無かった……けれど何故、この男が……否、この男とセットで組んで……いるのですか……!?)」
悲鳴を上げた通り魔を尻目に、相見えるのは『メアリー=スー』。
その刹那、火無月は咄嗟に『遮壁』内、半数の七枚を使って丁度まとまっていた明石と赤の魔女の二人を外界から切り離して隠した。
「ふ……ッは!!」
――メアリーが火無月にそのまま仕掛ける。
跳び上がりながらのハイキック。
それを、刹那の内に展開した遮絶の壁で受け止める。
宙空で反対足の後ろ回し蹴り。
二枚目の壁で受け止める。
着地、上段回し蹴り。
三枚目、壁で受け止める。
止められた足を支点に再び跳び上がり後頭部に踵落とし。
四枚目、頭の後方で壁が受け止める。
背後に飛び越え着地、しゃがんで足払い。
五枚目、微動だにせず受け止める。
「ふッ――!」
低姿勢で背後に回りつつ下から伸び上がり――不意打ち気味に右の手刀から抜き手、同時に左膝が飛ぶ。
――六、七枚目。火無月は振り返りざま同時に展開して受け止めた。
一瞬の内に互いの眼球が相手の隙を探して目まぐるしく動き回り、互いに打ち止めと察した瞬間、同時に後ろに跳びずさった。
「テメ……ッ、何しやがるイケメン野郎!!」
叫ぶ通り魔に、
「黙っていろ、舌を噛み切らせるぞ」
笑う転生者。
「――――」
これに対する転生者三人は、各々が必死の思いを抱いていた。
火無月は思案する。目の前の敵を相手取る方法を。思考の傍らで悔やんでいた。これが通常の転生者なら構わなかった。よりにもよって苦手なメアリーでなかったならば、と。
左門は思索する。既に一度倒した相手なれど、このタイミングで自分という鬼札を切って良いものかを。その場合、上にいるであろう敵を想定した際に他の仲間が支障なく対応しきれる割合は如何ほどであろうと。
――そして、リアンヌは思考を終えた。
「――皆さん。先に行って下さい」
要は、自分が相手取るのが最も良い。勝つ為の手段を出し尽くせば、紙一重、自分が上回る余地が有る――彼はそう考えている。
楽観ではない。
願望ではない。
純然たる事実として、リアンヌはこの二人同時を相手に、勝利を手にする道筋を見出だしていた。
――後は。
その可能性の糸を手繰り寄せるだけだ。
リアンヌはじっとりと湿る掌を握り、難しいと自覚した問いへの自答を全て返しきった。
「疑います……いくらお姉様に見初められたといっても、今の貴方に……彼等を同時に相手取れるとも思えません……」
火無月は純然たる好意で諌言する。まだ情が湧く程の付き合いでなくとも、これから情が湧く程の付き合いになるかもしれない立場の相手だ。何せ今後しばらくの転生において、リアンヌは■■■■の弟子なのである。
火無月は《自殺師》こと■■■■を過保護過ぎるくらいに溺愛している。それこそ今の赤の魔女と“話が通じる”程に。故に、■■■■の敵には余りに容赦無く、■■■■の味方とは等しく友誼程度は結べるものと信じてやまない。そしてそこに、彼女自身の価値観はあまり関わってこないのである。
「お姉様から預かった後輩に早々に死なれては、お姉様に顔向け出来ません」
だからこそ真摯に、本気で諌めた。数少ない■■■■の味方になり得る人材だからこそ、■■■■に関わってからいきなり死亡――などという悪印象で懲りて貰いたくないのである。
しかし――
「――大丈夫です。何とか“今生の内に”合流してみせます……駄目だったらすみません、唯貴さんにはなんとか来世で謝りますから」
「……へぇ」
脇で見守っていた左門がひそかに感嘆する。
この少年は広域戦況構築、彼我戦力把握、転生者としての人格、覚悟と決意――この場で必要とされる全てがおよそ出来ている。
ある意味火無月よりも余程厳しい眼で人物を測る左門。彼女は火無月のような相手の立場損得や人格ではなく、能力や性格の総合強度――人間そのものを見る。
二人は普段、互いに別の面を見て評価するが、どちらかが相手の領分を評価するのは不得手。
火無月はリアンヌの人格と立場を信用し、左門の感嘆を聞くまで能力を疑っていた。
左門はリアンヌの能力を確信し、人格――ひいては覚悟への不安を火無月が引き出した言葉からようやく払拭した。
