姉より先に嫁ぐなど許さん
「姉より先に嫁ぐなど許さん」
父はそう言って、封を切った手紙を私の皿の横に置いた。ハリントン子爵家の紋の入った便箋だった。次男との縁談を考えていただけないか、という丁寧な申し入れである。
「断りの返事は、お前が書いておけ。私の名でな」
「承知しました、お父様」
フェアファクス伯爵家の手紙は、三年前から私が書いている。招待の礼状も、仕立て屋への催促も、領地の差配人への指示も。だから自分への縁談の断りを自分で書くのも、そう珍しいことではない。今夜で四度目になる。
向かいの席で、姉のクリスタベルがくすくす笑った。
「子爵家の次男でしょう? ウィニーにはちょうどよかったのにね。でも、順番ですもの」
金の巻き毛が燭台の光を受けて揺れる。姉は二十三歳で、王都で一番美しいと言われている。そして三年のあいだに、十四人の求婚者を断っている。断った理由は、髪の色が気に入らない、声が低すぎる、靴の形が田舎くさい、などである。
「クリスタベルは特別な子だから、特別な方でないと」
母が姉の皿に、鴨の一番いいところを取り分けながら言った。
「あなたはまだ二十じゃない、ウィニフレッド。焦ることはないわ」
焦っているつもりはない。ただ、数えてはいる。
この国では、女は二十五になるまで、当主の署名がなければ嫁げない。婚姻台帳に名前を書くのは父で、父が書かなければ私はどこへも行けない。つまり、あと五年。姉が十五人目、十六人目と断り続ければ、私は二十五の誕生日まで、この屋敷で帳簿をつけていることになる。
私は、鴨の骨を皿の端に寄せながら考えた。
父の言い分は「姉より先に嫁ぐな」だ。姉が先に嫁げば、私が嫁いでも文句はない。
なるほど。では、姉を嫁がせればいい。
「お父様」
私はナプキンで口を拭いて言った。
「では、お姉様の縁談は私がまとめます」
食堂が静かになった。給仕の従僕が、ソースの壺を持ったまま止まっている。
最初に笑ったのは父だった。
「お前が?」
「はい。友人のオードリーの縁談も、叔母様のお名前をお借りしてまとめました。去年の春に子爵家へ嫁いで、先月、男の子が生まれています」
「あれは子爵家と男爵家の話だろう。うちの娘とは格が違う」
「ですから、格に合う方を探します。申し入れはお父様のお名前で出していただきます。私は候補を見つけて、お会いする段取りを組むだけです」
父は鼻を鳴らし、葡萄酒の杯を傾けた。
「勝手にしろ。ただし、家の格を落とす相手は許さんぞ」
「面白いじゃない」
姉が、白い指でグラスの縁をなぞった。
「いいわ、ウィニー。わたくしの条件を教えてあげる」
私は、いつも腰の小物入れに入れている小さな帳面を出した。家政の買い物の控えに使っているものだが、後ろの頁はまだ白い。
「どうぞ」
「一つ。爵位は侯爵以上」
「承知しました。足しておきます」
「二つ。王都に屋敷をお持ちの方。冬のあいだ田舎に引っ込むなんて嫌よ」
「足しておきます」
「三つ、二十代。四つ、背が高い方。わたくしより頭一つは高くないと、並んだときに見栄えがしないわ。五つ、踊りが上手な方。六つ、髪は金か銀」
姉は指を折りながら、楽しそうに続けた。母は「当然よね」と頷いている。
「七つ」
姉は私を見て、にっこり笑った。
「わたくしだけを見る方。ほかの女になんて、目もくれない方よ」
「承知しました。足しておきます」
私は七つ目を書き、帳面を閉じた。姉が少しだけ眉を上げた。泣くか怒るかすると思っていた顔だ。
「本気なの?」
「はい。お姉様が嫁げば、私も嫁げますので」
姉は肩をすくめて、デザートの梨の砂糖煮に匙を入れた。
「好きになさい。どうせ、そんな方はいないわ」
* * *
夕食のあと、私は父の書斎で家の帳簿をつけた。今月の蝋燭代、仕立て屋への払い、姉の新しい手袋が三組。母に任されてから四年、数字の欄が埋まっていく音は嫌いではない。
帳簿を閉じてから、棚の一番下の段から、今年の貴族名鑑を抜き出した。毎年春に刷られる、王国の貴族の家と家族の一覧である。当主の名、家族の名と年齢、王都の屋敷の場所、未婚か既婚か。縁談を探す家は、誰でもこれを引く。
侯爵家以上で、当主か嫡男が未婚の二十代。指でなぞって数えると、七人いた。
一人は名前の横に、小さく「婚約中」と添えてある。一人は南の島の領地に住んでいて、王都に屋敷がない。一人は背が低いことで知られている。去年の夜会で、姉の肩くらいの高さだったのを覚えている。一人は踊りが苦手で、舞踏会ではいつも壁際で鳩の話をしている。残る三人のうち二人は黒い髪で、そのうち一人は先月婚約が決まった。
最後の一人の名前の横で、指が止まった。
ケンドリック公爵ローワン。二十六歳。王の従弟。名前の下に小さく「北の国境の砦に在任」とある。先代の公爵が去年の冬に亡くなって爵位を継ぎ、砦の任期を終えたこの秋、ようやく王都へ戻ってきたと、先週の茶会で誰かが話していた。王都の屋敷は西の丘。髪の色は名鑑には載っていないが、茶会で聞いた噂では、銀に近い灰色だという。背は高く、踊りは騎士団の誰よりもうまいとも聞いた。
私は帳面を開いて、七つの条件の横に、名前を書き込んだ。
七つ目だけは、名鑑には載っていない。
「……一人だけ、いた」
お読みいただきありがとうございます。「順番だ」と縁談を断られ続けた妹が、姉の仲人を引き受けるお話です。
続きが気になったら、ブックマークと、下の☆での評価で応援していただけると嬉しいです。