すなわち――
「お姉様だけでなく……貴女まで言うのなら間違いはないでしょう……」
「言葉を返して同意するよ。やれやれ、《自殺師》は……おっと。いっつも唯ちゃんはホントに良いの拾ってくる、にゃー」
共にギラつくようにニヤニヤと笑っているのは、その言葉に仲間への信頼や新しい仲間候補への期待、更には自画自賛までもが多分に含まれているからだろうか。
意見は一致した。
「はてさて、姿の見えない魔法使いは先に急いだかにゃー? まーどうせここじゃあ普通の魔法使えないらしいしー? 仕方ないかにゃー」
無論、明石とシルヴァは未だこの部屋にいる。
故にこれはわざとらしい宣言でしかないが、しかし本当にその二人の姿が見えないとなれば話は別だ。
「なっ、いつの間に!?」
遮絶の壁に隠された二人は、今の言葉で察して上り階段側の出口に向かうだろうと考えられた。仮に向かわなくとも問題は無い。認識遮絶の間は相手に干渉できない為である。
拒絶している側に干渉する方法は全くのゼロではないが、拒絶している側から干渉する方法は真に皆無だ。わざわざ相手との接触を拒絶しているのに、自分から相手に干渉しようとするのは矛盾となる。互いに相殺し合った場合、技能である拒絶の現象が意志に勝るのだ。
様々な機微を察したシルヴァは、内部からは声も聞こえないのに怒鳴っていた明石を引き擦って、敵の背後にある階段の前までたどり着いた。ドアには触れられない為、そこで待機する。
「……認識遮絶はあと少ししか持たなかった所です……助かりました、お姉様のお姉様……」
はたして望んだ通りになったのを自らの技能の動きを通して感じ取った火無月は、自分達も続こうと歩を進める。
「ちょーっと待ちな。アンタらまで通しちまったら旦那に申し訳が立たねぇ」
「俺達が行かせると思うか? それに、そっちの魔女帽子には借りを返さねぇとな」
遮る二人に対し、
「遮り方が……足りませんね」
「おおー、流石流石」
悠々と駆け抜ける二人。
「遮断とはこういうもの……です」
レールのように左右七枚ずつ展開された技能『遮壁』により、両側からの攻撃全てを防いでいる。
最大四方が三十センチ程の六角形を十四枚。これで両側から迫る攻撃を漏らさず防ぐのは本来不可能な程の少なさ。しかし火無月は、一定の範囲内において高速で展開と消去を繰り返す荒業により、ごく短時間限定とはいえ格闘以外の攻撃手段を用意できていない通り魔とメアリーをほぼ完全に封殺していた。
これが叩きつけるような面の攻撃だったり不定形の物質だったならこうはいかなかっただろう。
通り魔が魔力喰らいを起動させていなかったのならば。
メアリーが持つ刀剣型の魔動機が使用可能だったのならば。
その可能性は、幾らでも有り得た。
一定間隔を開けて展開を繰り返す遮壁はいわば柵や檻のようなもの。向こうからの人間の侵入を妨げ拳を防ぐには十分だが、吹き付ける風を防ぐ役には立つ筈もない。
しかしこと近接格闘において、技巧と身体能力で戦う王道を相手取る限り、逸脱級技能『遮壁』に隙間はあっても隙はない。瞬きより速い速度で繰り出される拳も、武術の達人が掌で受け止めるかの如き有様で確実にいなすだろう。
――だがそれも、長続きのしない脳の酷使である。展開後の遮壁は基本的に自分では動かせない。例外は認識遮絶であるが、それは対象に壁を張り付かせているが故の真の例外である。通常の遮壁は撤去と再展開をしなければ別の箇所に張り直せない。しかしこれは座標の指定に著しく思考を割く。有視界内での展開が速いのは、視線で座標の簡易指定を行えるが故であり、これは眼球に疲労が溜まる為にいくら転生者特有の平行演算を利用しようが精度の問題で長続きしない。更に言うなれば、並列思考とて疲労の蓄積はある。
ならば――
「――独自魔法、第七番。“一射三弾”……トリガー」
ここから先は、彼が補う領分だ。
「チッ!!」
「おっとぉ!」
放たれた二発の弾丸はそれぞれメアリーと通り魔を狙い、その位置の床に銃痕を穿った。
「避ける、か。なら――」
呟きながら、リアンヌは次の魔法を起動する。
魔法式を走らせる魔動機は、右手に握った外套警察標準装備の拳銃型をカスタムしたものではない。
もう一つの拳銃型魔動機、若き秀才リアンヌ=エルスィーネが一から制作した“オリジナル”の銃口を敵に突き付ける。
彼がいつの間にか両の脚に巻いている、二つのホルダーから引き抜いて。
「今の内に行ってください!!」
出口に辿り着いた転生者二人と、その二人が出口に向かおうとした時点で既に認識遮絶を解かれていた魔女二人が合流したのを確認して、彼は銃――否、杖を構え直した。
ただの杖ではない――それは奇跡を使役する、魔法使いの杖だ。
……それも否。この世界における彼等を呼称する呼び名は『魔女』。
遥か過去の大魔導士、『夜の月』から六千年。連綿と受け継がれてきた時代を切り開く者の称号。
“灰被り”に馬車とドレスを与えた様に、人類に技術と知識を与える生き方を定められた、魔法による導き手――。
だからこそ、リアンヌエルスィーネは脇にいる女のような名前をした転生者よりも、魔法技能を多用する通り魔の方こそを敵愾心の薪として焼べている。
「んじゃ、おっさきーぃ」
「必ず……生きて帰るのですよ……お姉様の元へ」
「達者でな、弟の……弟子、なのか?」
「皆さん待っ――――いえ……そう、ですね。先に失礼します、エルスィーネ」
奇妙な光景だ。
手練の敵が二人いる中に仲間を一人見捨てて先に行くその様は。
けれど。
けれどけれどけれど。
――ただ、彼の視線が。
強い決意を湛えたリアンヌ=エルスィーネの翠の瞳だけが。
その光景を信頼と決意が彩るモノへと変えている――!
「唯貴さんを――私の師をお願いしますね、皆さん」
ふと、今回の肉体では似合わない台詞を今回の性別では似合わない顔で呟き見送ったリアンヌであったが、瞬きの間にそれを納めた。
――静寂。
ただリアンヌが利き手――左手に構えた魔動機が、唸るような、低く地を這うような音を放っている。
排熱用のファンが回る。冷却用の魔法式が走る。外界からの魔力に頼らない、カートリッジ式の圧縮魔力が弾丸の中で渦を巻く。
「(八発入りの共用カートリッジを装填済み合わせて六つ――使い切らずに勝たなきゃならないか)」
もし本来の用法である『外部から無色魔力を取り込み圧縮、装置により不安定さを増させた所で固有特色――本人の魔力――を混ぜ込んで意図的に暴発させる』機能を使えるならば、最大弾数はこの千二十四倍にも跳ね上がる。それ程の画期的な機構だった。とはいえこれ自体は別段新しい機能では無く、最近どこぞの研究者が発明したものに過ぎなかった。が、従来とは比較にもならないこれほどの効率で機能するのは、一重にリアンヌが技術者として他の魔女と隔絶した能力を持っていることの証左に他ならない。
それが機能していないのは、目の前にいる一見平凡そうな少年――通り魔が所持し、今も機能している相殺装置によるものだ。周囲の魔力が既に枯渇しており、微かに残るなけなしのそれも無理矢理相殺装置が回収していく環境では、そんな機構が稼動する余地も無い。
だからこそ、保険でしかない予備弾倉をメインで運用する等という羽目になっているのだと、若き秀才は意味も無く口角をニヤリと引き上げる。意味も無くと言いつつも、自らを奮い立たせる目的があったのかもしれないが。
この弾頭の無い薬莢があれば、拳銃型魔動機に装填し撃鉄を叩き込むことで封入された魔力を供給することが可能となり、更にはリアンヌの意思一つで魔動機によって刻み込んでおいた術式を遠隔起動させることも出来る。魔力素が人間の精神を構成する物質であるが故の芸当で、これは旧魔法においては基礎技術に近い。
その気になれば八発入りの弾倉一つを丸ごと炸裂させてこのフロアの半分を吹き飛ばす中規模魔法も使える。かつて夜城唯貴との試合で彼が用いたように。
――本人の魔法適性の中途半端さが、この場における“準備の良さ”という怪我の功名を引き寄せていた。
「あーあ、行っちまった。こりゃリヒドの旦那に怒られるかな」
横目で出口を見遣る通り魔に、メアリーが鼻を鳴らして口を開く。
「大丈夫だろ。上にはまだ居る。……もう一人くらい押さえておけなかったのは痛いが、俺は連中にそこまで入れ込んでやる義理はない――特に、胸糞悪いお前の飼い主なんぞにはな。役はこれで充分果たしたさ。とっととこの依頼を片付けて俺は鍵檻の所に戻りたいしな」
「それはアンタの契約だろう。いや、ただの惚気か。とにかく、俺はそういう訳にはいかないんだよ。俺が導師サマから受けた命令はアンタとは受けた命令が違うんだっての」
その言葉に眉を不愉快そうに顰めたメアリーは、
「俺が知るか。つーか、邪魔だけはすんなよ。元々このフロアは俺の預かりだ。『サポートだけで構わないからどうしても』ってテメーの糞飼い主に頼まれたから、依頼主に無許可で置いてやってるんだ、忘れんな」
と吐き捨てた。
「へいへい、分かりましたぜ、っと」
「…………舐められたもんだ」
――随分と好き勝手に情報を漏らしてくれる。
リアンヌは内心哂う。だがそれは、相手を嘲笑うものではない。
確かに、一見すると相手方が現場の不仲と指揮系統の混乱により重要な情報を漏らした様にも見える。相手の更なる待ち伏せが存在すること、“夜月の教会”のトップとおぼしき聖人達が一枚岩でないこと、その他の仔細。
だがそれを素直に真に受けるほど、前世では希代の“女賢者”とまで呼ばれた研究者――現在のリアンヌは甘くはない。会話のさなか、二組のニヤつく目付きが横目でこちらを見ているのに、彼は気付いていた。
そもそもよく話を吟味してみれば、さして彼等の“蘇生計画”に当たり障りのあることを言っている訳でもなく。
仮に情報に意味があったとしても、魔力通信機すら使えないこの状況ではリアンヌが生きて此処を突破出来なければ仲間に伝えられないのは自明の理であり。
それを踏まえれば、彼等にとってこれらの情報はこれから死に逝く者へ送る餞別――冥途の土産以外の何物でもないのだろう。
すなわち、先のやり取りはリアンヌは此処を突破すら出来ずに死ぬ、と宣告しているに他ならない。
要するに――侮辱されているのだ、コレは。
つまり自嘲。
先ほどの哂いは、リアンヌ自身が舐めきられた己を嘲笑ったに過ぎない。
「……聞いておくぞ、投降する気はあるか」
「生憎と、俺は自分が請けると決めた依頼は心底、真摯に親切に熟すという“クラフト”としての信条があるんでな。それに――退いてやる義理も道理も無い」
「くくっ、俺は理由はねぇが――手前を殺せる方を選ぶぜ」
ならばと、リアンヌは意趣返しを思い付く。
「――二七発だ」
「あ?」
「何だと?」
唐突に宣言したリアンヌに、敵は虚を突かれた様な表情を見せる。
「こちらの弾数だよ。それしか無いし、それで充分だと言っている」
勿論大嘘だ。しかしその嘘に意味は――無い。
「手の内を晒すとは馬鹿な奴め……なんて、なると思ってるのか? つーか二丁拳銃なのにその残弾数を言い張るには無理があるだろ、奇数になっちまうぜ」
「素人なのか、それを装った二流なのか……どっちにしろ舐めた奴だぜ、手前は」
「気にするな。アンタ達に敬意は必要ないみたいだからな。特に、そっちの生命倫理の欠片も持ち合わせてなさそうな奴は外套警察であるオレが此処で止めなきゃならないんだが……。
時間が無い、始めよう――」
そう、言葉そのものに意味はない。嘘に意味はなくとも、嘘をついたことに意味がある。
――掛かったか?
リアンヌはゆっくりと上唇を舐めた。
相手を舐めているのがどちらなのか、それをハッキリさせる為に。
勝ち残るか、負けて死ぬか。
死人が生き返るか、否か。
大局的に見ても文字通りの、生死を賭けた戦いが今、始まろうとしている。
「――つるべ撃ちにしてやるよ」
という訳でお送りしました第二十話です。今回は色々厳しかった。病的には(やまいてき。びょうてき、じゃないです)前回述べた『中二 病・第二次ネットワーククライシス(オフライン)』の影響を引きずっているのだと思います。携帯電話のデータが電話帳すら吹っ飛びましたので。最近連絡取ってない知人関係はこれでジ・エンドか。
うん? 愚痴じゃなくて解説書けよって?
ぐ、ぐぐぐ愚痴ちゃうわ!
……ごめんなちぃ。
で、では! ではでは!! ではではではでは!!!!
皆さんまた次回。
しーゆーあげいーん。